第1話 ぬいぐるみじゃない! その2
テティのこの宣言に、グラムファフナーが苦笑し、周りの兵士たちもプッと吹き出した。兵士長の顔が真っ赤な怒気に染まる。
「ええい! このぬいぐるみと反逆者も捕らえよ!」
「だから、ぬいぐるみじゃないって!」
「ふぎゃあ!」
とたん、グン! と伸びて振り下ろされたロッドがバコンと兵士長のかぶとに食い込む。昏倒した鎧に包まれた丸い身体を、四人の兵士が受けとめて慌てて後ろに下がる。
「お前ばかりに戦わせないぞ。せっかく傷を治してもらったのだからな」
グラムファフナーが傷ついた腕で握りしめていた長剣を持ち上げれば、それだけで兵士達が怯えたように後ずさり逃げて行く。
それにくるりとテティは振り返り訊ねた。
「グラムは強いの?」
「エルフだからな。人間の兵など普段ならば束になってかかってこられても歯牙にもかけぬが」
テティはそれにうなずいた。エルフは人間よりも遥かに力も魔力も強い。だけど。
「でも、怪我して囲まれていたけど?」
「油断した。暗晶水の毒を盛られてな」
「よく即死しなかったね」
すべての人型の種族の頂天に立ち、あらゆる毒が効かないエルフであるが暗晶水だけは彼らにとって猛毒だ。もっとも、あれはものすごく貴重で手に入れるのが困難だが。
「私は半分混ざりものだからな。死なずにここまで逃げてこられた」
グラムの言葉になるほどとうなずいて、テティは空を見上げた。太陽の位置からして、ちょうどお茶の時間だ。
「お茶をいかが? キューカンバーのサンドウィッチに木の実のタルトにスミレの砂糖漬けもあるよ!」
テティがぽふっとその黒いもこもこの毛皮におおわれた小さな手をたたくと、ぱあっと光がさして兵士達に踏み荒らされた広場が、たちまち綺麗に浄化される。回収し忘れた兵士達の指やら血糊も綺麗になって、元のお花が咲き乱れる花園に。
空中から自分用の小さな椅子と普通の大きさの椅子を出す。丸く低いテーブルも出して、そこにほかほかと湯気の立つポットに新鮮なミルクに蜂蜜入りピッチャーを載せた。それからキュウリを透けるぐらい薄く切りシンプルなバターだけのサンドウィッチ、木の実のタルトに、紫の星くずのようなスミレの砂糖漬けの瓶もとんと置く。
「これはこれは、豪華な森のお茶会へのご招待、このグラムファフナー・アロイジウス・ヴォルフ・シェーレンベルク。栄誉の極み」
グラムファフナーが、テティの前に片膝をつき、右手を胸の前にあてて、ナイトとして最上級の礼をとる。それにテティははにかむようにもこもこの両手を、これまたもこもこのほっぺに当ててから「ごゆっくり楽しんでくださいませ」と淑女(レディ)? ってこんなときこう返すんだっけ? と考える。
そして、空中からふわりとひらひらレースとお花の飾りがたくさんついた、ドレスみたいなエプロンを取り出して身につけた。
それを「愛らしい……」とまじまじと見て、グラムファフナーは口を開く。
「テティはテティ嬢なのかな? それともテティ氏なのか?」
その言葉の意味をテティは首をかしげて「ん」と考える。そして口を開いた。
「僕は男の子だけど、テティでいいよ」
そのあとは二人で楽しくお茶会をした。誰かとお茶を飲むなんて久々でテティははしゃいだ。
「そうかテティはダンダルフと二人で森に暮らしていたのか?」
「うん、でもダンダルフももうテティに教えることはなくなったって、虹の海の向こうに行ったよ」
「……そうか」
「賢者ダンダルフ、長らく消息は聞かなかったが……」というグラムファフナーの小さなつぶやきに、テティは首をかしげる。
彼はミルクのたっぷりはいったお茶を二杯、ゆっくりと飲んで立ち上がった。
「本当に世話になった、この礼はのちほどする」
「お礼なんていいよ。グラムは困っていたんでしょ? 助けるのは当たり前」
テティの言葉にグラムは軽く目を見開いて、ふわりと微笑む。「そうか。その心はとてもうれしい。だからこそ、必ず感謝の印はすべてが終わったあとに」との言葉にこくりとうなずく。
「では、さらばは言わない。また会うからな」
「うん」
長い足で歩き出した彼のあとを、テティがちょこちょこついていくのに、グラムが不思議そうな顔をして振り返る。
「森のはずれまで送ってく」
「そうか、重ね重ねすまない」
本当は少しでもお別れを先に延ばしたかったのだ。
しかし、あと少しで森の外というところで、またもやあの兵隊達が待ち構えていた。
今度はさっきの三倍の数で、よくも集めたものだ。
しかし、テティとグラムファフナーの前には、彼らはまったく歯が立たなかった。星のロッドが兵士達のかぶとをへこませ、長剣のひとふりで兵士達が数人吹っ飛ぶ。
直接攻撃は無理だと、今度は雨のように矢を射かけられたが、テティの風の魔法で矢の向きをくるりと変えられたうえに、グラムの闇の魔法の炎に包まれたそれが兵士達に降り注いで、彼らは「撤退! 撤退!」と伝令があがる前に、蜘蛛の子を散らすみたいに逃げ出した。
「僕、グラムについていくよ」
「いいのか?」
「放っておけないもの」
あの兵士達がまた襲ってくるかもしれない。グラムファフナーはふわりと微笑み「力強い味方だな、ありがとう」と言う。
そして、兵士達の残していた馬の手綱をとる。ひょいとテティを抱きあげて、鞍の前に乗せると自分はその後ろにひらりと乗る。
「行くぞ。とばすからしっかり掴まっていろ」
「うん」
馬は真っ直ぐに王都を目指して駆けた。
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