第9話 魔王のなりそこないの昔話 その1



 静かになった円卓の間にて、「テティに話がある」とグラムファフナーはひょいとその小さな身体を片腕に抱いて立ち上がった。ヘンリックが「なら僕も……」と言いかけたが、マクシが「陛下、久々にこの俺が陛下の剣の稽古をみましょう」と遮った。


 こういうところは気が回る男だ。またヘンリックも聡い子供だから、大人達の意図を察したのだろう。うなずいて、マクシのあとをついていく。

 グラムファフナーはテティを腕に抱いたまま、自分の私室へと向かった。




   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇




 自分の部屋にはいるとグラムはテティを居間のソファに座らせて、自分もその横に腰掛ける。


「お話ってなに?」


 テティは空中からほかほかと湯気のたつティーポットにカップ、皿にのせられた木の実のクッキーにお花のマカロンを取り出した。


 相変わらず、テティの魔法鞄マギバッグにはなにが詰まっているやら。テティがもこもこのお手々で入れる、湯気のたつお茶を眺めながらグラムファフナーは思う。

 初めて出会ったときは茶器だけでなく、テーブルや椅子まで取り出したのだ。おそらくその容量は無尽蔵のうえに、湯気の立つポットからして時間まで止まっている。完全なる魔術的隔離空間なのだろう。


 もちろんグラムファフナーもその程度の空間は持ってはいるが、各種お菓子に椅子にテーブル、ほかほかと湯気がたつティーポットを放り込もうとは思わない。


「話は私が叛逆のダークエルフで魔王のなりそこないと言われていることだ」

「あの魔法使い? 僕、いまだに怒っているんだけど」


 「なにがあったか知らないけど、人を傷つけていいことはないよ」とテティの言葉は真っ直ぐだ。しかし、それならばいきなり星のロッドで頭をボコるのはどうなんだ? となるが、あれはテティが“悪者”と認定したのだからいいのだろう。


 実際、銀の森から出たことがない世間知らずでありながらテティの人を見る目は確かだ、マクシのことも「がさつ!」といいながら、あれの頭をロッドでボコったことは一度もない。そうしかかった“フリ”はしたが、いやあれは“フリ”だと思っておこう。


「これはヘンリック陛下も知っていることだ。この国の子供ならば、勇者が暗黒竜を倒した伝説は、おとぎ話のように繰り返し聞かされる」


 だがテティはダンダルフからその話を聞かされていないようだった。銀の森の外のことをあの賢者はわざと教えなかったのだ。

 ただ勇者が魔王を倒したとだけを告げて。


「また旅の仲間の話もな。一番最初の仲間である炎狼の剣士マクシ、聖神官サトリド、大魔法使いヴァルアザ、大賢者ダンダルフ。

 そして、一番最後に加わったのが私、叛逆のダークエルフで魔王のなりそこないのグラムファフナーだ」


 世間で言われていることを口にすれば、テティはぷくっともこもこ毛におおわれたほっぺを膨らませた。その頭をなだめるようになでながら、グラムファフナーは「私はそのことを隠していない」と告げる。


「いくら美談で飾ろうとごまかそうと、私が叛逆者であることは事実だ。

 テティ、私はお前に半エルフの混ざりものだと言ったが、その半分は獣人か人間だと思っていただろう?」


 その言葉にテティはこくりとうなずいた。てっきりそうだと思いこんでいたけど。「私はエルフと魔族とのあいだの禁断の子だ」とのグラムファフナーの言葉にさすがに驚く。


 父はエルフ、母は魔族。母と子は雪と氷に閉ざされた氷の城に隠れ住んでいた。大勢の使い魔に囲まれて、その暮らしには不自由はなかった。

 エルフである父は時折訪ねてきては、グラムファフナーに歌や竪琴に剣術を教えてくれた。


「私の目から見ても、父と母は本当に愛し合っているようだった。だからこそ、父が去ったあとの母は寂しそうでな。いつも城のバルコニーにたたずんで、父の乗った馬が氷原の彼方に消えても見つめていた」


 二人が共に居られないのは理由があった。グラムファフナーの父は、世界に残った数少ないエルフの隠れ里の長であり、母は魔族の公爵の娘。

 許されざる恋。そのうえに母は自分を追う魔界の者達から身を隠していた。彼女こそが闇の母体だと予言されていたからだ。


「闇の母体?」

「魔王の母だ。神に見捨てられた闇の魔界のみならず、光あふれる人間の地をも征服し統治すると言われていたな」


 グラムファフナーが十四歳となったとき、悲劇が起きた。


「私が狩りにいっているあいだに、城が人間に襲撃されたんだ」


 魔族の城には財宝があると思いこんだ王によってだ。魔族といっても姫君の母には戦う力はなく、使用人の眷属達も同じく。


「人間達は魔物など獣同様に、いや、それ以上に残酷に殺してよい存在だと思いこんでいた。

 私が駆けつけたときには財宝などなかった腹いせにあちこちに火がつけられて、家族同然に暮らしてきた魔物達の無残な遺体が転がっていたよ。

 母も……」


 そこで言葉をいったん切ったグラムファフナーの腕に、テティがもこもこの腕を伸ばしてぎゅっとしがみつく。その黒い頭を白く大きな手がゆっくりと撫でる。


 母が身につけていた父に贈られたネックレスを手に、人間の王は「これっぽっちの宝石しかないのか」と吐き捨てるようにいった。そんな“これっぽっち”のために、母と魔物達は殺されたのだ。


「私の中で闇の力がふくれあがり爆発した。剣で目の前の王の首をはね、兵士達を闇の炎で焼いた。彼らが何百人といようとも私の敵ではなかった」


 気がつけばグラムファフナー以外動く者はいなくなっていた。血と生き物の肉が焼かれる匂いと、呆然と立ち尽くす彼に「これぞ、我らが探し求めていた魔王様のお力」と声をかける者がいた。


「それが魔族の魔道士ゲバブだ。奴は俺こそが魔族が待ち望んでいた魔王だと言ったよ。

 地上にのさばる愚かな人間共を一掃し、魔界と地上のすべてに君臨すべき王だと。

 そのときの私は母と親しい者達を失った上に、怒りのままに人間達を皆殺しにした。茫然自失の状態だった。

 ただ奴の言うままに魔界に赴き、魔王として担ぎ上げられた」


 グラムファフナーは人間というものに見切りをつけていた。ただ魔族というだけで、ありもしない財宝に目がくらんで大切な者達を殺した。それを恨まずにいられようか。





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