第9話 魔王のなりそこないの昔話 その2




 そして五年の月日が流れ、強欲な人間の王が亡くなり王位継承の争いで王不在の王国に、黒い鎧をまとい魔王となったグラムファフナーに率いられた魔物の軍が攻めこんだ。


「逃げ惑う人間達を放置しておけと、私は部下達に命じた。歯向かう者は殺せともな。ゲバブにはずいぶん甘いと散々言われたが」


 人間を心底軽蔑しきっていたグラムファフナーであったが、破壊を楽しむ趣味はなかった。

 魔界から人間の王国一つを魔王が侵略した。その王国こそが、現在の勇者王の王国であるグランドーラだ。


「現在の貴族達は魔族が占拠した王国から逃げ出した者の末裔だ。あとで勇者の仲間になったとはいえ、一度国を滅ぼした魔王の私に恨みを持っていて当たり前だ。それを宰相としていただくなどな……」


 苦笑するグラムファフナーの膝にぴょんとテティが飛び乗る。立ったままだと黒い瞳と緑葉の瞳がちょうどぴったり視線の高さがあう形だ。


「テティはグラムの味方だよ。ひどいことする奴は許さないんだから」

「これは心強い味方だな」


 グラムファフナーはテティをひょいと抱きあげて、自分の膝に後ろ向きに座らせて「さて、どこまで話したか」とつぶやく。


「勇者アルハイトの物語を語ると長くなる。地上に魔族の国を建てたあと、私は部下達の好きにさせていたからな。今、考えると統治者としてどうか? と思うが」


 魔王となったグラムファフナーの心は虚無だった。魔王となる子と予言されていたが、魔界には彼の他にも力ある者がいて、彼らと相争っているうちは余分なことは考えなかった。

 ただ力を欲し、征服し、部下を増やし、魔界を統一し魔王の称号を得て、そして母を殺した王の王国を蹂躙した。そこで彼は立ち止まってしまった。


「……とはいえ、ゲバブ以下の部下を野放しにして、地上の人々を苦しめたのは確かだ。魔王だった私にはたしかに責があるな。

 数々の冒険を経て、勇者達は銀の森にかつてあった魔王の城にたどり着いた。私の前にな」

「それでグラムは勇者達と戦ったの?」

「ああ、部下達を破って私の目前に来たのだ。挑戦を受けないはずもないだろう? 

 そして、私に完膚なきまでに打ちのめされた」


 「え?」と驚きの声をあげるテティにグラムファフナーはくすくすと笑った。


「私が負けると思ったか?」

「ううん、グラムは強いからそう思わないけど」


 まあ、たしかに普通のおとぎ話ならば、正義は勝つ。勇者が魔王を倒してめでたしというところだろう。


「単純に彼らには経験と実力が足りなかった。

 私はエルフと魔族の公爵家の血を受け継ぐもので、五年ものあいだ魔界にて、他の魔王を目指す強者達と戦ってきたのだ。

 いや、もう一つ要素があったな。私は魔王となることで闇のまゆを得ていた」


 「まゆ?」とテティが聞き返す、それにグラムファフナーはうなずく。


「魔王となった者はそれと繋がることが出来る、闇の根元ともいうべきか? 怒り憎しみ恨み、魔族のあらゆる負の感情を吸い込む深淵だ。

 魔王はそこから無尽蔵に力を得ることが出来る」


 「魔力が使い放題なんて、無敵じゃない。ずるい」とテティは唇をとがらせ、グラムファフナーはクスリと笑う。


 言葉は幼いが、テティは賢者ダンダルフの弟子で、同じく賢者と言うべき力の持ち主だ。魔法を自在に操るものの魔力が、無尽蔵であることの強大さを短い説明だけでわかったのだろう。

 実際、あらゆる攻撃を無効化する闇の衣をまとい、魔力など気にせず放たれる雷に嵐に炎、そしてエルフと魔族双方の膂力を生かした岩をも砕く長剣の物理攻撃に、勇者の仲間達は次々に倒れていった。


 最後に勇者アルハイトが床に膝をついた。それを見おろして魔王グラムファフナーは冷たく言い放った。


「私の部下を倒した程度でいい気になったか? 勇者よ」


 「待ちやがれ! アルハイトに手を出すな!」と大剣を杖にふらつく足取りで魔王と勇者の前に狼の獣人の剣士が立ちふさがる。当時のマクシだ。

 さらには神官が大魔法使いに肩を貸して、よろよろと彼らのそばに寄ろうとする。魔力も尽きて、まして戦士でもない彼らには立つ力もないだろうに。


「…………」


 勇者に突きつけていた長剣をグラムファフナーはおろし、背を向けた。「魔王様とどめを!」というゲバブの声を無視して。


 背後で「ええい、ならばこのゲバブめが魔王様に代わって、勇者達に引導を渡しますぞ!」とどこか忌々しげな声が聞こえたが、グラムにはもうどうでもいいことだった。


 だが、そこに「待て!」という、忘れもしない男の声に振り返った。そこに立つ、自分と似た容姿のエルフ。だが髪の色は神に祝福された白銀に蒼天の瞳の……その男にグラムファフナーは忌々しげに吐き捨てた。


「母を見捨てた男が、どの面をさげてやってきた!」


 それはグラムファフナーの父、シグルズだった。






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