第10話 世界を救う昔話の続き その1




 「……お父さんだったの?」とテティの言葉にグラムファフナーはうなずいた。


「城が人間の王に襲撃されたとき、父は母を助けに来なかった。だから、私は父は母を見捨てたのだと思いこんでいた。

 実際、父は半年あまり城を訪れない日が続いていた。いつもならば一月とあいたことはなかったのに。母が寂しげに城のバルコニーから父がやってくる荒野の彼方を見つめていた後ろ姿が忘れられない」


 その頃、グラムファフナーの父シグルズは、エルフの隠れ里の長として、身動き出来ない事態となっていたのだ。地上にうごめきはじめた闇の気配に、神々の声によって勇者に選ばれた少年の出現と。


「父は母が予言された魔王の母だと知っていた。生まれた子供の私にその可能性があることも。

 それでも父は私と母を守ろうと、北の雪と氷に閉ざされた城に私達を置いたのだ」


 それは同胞であるエルフにも、古くからの知己である賢者ダンダルフにも言えない秘密だった。


「父は自分が城に駆けつけたときには、私が連れ去られたあとだったと言ったよ。だが、私にはそれは単なる言い訳にしか聞こえなかった。死んだ母や家族同然だった魔族の使用人達は戻っては来ないのだからな」


 「それは私の罪だ」とシグルズはグラムファフナーが怒りのままに振り降ろした長剣を己の剣で受けながら言った。

 「だが……」とシグルズが続けた言葉にグラムファフナーは動揺した。


 「私の結界を人間が破れたと思えない」と、たしかにエルフである父のほどこした結界は強力で、人がたやすく破れるとは思わなかった。

 では誰が結界を破り、愚かな人間達を招きいれたのか? グラムファフナーはかたわらにいたゲバブに目を向けた。

 自分が人間達を虐殺したときに、ちょうどよく現れた魔族の魔道士を。


 ゲバブは自分の仕業ではないとしどろもどろに言う。その焦った表情といい、紫色の顔中に汗をかいた動揺具合といい、嘘を言っているのは明らかだった。


「私はこんな魔道士の虚言に騙されていたのか? と愕然としたよ。そこにあのふざけた賢者が現れた」


 「ダンダルフ?」と訊ねたテティにグラムファフナーは苦笑した。


「馬鹿みたいに大きなハサミを持って現れて、ばっさばっさと私と闇の繭との見えない繋がりを断ったよ。

 彼の錬金術で生み出された道具は強力だが、どこかいつもふざけているな」


 グラムファフナーはテティの武器である星のロッドを思い浮かべる。あれも強力な武器だが、あんな可愛らしいもので殴られて、さらにはお星さまが飛び散るなか、血を流して倒れる猛者達の屈辱はいかばかりか。


 ともあれ、闇の繭との繋がりが断たれ、強大な闇の魔力と同時に、流れこんでくる負の感情に染められていたグラムファフナーの頭も急速に晴れていった。


 そして、己が犯した罪を今さら思い知る。母を殺されたとはいえ、王に命じられてただ動いていた兵士達まで虐殺したこと。魔王となり人間への憎しみで一つの国を滅ぼした。

 それは、ただ魔族であるだけで財を奪っていいと考えていた人間の王と、なんら変わりはないのではないか? 


 その後も自分でしたことではないとはいえ、部下達が人間界で悪辣を成すことを放置した。それは魔王たる自分の責任だ。

 ぐらりとふらついたグラムファフナーの身体をシグルドが支え抱きしめた。「許されない」とつぶやく我が子に「お前ならばいくらでもやり直せる」と父は言った。


「よかった、お父さんと仲直り出来たんだね」

「……そうだな」


 緑葉の瞳をきらめかせて振り返る、膝のテティにグラムファフナーの浮かべた笑顔はどこか寂しげだった。テティはそれに「なにかあったの?」と聞きたくないのに聞いてしまった。


「“魔王のなりそこない”とゲバブが最初に言ったのだ。激高した奴はならば自分が魔王となってやると、私から断ち切られた闇の繭の糸を自分の身体に自らからめとった」


 「わわわ、それは君のような小者には過ぎたものだよ」なんてふざけた大賢者のたしなめなど、当然狂った魔族の魔道士は聞かなかった。

 「おお、これが闇の力」などと奴は悦に入っていた。「お前はもう用済みだ」とグラムファフナーに放った火の弾は、抱きしめた息子をかばったシグルズの剣の一閃により消滅した。


 さらに魔法攻撃を仕掛けようとしたゲバブの身体がわななくように止まる。「あぎゃ、力が力がぁ」とゲバブの身体がみるみるふくれあがっていく。まるで流れこむ強大な魔力をその身体が受けとめられないとばかりに。


「闇の繭に繋がるのは魔王となる力を持つものでなければならない。それを制御出来ない者が同調したならば、力は暴走する。

 そして、あの繭は歴代の魔王と魔族達の闇の力で“羽化”寸前の状態だった。

 もし、私が魔王として繭とつながり続けていたなら、あれと一体化して、私こそが災厄として目覚めていたのだろう」

「災厄?」

「ああ、しかし、制御出来ぬゲバブなど闇はあっさりと呑み込んだ。ふくれあがった奴の身体は急速にしぼんで消えたよ」


 一瞬の静寂に何事も起こらないかと思ったが「逃げるぞ!」と叫んだのはダンダルフだった。いつもふざけている大賢者らしくなく真剣な顔つきで。「こうなったら世界の果てまで逃げても間に合わんかもしれないが……」と、やっぱりどんな時でもふざけている男だった。


 そのとき魔王の城の玉座の間。その床に地面を通りこして地底の魔界までの深い亀裂が走った。

 そしてその魔界の上空に花のような翼が広がるのを玉座の間にいる者達は見た。片方が六枚左右で十二枚の闇の巨大な翼だ。それは真の闇、漆黒の影のような巨大な竜だった。


「災厄の竜が誕生した瞬間だった」





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