第8話 勇者の仲間とその子孫達 その2
城の地下にあるその部屋は、他の倉庫や牢屋に使われている区画と違って、玉座の間のような豪奢で神聖さに満ちあふれていた。白い大理石の壁。金の浮き彫りで翼ある獅子と一角獣の王家の紋章が壁に描かれている。
玉座の間と違うのはその壁面を背にして
ダンダルフに古代文字は教わったから、テティにはそれが読めた。
巡る円のごとくに我ら仲間の絆は永遠なり。
席に座りし者はすべてみな同胞にして同格。
つまりこの円卓についた者の身分は問わないということだ。王にさえ対等な口をきけると。
この円卓の間に来るのは初めてだというヘンリックが、獅子とユニコーンの壁を背にした席につく。テティはこの横に、さらにテティの横にはグラムファフナー。
ヘンリックを挟んで向こうにマクシが着座した。
そして、四人が着座した円卓の反対側に二つの椅子が。その椅子に重なるようにゆらりとあがった幻影は、白と赤の長衣をまとった壮年の男女の姿となる。白い神官の衣をまとった男性は恰幅がよく、女性のほうが細身で神経質そうである。
「とんだお家騒動ね」
挨拶もなく口火を切ったのは、赤いローブをまとった女性だ。かつては美人だったのだろうが、今はその細い鼻梁の鷲鼻がやけに目立つ。組んだ細い指の先は紅で彩られて、幾つもの魔具である指輪がはまっている。
「勇者王アルハイトが亡くなったとたんに叛乱なんて、これだから幼君は……なんて言いたくないけど」
鋭い眼光でちらりとみられてヘンリックは肩をすくませる。それにふっくらとした神官が温和な笑顔で「まあまあ」といさめるように声をあげる。
「叛乱というほどでもない、一日どころか半日でグラムファフナー卿とマクシ卿が収めてくれたというではないか」
「相変わらずの日和見ね。大神殿の皆様は善良な平和主義でらっしゃいますこと」
赤いローブの女の嫌みにも、壮年の神官は苦笑するばかりだ。
女は魔法学園都市マグリミワの学長であるシビルで、男はラーマ大神殿の大神官長モロドワという。
かつての勇者の仲間の後継者達だ。ただしシビルは勇者の旅の仲間だったヴァルアザの子孫であるが、生涯独身である神官のモロドワはサトリドの血縁ではない。
この円卓会議は勇者が真ん中に王国を築き、その仲間達が東西南北に散ったあと、定期的に開かれていた。大賢者ダンダルフの錬金術で生み出された円卓自体が魔道具で、仲間達に配られた遠見の鏡を組みあわせることで、遠くにいる人物達がこうして言葉を交わす事ができる。
「ところで、小さな王様の横にいる、さらに小さなクマはなに?」
「僕はクマって名前じゃない。テティ・デデ・ティティティアだよ」
「あらあら、ずいぶんと立派な名前ね」と馬鹿にしたようにシビルに言われて、テティはむうっと彼女をにらみつけた。とたんなにか感じたように、彼女は青ざめて小さく「なにこの魔力の化け物」とつぶやく。
心なしか隣にいるモロドワの顔色も悪い。離れていても鏡越し、テティの魔力を感じることが出来るのだろう。二人とも優秀な魔法使いであり、神官だ。
「テティ、お前の好きな薔薇のアイスクリームだ。食べなさい」とグラムファフナーがうながせば、無邪気なクマは「あ~レモンのシャーベットもついてる、これも好き」と放出していた威圧の魔力をとたん引っ込めて、銀のスプーンをくわえてご機嫌となった。
普段の会議なら茶のみなのだが、茶菓子を用意させてよかったと、テティとともに「おいしいね」と氷菓子を食べるヘンリック達を眺めながら、グラムはいまだ青ざめている二人に向き直る。
「テティはヘンリック陛下が認めた勇者の仲間だ」
「なんですって!?」とシビルがとがった声をあげる。
「そのクマ……じゃない、テティを当代の勇者が認めたというの?」
「俺もグラムも、陛下の勇者の仲間の力の発動を確認した。テティが当代勇者の盟友ってのは確実だ」
マクシの発言に「さっそく仲間が出来たことは喜ばしいことにございますね」と微笑したモロドワに対して、シビルは「そう」と言ったきり、不満げな顔で、不機嫌な声をあげる。
「それで、前勇者の旅の仲間が二人もそろっていて、今回の叛乱を招いたというわけ? グラムファフナー。勇者王じきじきに宰相に指名されておいて、家臣たちの不満を抑えられないなど、とんだ体たらくね」
「それについては言い訳はしない。私の不徳の致すところだ」
「たしかにあなたほど不徳という言葉が似合う人はいないわね。叛逆のダークエルフ。それとも魔王のなり損ないと言うべきかしら?」
その言葉にとなりのモロドワが顔色を変えて「シビル、言葉が過ぎるぞ」とたしなめるが。
「日和見は黙ってなさいと言ったでしょう?
聖なる神殿に引きこもったまま、俗世のことなど関心がないとばかり祈りばかり捧げている神官に、政治のなにがわかるというの?」
「それを言うなら、勇者の仲間として召喚されなかったってだけで拗ねて、遠くから文句だけ言う誰かさんも変わらねぇと思うがな」
マクシの言葉に「なんですって!」とシビルがとがった声をあげる。にらみ合う二人にモロドワはおろおろするばかりだ。
先の勇者王臨終の際にグラムファフナーとマクシだけが召喚されて国のすべてを任されたことを、あからさまな態度に出しているシビルだけではない。ラーマ大神殿においても大神殿を蔑ろにされたと憤った神官達も多く、優柔不断なモロドワが抑えるのに苦労していると、グラムファフナーは間諜から聞いてはいた。
学園長自らが権威を傷つけられたと不機嫌な魔法学園都市はいわずもがなだ。
「きゃっ!」
そんな可愛らしい悲鳴など、赤いローブの女傑が出すなどとは誰も思わず、最初は耳を疑ったほどだ。
しかし、シビルは青ざめカタカタと派手に震えてさえいる。
いや。違う。彼女の腰掛けた椅子そのものが揺れているのだ。それだけじゃない。その回りに飛び散る魔法陣が描かれた古い羊皮紙や、それに重そうな天球儀まで浮かんで飛んでいた。
「な、なんなの!? 椅子から立ち上がれない! 鏡越しに私の魔結界まで通り過ぎて、飛ばしてくるなんてあり得ないわ!」
「テティ!」
グラムファフナーが横をみれば、黒い小さなクマは銀のスプーンをくわえたまま、緑葉の瞳でじっとシビルを見ていた。
「あなたの言ってること全然よくわかんないけど、グラムにひどいこと言ったのはわかった」
「……テティ、いいんだ」
グラムファフナーはテティの小さな身体を抱きあげて己の膝へ。少し逆立っているもこもこの毛皮を撫でてやれば、ぱたぱたと鏡の向こうで物が落ち、椅子の揺れも収まった。シビルがぐったりと背もたれに身を預けてくる。その顔にはびっしりと汗が浮かんでいた。
ただ人でも恐怖だが、魔道をよく知るものならなおさら、今のテティの魔力の発動がケタ外れなものとわかるのだろう。
「バケモノ……」と彼女が小さくうめくのをかき消すようにグラムファフナーは「本日の会議は終了とする」と一方的に宣言して、円卓の装置をきって
通信を遮断した。
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