理由




高校一年生、夏休み明け。

今日は金曜日。 

普通なら青春真っ盛りだろうが……今の俺は学校をサボり、早いところ一週間。


そして土日が近付いてきている。何もやってないのにね。

学力テストまでもうすぐなのに。


夕方、自室。

今日も学校に行かず放課後時間。



「……ふー。久々にランニングやったな」



でも最近は気分がマシだ。

その訳は簡単。

奇妙な事に、コンビニのイートインスペースに居座ってたから。


なんでだよ。営業妨害だろ。

まあそんな事思いながらも、今日もお世話になってたんだけど。


甘えて良いか分からなかった。

でも、断るのもそれはそれで、善意を無碍むげにする感じで嫌だったし。



《――「ここで働いてみない?」――》



そして今日。そんなお声が掛かった。


見るからに訳アリの男によく声を掛けたもんだよ。

自分で言うのもアレだけど。



《――「とりあえず面接だけでも!」――》



そしてこれから面接です。

……ま、もちろん断るつもりだけどね。


バイト経験とか無いし。

こんな逆転世界で――多分、いや確実に迷惑が掛かるだろうし。


今の精神状態でバイトなんてやっていける気がしない。

あっちだって商売だから。



「はー。どうするよ……」



でも。

あの店長さんの表情を見ると、やけに断りにくいんだ。


優しさの塊みたいな感じ。両親は俺が息子だから分かるんだけど、あの人に関しては分からない。

下心も……そこまで感じないし。ちょっと俺の首辺りたまに見てくるけど。


あーあ。

なんであの場で断らなかったかな――





夜の18時。

部活帰りの女子高生達も居なくなり、客もほとんどいない様に見えるそのコンビニ。


大丈夫なのここ?



「こんちは~……」


「おーよく来たな!」



色々考えながら店に入る。

よく見る名札の……『北斗』さんが出迎えてくれる。


気のいいお姉さんって感じだ。

でも、その筋肉は中々のもの。


ガチガチについてるわけじゃないんだけど、結構鍛えてそうだ。背中とかスゴイ。

喧嘩したらぶっ飛ぶな俺。



「どうも……店長さんは?」

「中で副店と待ってるよ。こっちこっち。まー面接頑張りな~」


「お、お邪魔します……」



案内されるまま、普通なら入れないレジカウンターの中へ。

薄い布で隠されたその場所に入ると、小さい事務所的な場所があった。


ここってこうなってんだね。



「……」ジー

「あ! ま、待ってたよー!」


「どうも……」



1人分しか使えなさそうな小さい机。

向かい側に店長さんと副店長? さんが座っていて。



「そっち座ってくれる? ごめんね~窮屈きゅうくつで」

「……」ジー


「あぁはい……」



手前側に俺が座る。

というか、めちゃくちゃ見てくるんだけどこの人。


ショートカットで長い前髪。

覗く瞳が、ずっと俺を捉えている。


……メカクレ系女子ってやつか。始めて見た。



「……ッ」

「あ。すいません」



思わずそれを覗けば、目を逸らされた。

珍しいからって見過ぎちゃったかな。



「……す、すごい……」

「はい?」


「副店ちゃんの“圧視あつし”を……!」



んで、なんで店長さんは驚いてんだよ。

ただ視線向けられたから向け返しただけなのに。


……とりあえず、お断りだけしておくか。長くなったら申し訳ないし。



「バイトの件なんですけど。迷惑掛けるわけにはいかないんで——」


「——やっぱり、君には素質があるよ!」

「!?」



身を乗り出す店長さん。

思わず気圧けおされる。


……コンビニバイトの素質? なんだよそれ。


そんなの聞いたことが無い。

どんだけ人が足りてないんだ?



「言っちゃアレなんだけど。ココって治安悪くてね? 厄介客とかちょっかい掛ける女子高生達とかクレーマーとかいっぱい来るんだけど……」

「そうっすか(困惑)」



と思ったら、働かせる気あんのかってセリフ。

この人は何が言いたいんだ?



「もちろんそういう人達は私が対処するんだけどね? 見てるだけでも嫌って子が多くて。でも君なら、余裕でかわせそうだなって!」

「……すいません。だとしても、正直今は働ける気分じゃないんで」


「じゃ、じゃあ! そういう気分になったらで良いから!」

「え……」


「別に働かなくても良いから。見習い? 違うなぁ、仮バイト? 居候……的な感じで! このスタッフルームに居て良いから!」

「なんですかそれ」



意味がわからない。

この人は、一体何を——



「その。居場所が……無いんだよね? 学校にも、家? にも」

「っ。そうですけど……」

「だったら、ココに居てくれて良いから!」

「いやいや……」


「嫌かな?」

「そ、そういうわけじゃ無いです。でもおかしいじゃないですか、働いてもないのに」


「良いの良いの! どうせココ、ほぼ誰も使わないし! 私と副店ちゃんぐらい!」



どうしてだ。

いくらなんでも、俺に対して都合が良すぎる。

おかしい。


でも――彼女から裏は感じれない。



「……」

「どうかな?」


「……なんで」

「?」


「なんで、こんな。俺なんかにそこまでしてくれるんですか」



彼女から感じるのは、純粋な優しさだけ。


でも。それでも受け入れるのが怖い。


だから、俺はそう言えば――




「――“私が大人で、君が子供だから”」

「!」




笑う彼女。

俺はそれに、何も返せなかった。


……卑怯だろ、そのセリフは。


“男”とか。“世界”とか。“迷惑”とか。

俺が気にしていたものが、全部関係なくなってしまう。

甘えない理由が――無くなってしまうから。




「ふふっそういう訳だから、気にしなくて良いんだよ」


「……」

「い、いやかな?」


「俺。バイト経験ゼロですけど大丈夫ですか?」

「! 全然良いよ!」


「あと多分、常識とか知らないですけど」

「いっ良いよ良いよ! 一から教えてあげるから!」


「……言葉遣いも――」

「大丈夫大丈夫! 実はインド人とかでも全然日本語から教えるから!」


「実は異世界から来たんですけど」

「えっ異世界!? あーもう何でもオッケー!」


「……」



ああ、なんでこの人はこんな優しいんだよ。



無理だ。もう限界だ。

その手を取らない程、俺は強くない。



「っ」



諦めてたのに。

あかり以外――居場所なんて、もう出来ないと思ってたのに。



「!? え、え、ちょっ」

「――店長、新人君はどんな感じ……はぁっ!?」


「ち、ちがうの北斗さん!」

「男、しかも15歳を泣かせるとか流石にヤバいぞ店長……」


「……い、異世界……!」カチコチ

「副店も何で固まってんだよ……」



窮屈なスタッフルーム。

三人の“先輩”がわちゃわちゃと騒ぐその場所。


うるさいはずなのに、やけに暖かくて。



「よろしく、お願いします」



ずっと居たいと思える場所。


それに俺は――頭を下げた。

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