『かわいい』なんて言わないで


俺はビッチだ。

このひとり暮らしの家に、何度も女の子を連れ込んできた。


正直、前の世界の自分にそれを言えばドン引きされると思ってる。



「ふー……」



でも、こうして同性を家に止める事は初めてだ。

異性よりも緊張してる。多分。


身体をタオルで吹きながら、静かに息を吐く。



「……あぁ、あぶね」



ドライヤー、マックスパワーで使うとこだったよ。

彼を起こしたら悪いので、普段は絶対に使用しない省パワーで髪を乾かしていく。



《――「“カッコいい”人が好きなんだ。ボク」――》



「……ま、考え過ぎは良くないか」



明日だ。

明日、ズバッと聞いてしまおう。


それで全部解決する。

きっぱり否定してくれれば、それで終わりだ。

もしくは話したくなさそうでも。


それ以上はもう言及しない。



「……すぅ」

「……」



穏やかに寝息を立てる彼。

アイドルってのは寝顔もアイドルらしい。


俺とはまるで正反対。

可愛いなんて、女の子から何千回も言われてきただろう。


“男”として――トップな彼と、最低の俺。



「おやすみ、かなた」



それでも彼とは、もう友達だ。


男友達。同じ部屋。

そこに、“行為”は繋がらない。


久し振りの感覚。

それに身を委ねれば、驚くほどに簡単に睡魔が襲ってくれて。



「――おやすみ。空くん」



夢の中で、そんな声が聞こえた気がした。






「……寝てる、よね」



ベッドで寝息を立てる彼。

さっき、汗拭きシートで身体を拭くとき向かった洗面台。


そこには“女性”向けのワックス、化粧品があった。


男の人は普通付けない。

カッコいい女性が広告に写るそれ。



「ほんと、“逆”なんだね」



二年生。

クラス替え後、初めて教室で空くんを見た時から……ボクはずっと君の事を考えていた。


男なのに女の子とばっかり話して。

話題もそう。


まるで、“女”であるかのように。



「もう三年かぁ……」



ボクは“普通じゃない”。


中学。街でスカウトを受けた。

断った。でも、“良い!”と言われた。絶対無理だと思った。


そんなこんな。今もアイドルをやっている。


仕事もいっぱいあって。

ファンも居て。

毎日、「かわいい」と言われる。


――“女の子”から。



「……」



当然、クラスの男の子からは敵対されている。

当たり前だ。

嫌がらせも受けた。

下駄箱にはラブレターと、悪口の手紙が混ざって混沌こんとん状態。


ボクだって、自分の気になる子が「あの人可愛い」なんて言ってたら嫌になる。


そんなこと、理解していたつもりだった。



《――「高校来なければ良いのに」「アイドルやってろよ」「ファンだけじゃ物足りないのかな」――》



でも駄目だった。

人気に比例して――ボクの敵は増えていく。高校に入ってからは、クラスの男子は全員敵になっていた。


辛かった。

ネットは見ないように出来るけれど、クラスメイトは無視できない。

学校やめようかな、なんて思った事もあった。


でも、二年生になってから――その“声”の大半は消える。



《――「佐藤。休み時間バスケやるけど来る?」

「おー良いね」――》


《――「佐藤、放課後ゲーセン行こうよ〜」「すまん今日バイト」――》


《――「佐藤君、そんな昼ご飯では体調崩しますよ。コレ食べてください」

「ありがと委員長」――》



それは、一人の男子。

クラスの女子のほとんどが、まるで“同性”の様に接している。


異様だった。

当然の様に“彼”はクラスの男子から嫌われているが……気にせず女子と話している。


まるで、そこが一番居心地が良いとでも言うように。



「……すごいよね、空くんは」



教室で掛かるはずの辛かった“声”は、彼のおかげでほとんど無くなった。


距離が“遠い”ボクと距離が“近い”彼では――後者の方がヘイトを買ったのだ。


君はボクのことなんて気にしていなかっただろうけど、今この学校に通えているのは空くんのおかげ。本当に勝手な感謝だけれど。



「……」



だから君への、勝手な恩返しのつもりだった。


ボクは友達はあまり作りたくなかった。

一緒に遊ぶのは変装がいるし、そもそも忙しくて無理だし。

より一層寂しくなるだけ。

だから、高校では一人で良いと思っていた。


でも君が現れた。



「分かるんだよ、ボクには」



君はきっと“同性”の友達を求めている。

同性からの嫌われ者の君は、奥底ではきっとそう思っているんだ。


ボクと君は似てるから。


そしてボクは――ソレになれる。

とにかく一緒に遊べば……すぐになれると思った。


実際そうだった。

一緒に居るうちに、どんどん仲良くなっていると実感した。

彼の笑顔は増えていった。


でも。

予想外だったのは、君と一緒に居ると――



《――「行くぞ“相棒”。死なけりゃ安い!」――》



――思っていたよりも、楽しくて。



《――「俺の勝ちですね」――》



――思っていたよりも、カッコ良くて。



《――「お前めちゃくちゃ可愛いからな」――》



――言われ慣れていた“それ”が、どうしようもなく。



「……っ」



だから、そんな君の言葉が。



《――「“カッコいい”人が好きなんだ。ボク」――》



ボクを、狂わせていく。

隠していたボクの欲望が、さらけ出される。

まるで宝箱を目の前にしたかの様に。



「空くん……」



アイドルが出してはならない、甘ったるい声。

ベッド。

疲れて寝息を立てる彼を近くで見た。


他の男の子とは違う、筋肉質な身体。芯を感じる声。

この世界で言う“女”らしい眼差し。

掛け布団からはみ出した、ゴツゴツとした手。



「……」



それをこっそりボクの手で繋ぐ。

これまでにない程、脈打つ鼓動。


ドクンと。

お腹の下が熱くなって。

切ない、なにかが。


……これ以上はきっとダメ。



「っ」



だから。お願いだから、むやみやたらに。


『かわいい』なんて言わないで。


君の“男友達”じゃ、いられなくなってしまうから。




「――おやすみ。空くん」




“普通じゃない”ボクは。

“普通じゃない”君を。



きっと、好きになってしまうから――

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