玉砕(本人不在)


「はい、じゃあ皆気を付けて帰ってね。残り少ないけど、宿題やってない人はしっかりやるように!」


「「「はーい」」」


「はーい(疲労困憊ひろうこんぱい)」



先生の挨拶と同時に、一斉に椅子の下がる音。

下校時間である。


ああ、疲れた。

久しぶりの学校……まさかの軽い学力テストありました。なんで?

宿題をガーっとやってたから助かったけどさ。


出来たとは言ってない。

ごめん旧佐藤空。多分良くて30点。



「……っ」



で、隣席の彼女はなんかチラチラ見てくるし。

というかクラスメイト全員からめちゃくちゃ見られてる。


なに? 今からでも一人称“ボク”にしようか?

ごめんなさいボク無理です。

心の中で言うだけで鳥肌立つ。



「――ね、ねえ」

「はい?」

「さ、佐藤君って、ほんとに記憶喪失なの?」

「え。うん」

「そうなんだ……」



と思ったら、意を決した様に話しかけに来たのは……知らない女の子。

でも、結構スタイルが良い。筋肉はあるんだけど、無駄な筋肉がないって感じの。陸上部?


この子……カッコいいな。王子様って感じ。

前の世界でもたまにいた、マジのボーイッシュ系女の子。

負けた(筋肉)。


多分こっちじゃかなりモテるんだろう。

なんたって、この世界は“逆”なんだから。



《――「空兄は、外面だけは良いから」――》



……そういやあかりがそんな事言ってたっけ。

隣席の子を見る限り、仲が良いヤツにだけって感じか。ゴミ。

こういう子にはこび売って仲良くしようとしてそう。カス。


うーん。

自分で言うのもアレだけど、最悪である。



「あー……もしかして前の俺と仲良かった?」

「いや。そういうわけじゃないんだけど……」


「あっ良かった。“あんなの”と仲良くなってもね」

「え、えぇ?」


「ゴミカスだよ。反吐が出るね、佐藤空には」

「な、なんか調子狂うなぁ……」



いつもの自虐(?)をすると、困った顔をする王子様。

妹には好評だったんだけどな。



「そ、その……告白の返事をしに来たんだけど(小声)」

「は?」



帰宅ラッシュ(?)だ。

ガヤガヤと騒がしい教室の中。


周囲に聞こえない様耳打ちする彼女。

どうやら、旧俺はとんでもない勘違い野郎だったらしい。



「い、一週間前にね? メッセージで来たから……」

「(絶句)」



おいちょっと待て。

確か旧俺、お風呂で転んでどうこうって言ってたよな?


もしかして携帯で告白した後、のぼせて?

指先で送る君へのメッセージ……の後にぶっ倒れた? 何だそれ。


あー、なんかパズルのピースがハマった気がする。

どんだけ視野狭くなってたんだよ。恋とは恐ろしいね!



「そ、その」

「『ごめんなさい』、だろ?」

「え。それは、そうだけど……」

「そのまま返信してくれても良かったのに」



その時には携帯壊れてるから一生伝わらないだろうけど。

結局俺と変わってるから意味ないね。



「告白の返事は、面と向かってしなきゃって思って」

「……そっか。ありがとう、おとこま――じゃない、“女前”だね」

「!」

「そういうところだろ。昔の俺が惚れたのも」

「え。あ……そうなのかな?」



ほほをかく彼女。

映えるね。よっ、一国の王子!



「うんうん。そういや名前は?」

「あ……そっか。名前も知らないんだ。えっと、上地 夏木かみじ なつき

「夏木ね。まあ俺こんなんなったから。全く気にしないで」

「……なんか、凄い別人だね」

「よく言われるよ」



前の世界の時は緊張であんまり異性とは話せなかった。


でもこの世界、同性よりも異性の方が話しやすい。逆だから。


……あとは前、優香と“遊んで”から、抵抗が一気に無くなった気がする。

我ながら、もう真っ当な恋愛は無理って悟ったからかな。



「まあそもそも、あんまり昔の君? とは話したこと無かったんだけどね」

「えぇ……よくアタックしたな旧俺」

「あはは。あ、ごめんもう部活の時間だ!」

「そっか。がんば」

「うん、ばいばい!」



うーん。最後まで鮮やか。

……俺を見る視線は、そうじゃないみたいだけど。



――「何アレ」「上地さんとあんなに……」「ムカつく」



ざわめきの中。

掛かる声。



――「なにが記憶喪失だよ」「演技だろアレ」「“俺”ってのが臭い。痛いよな」



それは、男子達。

全員じゃない。でも半数以上は、俺を見る目に嫌悪が見える。


ああ。

キッツいな、コレ。

前の世界じゃ……友達なんて男しか居なかったから。



友達といえば、同性だったから。



――「上地さんがかわいそう」「あいつマジで無理かも」「イメチェンのつもり?」



「……っ」



胃が痛い。

この場所に居たくない。


仲良くなんて――なれるわけないか。






「お、おかえり」

「……ただいま、あかり」



空兄が帰ってきた。

今日は登校日だから、お昼前ぐらいに。



「はぁ……」



大きなため息を連れて。

見る限り、学校じゃ色々大変だったと思う。


クラスメイトもびっくりしただろうなー。

空兄が別人になっちゃってるんだから。



「ご飯食べた? あかり」

「食べてない。空兄と一緒に食べようと思って」

「かわいいやつめ。こんな妹持って誇らしいよ俺は」

「……ぅ」

「今日はなにかな~」



冷蔵庫を開け、お父さんが作り置きしてくれたご飯をチンして机に並べてくれる。



「「いただきます」」



空兄が。

あたし、本当にだめになりそう……。



「今日は炒飯とサラダかぁ。うま」

「……ね、空兄」

「ん?」

「あたし、何かできることある?」

「え。どうした急に」

「なんとなく……」



そう思ったから、ついつい彼に聞いた。

驚く顔。……あたしだって驚いてるよ。


こんなこと、自分が言うなんて。



「“今のまま”、変わらず居てくれるだけで嬉しいよ。俺は」

「な、なにそれ」

「あかりが別に何もしなくても、俺は助かってるから」

「??」



笑う彼と、理解できない自分。

今のまま……今のまま、か。



「むしろ、あかりが俺にして欲しい事があるなら言ってね」

「えっ。あ、あたしが?」

「そうそう。兄って妹に頼られると嬉しいもんだから」

「……そうなの?」

「多分」



考えた事なかった。

旧空兄に頼るなんて論外だったし。



……でも。今の空兄なら。



「そ、空兄と遊びたい……」

「おー。どこ行く?」

「良いのっ!?」

「はは、良いよ。せっかく夏休みなんだし」

「じゃ、じゃあアスレチックとか、海……はもうダメだからプールとか! あとあと、キャンプとかも!」



あふれてくる。

いっぱい、やりたいことが。



「……あと夏休み何日あったっけ?」

「……10日ぐらい」

「ギリ行けるな」

「ほ、ほんとっ?」

「うんうん」



あたし、最近なんか変だ。



《――「私もほぼ話さないなあ、お兄ちゃんとは」――》


《――「喧嘩ばっかしてるかも。ウザいし」――》


《――「あかりは……あ、聞かなくても顔見たら分かっちゃうね」――》



兄と妹。

兄を持つ友達と話す中では、そんな子はほとんど居なかった。


きっとこれは、稀な例。

変かもしれない。


でも、それでも。



「やったぁー!」

「うお」



思わず、空兄の胸に飛び込んだ。

シャンプーもボディソープも一緒。

“前”の兄と同じ匂いのはずなのに、全然違う“今”の匂い。


ちょっとドキドキする。

でも叶うなら、ずっとそれに包まれていたい。


……あたし、変なのかな。



「あれ。でもあかり、部活は?」

「あっ」

「……絞る?」

「じゃ……ぷ、プールが一番行きたい……」

「了解!」


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