止められない


学校で荒んだ心は、なんとかあかりのおかげで収まった。

いやー、ほんと素直で良い子だよこの子は。

旧俺は何考えてんだって。


今更だけど、兄らしく振る舞わせてもらおう。

昔の俺に代わってね。



「ずいぶん仲良くなったなぁ……」

「そうね。前はあんな険悪だったのに」


「はは……あかりが良い子なんで」

「そう!!!」

「自分で言うのかよ」



夕方、両親(仮)が俺達を見て目を丸くする。

まあ変わりようは凄いよな。自分でも思うよ。


正直、家も学校もきついけど……あかりが居るからなんとかなってるね。


“普通”で居られる相手がいる。

そんな居場所があるだけで、全然違う。

お礼ならなんでもしますんで!



「そういえば俺の水着ってどこあります? スク水じゃなくて遊ぶ用の」

「うん? ああそれならこっちにおいで――こらっあかり、見たらダメだよ」


「う……」



父さん(仮)があかりを止める。

ま、別に良いんだけど。


いややっぱり恥ずかしいから来ないで! 

どうせ可愛い系なんだろ?





「……うわぁ(ドン引き)」



洗面台の棚、そこにそれはあった。


なんすかこれ。いや予想はしてたけど。

あの短パン型の水着を予想してたけど、出てきたのは上半身も覆う長袖にすそが長めの短パン。

サーファーが使う様な、ラッシュガードみたいな感じ。


そこまでは良い。

でも色、ピンクじゃねーか。きつい!

模様のゆるキャラ系イラストもきつい。きついのオードブルか? なおサイズは俺がせたせいかブカブカ。

逆転世界なのと、旧佐藤空の好みがあるんだろう。うーんこれは恥ずかしい。



「それ中学のときから使ってるから、サイズもあってないかもしれないね」

「なるほど、新しく買っても良いですか?」

「もちろん。そういえば、コレ届いてたから渡しておくよ」

「これ……携帯ですか」

「うん。友達と連絡ができないのは困るだろう?」

「あーありがとうございます。助かります」

「……うん、良いんだよ。僕は君のパパなんだから。それじゃ、困った事があったら言ってね」

「どうもー」



そう言って渡される、修理が終わったスマートフォン。

旧俺が風呂ですっ転んでぶっ壊れたソレは、見事に修復されている。


……それを見た彼らは、当時相当焦ったことだろう。

んで一週間後、目を覚ましたが全くの別人。

同情するね。ごめんね!



「なんだかな」



悪い人ではない。

でも、まだ家族とも思えない。


難しい。



「……連絡先もメッセージアプリも、見る気起きねー」



学校の様子を見る限り、俺の友達はアホアホギャル二人組。

部活も入ってないし、彼らと上地以外に話しかけられる事はなかった。


まあせっかく貰ったスマホだ。有効活用するとしよう!


さて……それじゃ宿題タイムだ。

旧佐藤空、ほんと覚えてろよ!





積み重なったそれに、取り掛かること1時間。



「織田信奈か、信◯書店も逆に……なってる。数駅行けばあるし……」



だが、その中でも面白いことはある。

特に歴史。ほとんど性別逆だからね。


スマホが手に入った事で、色々調べられるのもデカい。

本当に逆転世界だと実感する。



「秀吉はなんで秀吉のままなんだ……? 女武将なのに……」



たまに引っかかるけど。

それもまた面白いところである。


あーでも疲れた!! 



「なー、あかりは明日は朝から部活?」

「んー……いや、いつもと同じお昼から!」

「へぇ。そこまで厳しい部活じゃないんだな」

「大会とかもあんまりだし、そもそも部員が少ないし……」

「期待のエースってわけだ」

「そ、そんなんじゃないけど……一応部内で3位だよ」

「すげーじゃん」



こうやって疲れた時は彼女と話す。

あかりもちなみに宿題中だ。似たもの同士!



「ふふ、部員8人しかいないけど」

「それでも凄いって」

「ふふん、そうかな……?」



チラッと脇見。

頬を染め、学習机の下で足をバタバタしている彼女が見えてしまう。


うーん相変わらず褒め甲斐があるねこの子は。

旧空兄さん何やってんの?


今の俺は、彼女の“兄”をやれてるだろうか。

昔の彼よりやれてると良いけど。



「うんうん。明後日は?」

「お休み! 翌日も休み!」

「んじゃ、プールは明後日で良いか」

「うん!」



よし、それなら余裕で水着の新調出来るな。明日行こうそうしよう。

ランニング行ってきまーす!






「おやすー」

「おやすみ、空兄」



時刻は22時。

ランニングと筋トレをこなした空兄は、いつもの様に布団に寝転がる。


あたしも、横の布団で一緒に。



「あれ、あかりも? 今日は早いんだね」

「うん。空兄と一緒!」

「おーおーかわいいやつめ」



……最近は、彼から“かわいい”って言われるのも嬉しくなってきちゃった。


彼が言うソレは、どこか他の人と“響き”が違う。


……変かな。いや、変じゃない!

女だって、少ないけどカッコ可愛い系のアイドルだって居るし! 



「……」

「はやいなぁ」



そんなあたしの葛藤を知らず、彼は爆睡。


いうも一瞬で寝る空兄。

旧空兄みたいに、携帯を弄らないからだろうか。

寝る前のブルーライト? がダメだってことは、テレビを見てたらよく聞こえてくる。

旧空兄が常にイライラしていたのもそれのせいだったのかも。


……新空兄は、驚くぐらいスッと寝るんだよね。



「空兄……起きてる……?」



そう呟いても、当然起きない。



「そ、ら、に、い」

「……」



耳元、恐る恐る声を出してみても。



「……」



起きない。

多分きっと、既に深い夢の中。



「……っ」



布団。

彼の領域。

こっそりと、そこに侵入。



「起きない、よね」



天井、淡いオレンジのちっちゃい電球。

それが照らす彼の身体。


きっとバレない。

いやそれだと悪い事してるみたい。


そ、そう。あたしと空兄は、一応兄妹なんだから。

きっとおかしい事じゃない。



「……ぅ」



彼の伸びた手。

それをこっそりあたしの手で繋ぐ。

これまでにない程鼓動がうるさい。


ドキドキ、ドキドキと。

身体がどんどん熱くなって。

切ない、なにかが。


……これ以上は。


これ以上、は――


“これ以上”を――!




「っ」



止められなかった。

気付けば彼の身体が目の前に。


見ようによっては、押し倒している様に見えるその光景。



「ふっ、ふっ……」



荒れる、あたしの息。

それを抑える。


そして彼の寝間着。

夏の暑さで、開けた胸元。

覗く肌色は、まるで輝く様に。



「っ――」



そしてそれに手を伸ばす。


きっと。

まだ世の女達が、誰も触れていないその身体に――



「……ぁ」



そして、そこでハッとした。

あたしは――とんでもない事をしてるって。



「……ん」

「!!」



そして、彼の寝返り。

自分でも驚くぐらい、素早い動きで自分の布団にもどる。



「…………」



えっ、今。

あたし――何してた?



「……」



そして、何もなかったかのように寝息を立てる空兄。


……あ、ああそうだ。

何も無かったんだ。


ただ、彼の空いた胸元を直してあげただけ。

そうだ。そういう事にしよう。



「……ふっ、ふぅっ……」



荒れた息。ドックンドックンとうるさい心臓。


布団の上。しばらくの間あたしは寝られなかった。


さっきまでの光景が、頭から離れなかったから――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る