初めての登校



「学校かぁ……」



一昨日まで童貞。昨日でビッチ。

ランクアップなのかダウンなのか分からない変化。いやダウンだろ。

本当に激動の日々があって――今日。



「制服にリボンて……」



8月の下旬。

夏休みにポツンと、一日だけある登校日である。


本来ならクラスメイトの変貌っぷりに湧く日なんだろうけど、あいにく俺は全く知らないわけで。

自分だけ登校初日だよ最早もはや


というか、こんな世界でまともに話せる気がしない。

行くしかないんだけど!



「あー。行きたくねー……」

「ふぁあ……空兄が制服だ」

「学校だからね。あかり一緒に来てくれない?」

「い、行きたいけど……」

「ははっ冗談だって。そういや俺の友達ってどんなヤツが居たか知ってる?」



携帯が無いから、メッセージアプリの友達を調べて……とかが出来ない。



《――「れ、連絡先」――》


《――「ごめんいま携帯壊れてるから」――》


《――「あ……そっか……」――》



だから、昨日も優香達とはそれを交換せずに終わった。微妙な空気になった。

まあビッチだし。あっちもそんなに会いたくないだろう。



「? 昨日会ったんじゃ」

「えっ。あ、いや、そいつ以外だよそいつ以外」

「……じー……」

「はは。知ってる? というか男友達居る? こんな奴に(俺)」



何やってんの俺、口滑ってますよ。

慌てて誤魔化して、いつもの旧佐藤空ジョークで茶を濁す。



「……旧空兄、よく電話とかで話してたから。居るには居るんじゃない」

「ああ、外面は良いヤツね。カス兄だね」

「ふふっ。ほんと変な感じ」



自虐? なのか分からないが、とりあえず誤魔化せたかな。

一応優香達とも友達括りにさせてもらった。ごめん優香。


……あかりには、嫌われたくはない。

兄がビッチでした、なんて言ったらもう近寄ってくれないね!





――ガララララ。



学校の場所は全く同じ。

教室も、クラスも同じ1-B。それでも――



「知らねー顔だらけ……」



思わず呟く。

そこには、前の世界とは全く違うクラスメイト。



《――「空がそこ行くなら俺もそこ行こうかなー」――》



中学の部活仲間との会話を思い出す。

そう、スポーツが逆転しているならその繋がりも無い。


ある意味助かったよ。

“同じ”だけど、“同じ”じゃない両親の様な彼らが出て来たら……かなりキツかった。



「あっ空じゃん。おひさー!」

「……あ、ああ。おはよう」


「?? そういや全く連絡来なかったけど、なんかあった?」



そして入った瞬間、声が掛かる。

男子だった。

茶髪で、女の子っぽい髪留めをした彼。チャラそ~!



「……そのことなんだけどさ、俺、頭打って記憶ないから」

「お、“俺”? というか何その話し方。ウケるんだけど!」



何だお前。ウケないんだけど。


ギャルかコイツ?

手を叩いて笑う彼……正直、もう合わなそう。



「俺の席ってどこ?」

「マジで記憶ないのかよ! ウケるんだけど!」

「……あー、とりあえず荷物置きたいから教えてくれない?」

「ねー周平! 空、記憶無くしたんだって! まじでウケる!」


「……」



席教えろよギャル野郎が! ウケねえよ!!

頭痛くなってきた。



「えっ空、ほんとなのか?」

「らしい! 俺俺言っててマジでウケるから!」



ギャルやろう は なかまをよんだ!


グランドク〇スぶち込んで良いっすか?



「席教えてもらえる?」


「うわっマジで変だ。別人じゃん」


「そうそう。俺、風呂で転んで頭打ってこうなったから……席教えてもらえる?」


「マジかよ!」

「ウケるよな!」


「……はぁ……」




もうやだ帰りたい。

なんで俺、教室の入り口付近で立ち往生してるんですか?? 席教えてもらえる?



――「アレ本当に佐藤君?」「変だよね」「記憶がどうとか……」



なんか周囲のクラスメイトも珍しそうに見てくるし。珍獣か俺は。オカピじゃねーんだよ。


なあ旧俺、今だけ変わってくれない? 無理か。



「って……あの子、昨日の」



《――「うわっ。なんでアイツが」「い、行こ」――》



そして、昨日のゲーセンにて……目が合った瞬間逃げていった女の子も教室に居た。


どうやらクラスメイトだったらしい。



「……ああ、あったあった」



勝手に盛り上がっている、ギャル野郎二人を無視して教壇きょうだんへ。

そこには、席と生徒の名前が掛かれた紙があった。先生が見るやつね。


えっと……俺は窓際の一番後ろか。

良い場所だけど――げっ、あの子の隣じゃん。

申し訳ないな。



「……」



読書中の彼女。

黒髪、ちょっとボサボサのボブに黒縁眼鏡。


ブックカバーを取り付けたそれを読んでいる。

昨日の友達らしき子とは居ないらしい。



「よっと……」



邪魔したら悪い。

静かに机に鞄を引っかけ、窓から迫り来る積乱雲でも眺め――



「――おい空! 勝手にどっか行くなよ!」

「記憶無くしたってどこまでなんだ? ボク達のことも?」


「……あー。うん、知らない知らない」



そして舞い戻るギャル野郎二人。帰れ!

せっかく一息付けると思ったのに。



「えー!?」

「ヤバすぎ!」



口の前に手をやって驚く二人。

わざとらしい……。

なんだそれ、かわいいと思ってんの?



「んじゃ――アイツの事も?」



そして、指差すギャル野郎A。



「……っ」



その先は、本を読む彼女。

見るからに嫌そうな顔で。



「ねー隈川くまかわ、何読んでんのー?」

「見せてよ!」

「え? いや、ちょ――」



そして止める間もなく、ギャル野郎Bが彼女の本を奪い取る。


ひらひらと落ちるしおり

そして、その中身は。



「――うわっキモ」

「なにこれ? まだこんなの読んでんだ」


「あ……返して……!」


「ほんとキモオタだよね」

「現実で相手にされないからってさぁ……」



『魂界戦記』。昨日、読んだソレ。


ボロボロになった浴衣姿のヒロイン(男)を、主人公が抱きとめる挿絵。

これ何巻? うわっ5巻だ。何があったんだよ。



「……やめろよお前ら」


「わっ」

「は? 何するんだ!」



ネタバレを食らってしまったが、そこはどうでも良い。

ギャル野郎二人が奪った本を強引に奪い返す。


……力よわっ。鍛えてんのか?



「ごめんね。しおり適当に挟んでるから」

「ぇ……うん……」



落ちた栞を拾って、埃を払って本と一緒に渡す。


困惑と恐怖が混ざったような表情の彼女。

ああ、嫌われてるんだな俺。そりゃそうだ。


話できるかと思ったけど……こりゃ駄目そう。



「なにするの? 空の癖に」

「記憶無くしたからって――」


「あのさ」



分かってるんだよ。

こんな狂った世界、あの旧俺の友達には――慣れ合うなんて無理だと知ってた。



「ごめん。もう俺はお前らが知ってる“佐藤空”じゃないんだよ」

「「……!」」


「“戻った”ら、また話しかけてくれる?」



こいつらは、旧佐藤空の友達だ。

だから……それだけは分かってもらわないと。



「“今”の俺は、お前らと合わないと思うから」


「……な、なんだよそれ!」

「キモっ。行こ周平、コイツ頭おかしいっ!」



それだけ言えば、離れていく二人。

あースッキリした。



「「「…………」」」



教室、黙りこくってるけど。

早く予鈴鳴ってくれません?

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