卒業おめでとう!


「…………はぁ」



全てが終わったのは、時計の針が6を指していた頃だった。

切れた性欲。その反動が俺を刺すように痛む。


今になって、俺は部活の運動で性欲が消えていたのだと知った。


部活も無くなって。訳の分からない世界に来て。

当然一人でする暇も余裕も無く。

病室に、それが終わればあかりとの共同部屋だったから。


そんなこんな。

ただのランニングと軽い筋トレで、ソレが消えるわけもなく。

世界に困惑する中で、しっかりソレは蓄積していて――



「……ぐぅ……」

「っ……キミ、体力すごいね……」



さっき、爆発してしまった。


目の前には、横たわる二人。

一人は疲れてそのまま寝て、もう一人のお姉さんもグッタリして。

空になっている避妊具の箱。そして封が開けられもう一つ。女性用のそれ。


……盛り過ぎだろ、俺。どんだけ溜まってた?


思えば彼女の家に行く事も、コレを“期待”していたのだろうか。

目に映る女の子を、全てそういう目で見ていたのだろうか。


我ながら猿。

“止まれ”とささやく理性をぶっちぎって、本能のままに彼女達を犯した。



「……すいません」

「えっ!? なんで謝るの」



そりゃ、誘ったのはあっちだ。

でも……違うんだよ。


この自己嫌悪感は、消えてくれない。


会ったばっかりの相手。お互いの事を全く知らないのに、いきなり“行為”をしたこと。

そして……自分が、こんな簡単に、“性欲”に負ける人間だと知った事。



「……ああ、くそ……」



溜まりに溜まった熱が消えて。

俗にいう賢者タイムになって、その後悔は訪れる。



「あの、そのさ。キミってもしかして……“初めて”、とかじゃないよね」



そして、問われる声。

ああ――もう分かってるよ。



《――「知らね? 貞操概念逆転っていう、最近俺の中で熱いジャンルで」――》



思い出すのは友の声。


ココは、そういう世界なんだ。




「――そんなわけ、ないじゃないですか」




初めてでした、なんて言ってみろ。

逆転した“それ”の価値は、嫌でもわかる。



「だ、だよね~! そんな子がホイホイ家に来ないかー!」

「はは、そうそう」


「いやーこの子、せっかく大学生でイメチェンしたのに処女だったからさ。早く捨てたがっててね~! ほんとありがと!」

「……そう、ですか」

「卒業おめでとう! って感じ〜? その本人寝てっけどね!」



寝息を立てる彼女の頭を、優しく撫でるお姉さん。


……“卒業おめでとう”、か。

そっか。そうなんだよな。


ああ、分かってる。

“処女”の価値が逆転してる事は。

でも――それで「はいそうでした」ってなる訳がない。


世界が違う? 常識が違う? 

そんなの関係ない。


俺は、一人の女の子の“初めて”を奪ったんだ。



「……だいじょうぶ? 気分悪い?」

「いや、すいません平気です。この子の名前は?」


「名前言ってなかったの……コイツは『齋藤 優香さいとう ゆうか』だよ、優しいに香るって書いて優香」

「優香か。あなたは?」

「えっ私? り、『梨香りか』。なしに香るって書いて」

「分かりました。ありがとうございます、身体は大丈夫ですか?」

「えぇ? 平気平気……変なの、そういうの普通“女”が聞くもんだよ?」

「……そうっすかね」



優香に梨香さん。

俺に出来る事は、この名前を覚えておくこと。

記憶に刻み込むんだ。


夢であろうがなんだろうが関係ない。

獣ではない人間――そう思いたいだけか。



「私にもタメで良いよ? というか君何歳? 大学生だよね、もしかして院とか」

「高1ですよ」

「」

「ああホントに気にしなくて良いんで」

「あのバカ……ちょ、ちょっと待って……理解が……」

「高校生でもヤる事やる奴は居ますよ?」

「……そう、なの……?」

「そうそう」

「いやダメでしょ」

「合意の上ならなんとやらで。大丈夫大丈夫」

「ええ。か、軽ぅ……」



それに年はあんまり関係ない。

周りじゃ中学で“卒業”した友達も居たしな。


死ぬほど羨ましくて、悔しくて部活に打ち込んだっけ。

今となっては懐かしい思い出だ。



「――! わ、ワタシ寝てたああ! 散々ヤッて寝るって最悪――」

「あ……優香!」



そして、起きた彼女。

ハッとして……俺は優香に声を掛ける。



「は、はい!」

「初めてだったらしいけど、痛くなかった? 血とか出てない? 苦しくなかった?」

「えっ。いや、全然。むしろ逆……」

「……そっか。良かった」



こんな事を聞いて、安心するのも勝手な自己満足だ。


でも。だったら。

その分、彼女に捧げるまで。



「気が済むまで相手するよ。優香」

「……ほ、ほんと? まじ?」



逆転したこの世界ならば。

“こんな男”を表す言葉は、きっとコレに決まってる。



「俺みたいな――“ビッチ”で良ければだけど」


「!! お、お願いします……!」



ああ。やっぱり合ってたみたいだ。

笑えてくるね。


さっきまで、童貞だったってのに。






「……お父さん、空兄何してたって?」

「お友達と遊んでたみたいだよ」


「友達、かぁ。結構遠くまで行ってたんだ」



お父さんの携帯に、メッセージが来たのはちょっと前。

旧空兄だったら連絡なんて寄越さないけど……彼はちゃんと送ってくれたらしい。

今は帰宅中。もうすぐ帰ってくるって。



「……あかりは空と仲が良いんだね」

「お父さんは?」

「ママもそうだけど……ちょっと、以前の空と違い過ぎて。そりゃ空は空なんだけどね」

「……」

「そう思わないかい?」

「あたしは、もう今の空兄は前の空兄と別人だと思ってる」

「えっ!?」

「だって。違いすぎるもん」



お父さんもお母さんも、どう思っているんだろう。

今のままが良いのか。

前の方が良いのか。



――ガチャ


「……ただいま。遅くなってごめん」

「空兄!!」


「うおっ。ただいま、あかり」


「お、おかえり」

「あんまり遅くまで遊んじゃ駄目よ。男の子なんだから」


「……すいません、気をつけます」



今は夜の8時前。

心なしか、元気がないように見える。


そして――



「空兄……?」

「どうした?」


「なんか、つんと来る。香水の匂い……?」

「!? ああ、アレかな。電車が混んでたから」


「……そっか」

「そうそう」



大人の女性が付ける様なその香り。

笑う彼の表情は、やっぱりいつもと違う。


何かを隠している。そんな勘。



「ホントに友達と遊んでたの?」

「……ああ、もちろん。一人でこの時間まで遊ばないって」

「何してたの」

「えっと、ゲーセンで色々」

「……ゲームセンターで6時間?」

「あー。その後は友達の家に行ってたよ」



なんというか歯切れが悪い。

その……雰囲気もどこか、変わった様な気もするし。



「ちょっとあかり。空も疲れてるのよ」

「空、早くご飯とお風呂済ませるんだよ。明日は登校日なんだから」


「学校……ああすんません、いただきます」



結局何があったのかは分からない。

旧空兄だったら、遅くなろうが動向なんてどうでも良かったのに。



「……空兄」

「?」



実は香っていたのは、大人っぽい香水だけじゃない。

どこか甘い、身体に残るソレ。


あたしの知らない――どこか、身体の熱が高まる様な。



「な、なんでもないっ」

「そっか。お風呂入ってくるよ」

「ん」



なんだか恥ずかしくなって、あたしは彼に身体を背けた。


……なんで、こんなに気になっちゃうの?

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