六文字


「「「え、え、リーダー……?」」」



沈黙の後。


声を出すものの、不良共は状況が読み込めずに固まる。

そりゃそうだ。キスされたリーダーがそのまま倒れたんだから。


しかも、その。凄い声だったし……。



「…………」



多分この人、気絶してる(他人事)。

“アレ”でこうなるなんて珍しいな。相当ビックリしたんだろうね。


まあ良い、むしろ好都合。



「で? お前らのリーダー、この通り“イっちゃった”けど……」



椅子(狐女)から立ち上がる。

そして、笑って彼女達に問う。



「来ないんだ」


「「「ひっ……!」」」



歩み寄る度、距離を取る不良たち。


俺はヤンキー漫画の主人公じゃない。

その数で来られたら――普通にやられるのは俺なのに。


沈下した熱は、恐怖へと変わっていた。




「あのローズガーデンとやらも落ちぶれたもんだな」


「卑怯なリーダーは金稼ぎに夢中、下はそれに搾取され続けるだけ。挙句に手を出せない一人が暴行されているのに、見て見ぬふり」


「一瞬でも“おかしい”と思わなかったか? “伝説”に泥を塗ってると気付けなかったか?」




顔をしかめる彼女達は、未だに俺に手を出せない。




「――超カッコ悪いよ。お前ら」




だからそれだけ吐き捨て、落ちた俺の鞄を拾って。

東瀬と一緒にココを出た。






「痛くないか?」

「そこまでやられてねぇから大丈夫だ」


「そっか、良かった。これあげる」

「……おう」



夜22時。

少し歩いて、目印となるコンビニに到着。

もちろん俺が働いているところじゃない。


地図アプリで見ると結構遠いところだったみたいだ。

オーガタクシー凄いね。

今は電話で普通のタクシーを呼んで、待っている最中。


傷の治りが早くなる事を願い、カバンから逆エナドリを出して彼女にプレゼントした。



「ローズガーデンは、これで終わりかな」

「……」


「何か言いたそうだね」

「アタシのせいで……佐藤が」


「はぁ……相談しろこういうのは」

「いてっ」



未だに苦い顔をする彼女にデコピン一発。

せっかく助けたのに、そんな表情されると困る。



大方おおかた予想は付く。お前が犠牲になれば、俺の事は手出さないとか言われたんだろ?」

「……う」


「あんな狐みたいな奴が約束を守ると思うな。ったく」

「でも、佐藤がやられると思ったら……」


「友達だったらなおさら言えよ。お互い悩んで出した結果の方が、きっと良いに決まってる」

「!」



勝手に自己犠牲されて、もし自分が助かっても苦い思いをするだけ。

二人で出した答えなら、間違っていたとしても納得出来る。



「はい、これで話終わり! お前は早く家に帰れ」

「……」


「どうした?」

「……今日、家に親父居るんだ」


「そっか。じゃ、色々謝ってこい」

「出来るかな……」

「さあ?」

「う……頑張るけどよ」



なんて。

今の彼女なら、きっと大丈夫。



「もう東瀬はローズガーデンの一員でも何でもない、ただの普通の女子高校生だろ」

「……!」


「親が居るなら居るうちに甘えとけ。後悔するから」



流石に察しただろうか。

彼女の視線がこっちに向くのが分かった。



「佐藤の親は――」

「ははっ何だその顔。しっかり居るから心配すんな」

「そう、だよな」



……“本当の親”は、こっちの世界には居ないけど。

きっとあっちでは、元気にやってるだろう。



「おっ。来た来た」

「た、タクシーなんて今日初めて乗ったぜ」


「俺もそんな乗らないって。そういや東瀬の家ってどこ?」

「●×駅の近く……」


「了解!」



――キキッ



「こんばんはー。佐藤様、お久しぶりです」

「ああどうもどうも」


「どちらまで?」

「とりあえず●×駅まで行ってもらえます?」



タクシーに乗り込む。

やがてその廃ビルは、あっという間に見えなくなった。


……あのオーガまだ寝てるぞ!






アタシは、車に揺られながら来た道を戻っている。

それでも未だに現実味が沸かない。



「ん?」



何でもない様に隣に居る彼は、あの叶さんをぶっ倒したんだ。


……その、キスで。



「な、なんでもねぇ――家はあの、たけーマンションだ」

「おお。良いとこ住んでんだな」

「親父が凄いんだ」

「……へえ」

「んだよ」

「親父さんのこと、好きなんだな」

「なッ!」


「あーここで一旦止まってください」



慣れないタクシーの車内。

でも、彼は慣れているようだった。



「かしこまりました」

「どうも〜」



アタシの家の前に着いて、停まった車のドアが開く。



「あっお金」

「バイトしてねーヤツから取らねーよ。行け行け」


「……で、でも」

「その分、ちゃんと言えよ」

「!」

「“約束”だ。じゃあな」



――バタンと扉が閉まる。

そのまま、彼をのせたタクシーはあっという間に消えていった。



「……分かってるよ」



ポケットから鍵を取り出し、セキュリティゲートを抜けて。

エレベーターで10階まで。


タワーマンションというらしい。

上がる時は、やけに長く感じる。

しかし、それでも辿り着く。


ちょっと歩いて、少しだけ興味のない夜景を眺めて。



「っ」



アタシは、扉を開けた。

コーヒーの香りが出迎える。

そして、キーボードを叩く音。


亡くなった母が好きだったから、親父はよくそれを飲んでいた。

母の代わりに仕事に打ち込む親父。

その近くには、必ずそれがあった。


近いようで遠い、その背中。



「……」



でも、今日は手を届かせる。

リビングまで歩けば――



「!? あ、愛……その怪我」



仕事を中断し、心配そうに見る親父。

今までだったら……そのまま無視して、自分の部屋に逃げ込んでいた。



「……ただいま、親父」

「!!」



数年ぶりの挨拶が我が家に響く。

こんな簡単な四文字を、アタシはずっと言えていなかった。



「……今まで――」



意を決して、頭を下げる。

こんな六文字で、許されるわけがないけれど。



「……今まで、ずっと――」



小学生、母親が亡くなってから荒れた事。

歩み寄ろうとする親父を、拒絶した事。


食器を割ったのに、そのままにした事。

卒業式を速攻で帰った事。

授業参観日に、さぼって学校を休んだ事。




「ごめんなさい」




これまでの事、全部。

せめて想いだけは詰め込んで、声を出した。



「良いんだよ。僕は君の父親なんだ」

「!」


「来てくれるか……? 愛」

「……うん」


「ああ、暖かいなぁ……」



数年ぶりの抱擁ほうようは、驚く程に安心して。

自然と、目を閉じていた。



「ご飯にしようか」

「!」


「好きだったよな、“唐揚げ”」

「……ん」


「よーし、ちょっと待ってるんだぞ――ってその前に絆創膏!」

「だ、大丈夫だから……」

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