六文字
「「「え、え、リーダー……?」」」
沈黙の後。
声を出すものの、不良共は状況が読み込めずに固まる。
そりゃそうだ。キスされたリーダーがそのまま倒れたんだから。
しかも、その。凄い声だったし……。
「…………」
多分この人、気絶してる(他人事)。
“アレ”でこうなるなんて珍しいな。相当ビックリしたんだろうね。
まあ良い、むしろ好都合。
「で? お前らのリーダー、この通り“イっちゃった”けど……」
椅子(狐女)から立ち上がる。
そして、笑って彼女達に問う。
「来ないんだ」
「「「ひっ……!」」」
歩み寄る度、距離を取る不良たち。
俺はヤンキー漫画の主人公じゃない。
その数で来られたら――普通にやられるのは俺なのに。
沈下した熱は、恐怖へと変わっていた。
「あのローズガーデンとやらも落ちぶれたもんだな」
「卑怯なリーダーは金稼ぎに夢中、下はそれに搾取され続けるだけ。挙句に手を出せない一人が暴行されているのに、見て見ぬふり」
「一瞬でも“おかしい”と思わなかったか? “伝説”に泥を塗ってると気付けなかったか?」
顔をしかめる彼女達は、未だに俺に手を出せない。
「――超カッコ悪いよ。お前ら」
だからそれだけ吐き捨て、落ちた俺の鞄を拾って。
東瀬と一緒にココを出た。
☆
「痛くないか?」
「そこまでやられてねぇから大丈夫だ」
「そっか、良かった。これあげる」
「……おう」
夜22時。
少し歩いて、目印となるコンビニに到着。
もちろん俺が働いているところじゃない。
地図アプリで見ると結構遠いところだったみたいだ。
オーガタクシー凄いね。
今は電話で普通のタクシーを呼んで、待っている最中。
傷の治りが早くなる事を願い、カバンから逆エナドリを出して彼女にプレゼントした。
「ローズガーデンは、これで終わりかな」
「……」
「何か言いたそうだね」
「アタシのせいで……佐藤が」
「はぁ……相談しろこういうのは」
「いてっ」
未だに苦い顔をする彼女にデコピン一発。
せっかく助けたのに、そんな表情されると困る。
「
「……う」
「あんな狐みたいな奴が約束を守ると思うな。ったく」
「でも、佐藤がやられると思ったら……」
「友達だったらなおさら言えよ。お互い悩んで出した結果の方が、きっと良いに決まってる」
「!」
勝手に自己犠牲されて、もし自分が助かっても苦い思いをするだけ。
二人で出した答えなら、間違っていたとしても納得出来る。
「はい、これで話終わり! お前は早く家に帰れ」
「……」
「どうした?」
「……今日、家に親父居るんだ」
「そっか。じゃ、色々謝ってこい」
「出来るかな……」
「さあ?」
「う……頑張るけどよ」
なんて。
今の彼女なら、きっと大丈夫。
「もう東瀬はローズガーデンの一員でも何でもない、ただの普通の女子高校生だろ」
「……!」
「親が居るなら居るうちに甘えとけ。後悔するから」
流石に察しただろうか。
彼女の視線がこっちに向くのが分かった。
「佐藤の親は――」
「ははっ何だその顔。しっかり居るから心配すんな」
「そう、だよな」
……“本当の親”は、こっちの世界には居ないけど。
きっとあっちでは、元気にやってるだろう。
「おっ。来た来た」
「た、タクシーなんて今日初めて乗ったぜ」
「俺もそんな乗らないって。そういや東瀬の家ってどこ?」
「●×駅の近く……」
「了解!」
――キキッ
「こんばんはー。佐藤様、お久しぶりです」
「ああどうもどうも」
「どちらまで?」
「とりあえず●×駅まで行ってもらえます?」
タクシーに乗り込む。
やがてその廃ビルは、あっという間に見えなくなった。
……あのオーガまだ寝てるぞ!
☆
☆
アタシは、車に揺られながら来た道を戻っている。
それでも未だに現実味が沸かない。
「ん?」
何でもない様に隣に居る彼は、あの叶さんをぶっ倒したんだ。
……その、キスで。
「な、なんでもねぇ――家はあの、たけーマンションだ」
「おお。良いとこ住んでんだな」
「親父が凄いんだ」
「……へえ」
「んだよ」
「親父さんのこと、好きなんだな」
「なッ!」
「あーここで一旦止まってください」
慣れないタクシーの車内。
でも、彼は慣れているようだった。
「かしこまりました」
「どうも〜」
アタシの家の前に着いて、停まった車のドアが開く。
「あっお金」
「バイトしてねーヤツから取らねーよ。行け行け」
「……で、でも」
「その分、ちゃんと言えよ」
「!」
「“約束”だ。じゃあな」
――バタンと扉が閉まる。
そのまま、彼をのせたタクシーはあっという間に消えていった。
「……分かってるよ」
ポケットから鍵を取り出し、セキュリティゲートを抜けて。
エレベーターで10階まで。
タワーマンションというらしい。
上がる時は、やけに長く感じる。
しかし、それでも辿り着く。
ちょっと歩いて、少しだけ興味のない夜景を眺めて。
「っ」
アタシは、扉を開けた。
コーヒーの香りが出迎える。
そして、キーボードを叩く音。
亡くなった母が好きだったから、親父はよくそれを飲んでいた。
母の代わりに仕事に打ち込む親父。
その近くには、必ずそれがあった。
近いようで遠い、その背中。
「……」
でも、今日は手を届かせる。
リビングまで歩けば――
「!? あ、愛……その怪我」
仕事を中断し、心配そうに見る親父。
今までだったら……そのまま無視して、自分の部屋に逃げ込んでいた。
「……ただいま、親父」
「!!」
数年ぶりの挨拶が我が家に響く。
こんな簡単な四文字を、アタシはずっと言えていなかった。
「……今まで――」
意を決して、頭を下げる。
こんな六文字で、許されるわけがないけれど。
「……今まで、ずっと――」
小学生、母親が亡くなってから荒れた事。
歩み寄ろうとする親父を、拒絶した事。
食器を割ったのに、そのままにした事。
卒業式を速攻で帰った事。
授業参観日に、さぼって学校を休んだ事。
「ごめんなさい」
これまでの事、全部。
せめて想いだけは詰め込んで、声を出した。
「良いんだよ。僕は君の父親なんだ」
「!」
「来てくれるか……? 愛」
「……うん」
「ああ、暖かいなぁ……」
数年ぶりの
自然と、目を閉じていた。
「ご飯にしようか」
「!」
「好きだったよな、“唐揚げ”」
「……ん」
「よーし、ちょっと待ってるんだぞ――ってその前に絆創膏!」
「だ、大丈夫だから……」
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