稲妻


「ホッ……ホッ……」

「まあ、なんつうか。お疲れ」


「……オマエら……そいつ連れてけ……」


「「っス!!」」


「オレは……しばらく休む……というか寝る……」



オーガ、暁に死す。

大分走ったからね。そりゃああなるわ。


で、ここどこ?



「「オラこっち来い!」」

「そんなしなくても逃げないって」



そこは、廃れた小さなビルだった。

ただただ薄暗く、灰色のコンクリートと割れた窓がその場を支配していて。



「――かはは。やっと来たなぁ」



あの時の、狐女一人。

それの後ろには、従える様に大量の不良たち。



そして――



「……佐藤さとォ……!」



身体を、傷だらけにした東瀬が居た。




「ああ――そういうことか」




氷水を顔面にぶち撒けられた様に、スーッと何かが冷えていく。


この状況。

俺が呼ばれた理由。

『抜けた』と言った彼女が、どうしてこんな奴らといるのか。


見るからに“トップ”っぽい狐女の横で。

そんな、絶望したような表情で。



「“嘘”付いたんだな、東瀬」

「……ッ」



明確だった。

引っ掛かっていたそれは、簡単に解けた。



「かはは! いやぁまさかアンタがこの裏切りモンの“オトコ”やったなんてな?」

「違うけど」



「……はあ?」

「「「え」」」



別に、自分は東瀬と付き合ってるわけじゃない。

まあ色々やる事はやったけど。俺ビッチだし。


ちょうどいい。からかってやろう。

怒りの矛先が、全て俺に向くように。



「あっもしかして勘違いしちゃった?」


「お前らは、男と女の子が一緒に居るだけで“そういう関係”だと思っちゃうと?」


「これは傑作だなあ! ローズガーデンの皆さんは“勘違い女”の集まりって訳だ!!」



廃ビルに響き渡る俺の声。

そして、見るからに上がっていくこの場の温度。


怒りのボルテージは急上昇。

戦闘態勢に入る彼女達。


しかしながら、俺が男というだけで手は出てこない。



「――お前。オトコやからって手出されへんと思っとるんか?」



が。

それを破るかのように、狐女だけは近付いて来る。



「ッ、佐藤には手を出すな! 関係ねえって言ってんだろ!」


「かはは。おいコイツ抑えとけ」

「「え……」」

「はよせーや」

「「っス!!」」


「くっ、あっ。クソがァ!!」



後ろでは東瀬が羽交い絞めにされ、動けなくなっている。


そして俺も、背後には厄介客二人。

逃げられない……ま、逃げるつもりなんて無いけど。



「かはは。“うまそう”な男やな?」

「“食った”事も無いのに分かるんだ?」


「……どこまでその余裕が持つか楽しみやわ」



至近距離。

彼女は、悪巧みをするように笑って。



「おい。そいつ捕まえろ」

「「う、うっス!!」



厄介客ABが、俺の両肩を捕まえる。



「いたた……何?」


「あーもう止めや。裏切りモンの前で私のモノにしよう思たけど……その前にコカン抑えて泣いてもらおか?」


「えっ。り、リーダーまじで手出すんすか?」

「流石に男にそれは……ホントに洒落になれないっつうか……」


「黙れや。こういう強気なオトコが一番泣かしたくなんねん」


「「す、っス!」」



ニヤニヤと続ける関西女に対し、横の二人は震えた声。



「ホント難儀なんぎよなぁ。オトコってのは――」



そして、彼女は“蹴り上げ”た。




「――“急所”が、分かりやすくぶら下がっとるんやから!」




躊躇ちゅうちょない動作。

それに、俺は身構える。




――逆転世界においても、あまり身体の構造は変わらない。

『金的』……あらゆる格闘技において禁止されている技の一つ。

睾丸こうがん――いわゆる金〇を攻撃すること。


食らった相手は激痛で失神する事もある、とんでもなく危険な技。


そして、ここは逆転世界。

守られる立場になった男に、それは“最悪”な行為で、一番避けられているものなのに――




「おらァ!!」


佐藤さとォ!!」




迫る足。

遠くに聞こえる、悲鳴に近い東瀬の声。


彼女はそれを迷いなく放ったのだ。



「っ――」



ズドン、と。

足は綺麗に股間に命中。



「「「…………」」」



訪れる静寂。


外から聞こえる電車の音。


向けられる大量の視線。



「「ちょ、だ、大丈夫なのか……?」」



厄介客二人が、ドン引いたのか顔をしかめる。

拘束する手は既に緩んだ。


そのまま俺は後ろに下がり――体勢を立て直す。



「かはははは! どうや、立ってられへ――!?」



蹴り上げた彼女は、驚愕の表情でこっちを見る。




「――なにかした?」




だからそれに、俺は笑って答えてやった。



「はぁ!? うっ、う、嘘や!!」



驚愕、それもそのはず。

金的を食らった男が……何事も無かったかの様に立っていたのだから。




「俺、無敵だから」


「「ひ……ッ」」




我ながら演技臭くそう言うと、厄介客二人は後ろへのけぞる。ビビってやんの。



……もちろん冗談である。

金的は食らってない。でも下腹部へは蹴りを食らってるから普通に激痛。普通にやせ我慢。普通に帰りたい。


彼女達は知らないだろうが……これは正真正銘、空手技の一つ――『コツカケ』だ。


ビッチは、金〇が命。

いや命こそ〇玉かもしれない(?)。


一度不審者に“そこ”を狙われてから、俺は防御技を取得することを決意。

前の世界でもあったのかは知らないが、男性が弱いこっちじゃ意外とポピュラーなモノらしい。

ネットで調べ、その技を見つけ……苦節3ヶ月。日々の筋トレに合わせて習得した。


“男”として。

その弱みは消しておきたかった。

危ない時に、女の子を守れるように。



「っし。オーケー」



小さくジャンプして、ソレを定位置に戻す。

コツカケは、ぶら下がった“男の弱点”を下腹部に収納する技法。

入れるのは簡単なんだが、無理にやると戻らなくなるから無暗むやみにはやらない。


が――不審者っぽいのに会った時とかにはよくやるんだよな。

この世界の男は弱者だ。

格闘技におけるタブーだからこそ、それの弱点を攻めれば簡単に倒せると知られているから。



「来ないのか? 非力な“女狐めぎつね”さん」

「誰が——ッ!」



挑発するように言えば、彼女はもう一度俺に接近。


もう股間は狙っていない。

振り上げた拳。

恐らく俺の腹か、顔に目掛けた殴打だろう。


それを食らえば流石にマズい。

だから――その前に“とす”。



「——ッ!?」



前進。


殴るモーションに入る前に、俺の口で彼女の“唇”を塞いだ。


不意打ちの接吻せっぷん。お互いに上がる熱量。

彼女の振り上げた拳は勢いを無くし――



「っ」



己の手を“滑り込ませる”。


ぬるりと、スカートの中の彼女の足へ。


さながらそれは愛撫あいぶのように。



「ぁ、や……ッ」



熱い体温。甘い声。

感じる性欲の匂い。



――スイッチ、オン!




「――オ゛ッ!? ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」




瞬間。


まるで“電流”が流れる様に、彼女はビクビクと震えた。

怯んで身体の自由が取れないのか、そのまま俺に身体を預けようとする。


が、それは受け入れない。

次は地面と口付けしてろ。




「ヴッ……あ……!」




――バタン、と。


そのまま彼女はなすすべなく堕ちて。



「よっこいしょ」



前に倒れた狐の背中の上に、優しく俺が腰掛ければ。



「「「「「え……?」」」」」



困惑と焦り。

れ出た不良共の声を最後に。





「やっぱり、キスは苦手だな」





悲鳴に近い静寂が、この廃ビルを占領した。

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