裏切り


「なんや。ちゃんと来たやんか」



放課後。

指定の場所である駅前にアタシは居た。


そして迎えに来る叶。

笑う顔。これからリンチするなんて、到底思えない。



「……早く連れてけ」

「おー、年上に敬語も使えんのか」


「……」

「嫌われたもんやなぁ」



耳に掛かる、ねちっこい声。

初めて声を掛けてきた時と同じ声のはずなのに、今では不快感しかない。



「ど、どちらまで?」

「案内するわ」

「かしこまりました……」



そしてタクシーを捕まえ、私達は移動していく。

知らない場所。


手には、気持ちの悪い汗がにじんでいた。



「あの“オトコ”とは、どこまで進んだん?」

「……だからそんな関係じゃ——」

「かはは。嘘つかんでええねん、顔分かりやすいで?」

「うるせぇ」

「“ABC”どこまでや? Aキスすら行ってないんか?」

「っ」



悟られないよう、窓に顔を向けて無視する。

反射して見える叶の顔が、醜く笑っている。



「ま、そそるよなぁ。エロいよなあのオトコ!」

「……」


「犯したったらどんな顔するんやろな。強気っぽい顔して実はMとかな?」

「……黙れ」


「愛明生徒はオトコに飢えとんねん。そんな中で彼氏持ち……優越感凄いやろ? なあ? 私らにも分けて欲しいわ?」

「っせえ!」


「ひっ」


「あーほら運転手さんビビっとるやんか」

「……すんません」



ニタニタと笑う叶。

まるで手のひらの上で転がされる様に。



「じゃ、ここでええっすわ」

「は、はい。1000円になります」


「おいゴミ、払え」

「っ……」

「はよせえや」



自分のリンチの為に、タクシー代を払う。

奇妙な光景。


ばたんと扉を閉めて、私達はそこを出る。



「なんで、テメエは原付じゃねえんだよ」

「あぁ? 興味ないねん、あんなごっこ遊び。私が興味あるんは金とオトコだけや」


「な……」

「知り合いって大事やな。タバコと原付で金稼ぎ放題や。チームなんて、適当に不良の好きそうなもんチラつかせばええだけやし楽やで~」


「テメェ」

「あ、喧嘩も好きやで? 見るのも、ザコ蹂躙じゅうりんするのも良いストレス発散やし」



たどり着いたそこは、廃ビルだった。

扉を開け、叶がそこへ招き入れる。


地獄の様に冷たいその空間に、アタシと叶は二人きり。


今は、叶以外チームメンバーは居ない。



「……ここでテメエをやってやろうか?」

「ええで別に。無理やろうし、出来たとしてもあのオトコにおなじ目合わせるだけや」

「クソがっ」

「ほんまおもろいわ。なんやそんな大事なんか?」

「ぐっ!! アイツは、何も関係な——がっ!!」

「その顔が一番の正解やで? 賭け事向いてないなぁお前」



腹。

突き刺さるような蹴り。



「“お前”か“オトコ”か。選ばされてる時点でお前は私に逆らえへんねん」

「ケジメを受ければ、もうテメエとは終わりだろうが!」


「で? 泣く泣くあのオトコのとこへ戻って仲良くやるんやな。男々しいなぁ」

「……うるせえ」


「学校で居場所がない。家にも居場所がない。吐きそうな顔で“相談”してくれたよなぁ?」

「……」



ニヤニヤと、見下す叶。


あの時の自分は本当にバカだった。

こんな女を、アタシは信じてしまった。



「そんでウチに入った後、都合悪なったらあのオトコにくら替えやもんな!」

「……何が言いたい」


「お前はただ、孤独が嫌なだけや。それを癒してくれんのが、ウチよりあのオトコのが適してただけ。そうちゃうか?」

「な……」


「“一緒”や。ローズガーデンもあのオトコも。弱くて何も出来ないゴミ人間が、都合良く寄り添ってくれたから、お前はそれに甘えた。違うか?」

「っ」



何も言えなかった。

事実だった。


母親が死んだ。

髪色が派手。

気色が違うクラスメイト。


それを理由にして、アタシは逃げ続けた。


“どうせ”無理。

“どうせ”避けられる。


そして――



《――「浮かない顔してどないしたんや?」――》



都合よく、現れた彼女に甘えた。



《――「白昼堂々、未成年喫煙か?」――》



都合よく、現れた彼に縋った。



「アタシ、は……」



そうだ。

全部、全部自分のせいだ。


こんな状況におちいったのも。

佐藤を叶に知られたことも。


アタシがこの世界から、逃げていなければ――





「――だから、もう逃げねえ」





“親”にも。

“髪色”にも。

“環境”にも。


コレが終わったら向き合うんだ。

逃げ続けた、これまでの自分の全てに。




「はぁ~~なんやそれ? つまらんなぁ」




吐き捨てる様に言う叶。

ゴミを見るかのような目つき。


でも――すぐにそれは、笑みに変わる。



「……ま。でも、もう遅すぎるで?」

「は?」


「呪うんやったら、お前のゴミさを呪うんやな」

「どういう意味――」



意味深に呟く彼女。

声を出そうとしたら、扉を開く音でかき消された。



「「「っス」」」

「おっ来たかお前ら」



大人数の声。



「り、リーダー?」

「ソイツどうしたんすか?」


「ああお前らには言ってなかったけどな。コイツ、チーム抜けるらしいねん」

「「「え」」」


「ほんま酷いよなあ? だから一年最強を決める前に……ケジメつけたろ思っててな」

「け、けじめ? ってなんすか?」



不思議そうな表情の一年達。

何も知らされていないと分かった。



「コイツをひたすらボコるんや。お前らで」

「「「えっ」」」


「裏切りモンやで、コイツ。他のチームにうちらのこと垂れ込むつもりとちゃうんか?」

「「「!」」」



「!? アタシは――」



そんなつもりなんて全くない。

ただ、アタシはここを抜けて――



「黙れや」

「ぐっ!?」


「ちょうど良い機会やな。このチームを裏切った奴はどうなるか教えたる……こうなるんやッ!」

「がっ……!」



彼女の蹴りで倒れこんだ身体に、脚の追撃。

みっともなく地面に寝転がる体勢。



「っ。アタシは、ココが合わねぇと思ったから抜けるだけ、だ。お前らには恨みも何もない、ただ、アタシは――」



何とか声を出そうとするが、叶はアタシの服の襟元えりもとを掴む。



「お前が、なんやって?」

「アタシはただ、“普通”になりたい、だけ――ぐっ!」

「アホか、一生負け組やお前は。逃げんと突っ走ってもどーせ失敗する」



あざ笑う様に、またアタシを蹴り飛ばす。



「オトコが出来て、脳ミソ小さなったんやな、可哀そうに」

「だ、から、アイツは関係ない!!」


「はいはいそうかそうか。あ、そろそろやで」



――ガチャ



その時。

扉が開く。




「――かはは。やっと来たなぁ」




彼女の顔が醜く歪む。

その瞳に、映るのは――




「お前は今から、“両方”味わうんや」




嘘だ。



「あーあ、可哀そうに。ほんま可哀そうや!」



なんで。



「さっきまでのクッサいセリフ、また吐けるか楽しみやなぁ!」



なんで、アイツがここに居る!!




「……佐藤さとォ……!」




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