「また、会いに行きますからね」


大きな風が吹いて、くすのきの葉とネットが揺れる。


夕方。

慣れないユニフォームに身を包まれながら、私は息を吐いた。



「あっという間だったなぁ」



……アレから、本当にすぐでした。

夜のおかずを探している時間ぐらい一瞬でした。


高校の先生方には迷惑を掛けながら、手続きを進めて。

試験も無事合格。

まさか私がこんな編入をする事になるなんて――想像もできませんでした。


あのコンビニでの土下座から、何もかも変わって。

それこそ私の人生は一転したと思います。



「椿小晴です。よろしくお願いします!」


「小晴っちだー!!」

「もう野球やらないって言ってたのに!」

「名副キャプテンの帰還だー!!」


「や、やめてよ(照)」



強豪校ということもあって、中学の時のチームメイトも二人居て。

チームの皆と仲良くなれるか不安だったけど――彼女達も居たからか早く馴染めた。



「あのずっと横に居た男子は?」

「絶交したよ」


「えぇ!?」

「あはは、色々あって」



アレから、将太とも全く話していない。

編入すると知った時も、特に声を掛けてくる事も無かった。


……たまに、子犬みたいな目でこっちを見てたけど。

普通の女ならアレを見たら普通じゃいられないんだろう。

でもごめん。タイプじゃないから。


お別れぐらいは言っても良かったけど、別にどうでもいい。

余裕も無かったしね。



「……でもさ、なんか小晴雰囲気変わった?」

「なんか大人っぽい? 色っぽい?」


「えー。そんな事ないよ」


「いやぁなんか違うんだよなぁ。私達とは違う人間というか」

「うむ。もしかして……彼氏!?」


「あはは、居ないって」



……そうだ。

佐藤さんは、彼氏じゃない。


筆下ろし。相手、してもらっただけ。

一晩……じゃないか。二晩? 三晩だけ。


今考えても現実味がない夜。



「いやいや絶対怪しい!!」

「吐けー! 吐けー!」


「……ないしょ」


「コイツ絶対ヤッてるうう!!」

「あああああああ世の中不平等だあああ!!」



「お、落ち着いてー! もう……」



叫んで暴れ、ロッカーへ帰っていくチームメイト。

それを見送りながら思い出す。


あの夜の事。

あの三日間。

夢よりも夢だった、そんな時間。




《――「がんばれよ。こんなビッチ、さっさと忘れて次見つけろ」――》




去り際。彼の顔。



「無理に決まってるじゃないですかっ」



忘れない。

忘れられるわけがない。


私がずっと彼を覚えている様に。


彼は、覚えているだろうか。

ほんの少しでも私の事を思い出してくれたら嬉しい。



《——「俺が男で、君が女の子だから」——》



拳を握りしめる。

あの言葉の意味は、最後まで教えてくれなかった。


けれど――あんなふうに。

彼みたいにカッコよくなれる様、頑張りたいけど。



「っ」




《——「お願いしますっ……ココに、付けて下さい」——》




寝る時。

夜、ふとした時。

あの――彼に媚びる、まるで“男々しい”自分の声が蘇るのだ。


みっともない。

女らしくない。


そんな姿は、彼にしか見せられない。



《――「ごめんなさい。もう私、“この人”のモノになったから」――》



横、彼と腕を組んでいったセリフは。



《――「最後のアレは完璧だったよ。小晴は俳優にもなれるね」――》



そう褒めてもらったけれど。

アレは……ほとんど、演技じゃないですから。



「――また、会いに行きますからね」



もう無くなった首のしるしを、少し触って呟いた――











――始まりの土下座(終)――













▲作者あとがき

これにて第一章完!

お付き合いいただきありがとうございました。


気付いたらかなりのざまぁ展開になっちゃって作者が一番驚いてますが、次からは逆転世界っぽい(?)コメディ寄りになると思います。


まだまだ続きますので、よければ応援いただけると幸いです。

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