祝勝会


昨日から一夜明けて。



「それじゃ、乾杯!」

「乾杯、です!」



in我が家。

カンッと、瓶の音が鳴る。


ババンイーツ……宅配サービスで大量に頼んでやったよ。

コンビニバイト週3~5務めの俺を舐めるなということで。


もちろん祝勝会である。



「おいしい!!」



料理を頬張り、笑う彼女。



「最後のアレは完璧だったよ。小晴は俳優にもなれるね」

「……もー! 褒めすぎですよ!!」



最後。トドメを刺したアレだ。

私はもうこの人のモノ宣言。


将太に一番響く台詞を選んだつもりだったが……正直、演技とわかっていてもドキッとしたよね。



《——「二度と私に近付かないで」——》

《——「分か、った……ッ」——》



アレからオスガキ君は撃沈。

聞けば、将太は両親には強く出られないらしい。

表向きは優等生。彼女にだけ、その姿を見せていたと。


だから——もし“今日のこと”をバラしでもすれば彼は終わりだ。

その、録画データでね。



《——「井上君が何もしなければ、私も何もしないから」——》



彼女は優しい。甘いとも言えてしまうかもしれないが。

最強のカードはあるが、それをふところに仕舞ってそう言った。


やろうと思えば——将太を地獄に叩き落とすなんて造作もないのに、だ。



「ドリンクバーのコーラもアレはアレで美味しいですけど、やっぱ瓶!」

「アレはメロンと混ぜると美味いんだよな」

「あはは、以外と子供っぽいとこあるんですね」

「子供って……俺まだ高二」

「え!?」

「男の年齢を上に見るのは超絶NG行為だぞ」

「わー! ごめんなさい!!」

「ま、俺は気にしないから良いけど」



笑いながら、ピザとコーラを味わう。

うん。やはりこのセットが一番だ。



「……でも佐藤さんって、大人の雰囲気というか。色んな事知ってますし」

「それを言ったら、俺は小晴より野球について詳しくないだろ?」

「それはそうですけど……」



宅配ナポリタンをフォークで食べながら、彼女はそう零す。

……まあ、“この世界”に来たせいで色々あったのは間違いないけどさ。



「俺としちゃ、小晴の方が変わったよ」

「え。そうですか?」

「うん。最初の土下座してた時とは真逆だな」

「! お、お恥ずかしい……」



恥ずかしがる彼女。

ああ、懐かしいな。


つい三日前と同一人物とは思えない。



「今の小晴は、カッコいいよ」

「!」

「俺が保証する」



お世辞ではない。

正直将太との会話も手助けしようかと思ったが、そんな必要は無かった。


彼女は、彼に真正面から立ち向かっていた。

スタンガンなんかを持ちだす程には、“口”では勝っていた。


完全勝利と言っていい。



「今の私が居るのは、佐藤さんのおかげです」

「そりゃどうも」

「……あの!」




改まって姿勢を正す彼女。




「私、もう一度野球します」

「おお。良いじゃん」



そりゃ、彼女は元々上手かったはずだからな。

当然だろう。

むしろやらなきゃ勿体ない――



「――今の学校じゃないところで」

「え」

「実は……中学の時、強豪校のところからお誘いを頂いてて。断りましたけど」

「そ、そうなのか」

「はい。当時は私なんかって思ってましたけど……今は違います」



それは、大きな決断だっただろう。

その目はもう迷いなんて無い。



「昨日、お誘いして頂いた方に電話して色々聞きました」


「学校の手続き、編入試験もあるし、ブランクもあります。明日からは毎日自主練と試験勉強……厳しい目には合うと思いますが、覚悟があるなら是非来てほしいとの事でした。親も、私が決めた事なら良いって」


「だから決めたんです。佐藤さんが私を変えてくれたから、今度は――自分が頑張る番だって」



力強く彼女は告げる。

真っ直ぐに、俺の方を向いて。



「私は、本気でプロを目指します」



“私なんか”なんて、言っていた時の彼女はもう居ない。



「……そっか。頑張れよ、小晴」

「はい!」

「ってわけで今日は奢りだ。食え食え」

「ええ!? 良いんですか」

「将来払ってもらうから。プロになるんだろ?」

「な、なれるか不安になってきました」

「おーい!」



彼女と二人、笑いながら食事を取った。

あっという間に過ぎ行く時間を楽しみながら。


貴重で、大切なそれを。


……明日からは、彼女も忙しくなる。

そして遠くの学校に行ってしまえば、会う事ももうないだろう。

プロを目指すというのなら――遊ぶ余裕なんてない。



「佐藤さん?」



ああくそ。寂しいな。

でも、そんな顔をするわけにはいかない。

笑って彼女が行けるように、俺も笑うんだ。


『俺が男で、君は女の子だから』。


世界が変わろうとも、この考えだけは変えられない。

変えるもんかと決めたから。



「……なんでもない。“夜のリード”がアレだけ上手かったんだから、そりゃキャッチャーも上手いだろうなって思っただけ」

「関係ないですよぉ!」

「はは」

「でも。た、試してみます?」

「三日前まで処女だったのに強気なことで」

「この……泣かしてやります!」

「じゃ、俺もちょっと本気出すか……」

「へ」

「明日休みだよな?」

「は、はい……」



椿小晴との最後の夜。

ほんの少し、激し目に。





「がんばれよ。こんなビッチ、さっさと忘れて次見つけろ」





翌日、朝。

笑って彼女を送り出した。


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