脳に、刻み込むように


17時前。

春の風を浴びながら、私は帰路につく。

普段と同じ道なのに、どこか新鮮な風景だった。



「……ふぅ」



家に着いて、深呼吸。


学校では私と将太には誰も話しかけることもなく。

二人の問題、そう捉えてくれたのなら幸いだ。


ただ……もう私はあのクラスの男子からモテる事はないだろうな。

どうでも良いけど。


――ピンポーン


チャイムが鳴る。

インターホンをのぞけば、将太がそこに居た。


……彼を家に上げるのは何気に二回目。

一回目は――確かたまたまお母さんに出くわして、それ以降来てないんだっけ。

めちゃくちゃビビってたもんね。将太。

罵倒している様子を聞かれていないか不安だったんだろう。



「!」

「入っていいよ」

「一人だろうな」

「お母さんは仕事でいないよ」

「……ふんッ」



玄関、開ければ将太が居た。

リビングに通せば、我が物顔で食卓の椅子に座る。


私は対面の椅子に座らず、立ったまま口を開いた。



「ごめんなさい、“井上君”」

「!?」


「私のせいで、今日は大変な思いをさせて」

「やめろ。やめろよ、その目を!」


「今まで思わせぶりな態度を取っててごめんなさい」

「ッ!」



動揺する彼にむけて頭を下げる。

ここまで増長させたのは、きっと私の弱さがあったから。



「私は貴方が嫌いです。今日で絶交させて下さい」

「……ふざ、けるな。無理に決まってんだろ。お前は僕のモノだ!」


「違います」

「違わない!」


「……」

「ざこのくせに、僕に口答えするな……!」



これまでの様な、余裕な態度じゃない。

まるで癇癪かんしゃくを起こした子供だ。


正直、聞いていられなかった。



「お前なんて、僕意外から相手にされないくせに」


「野球もダメダメで、お情けで“持たせて”もらってたくせに」


「服もダサいし。顔も良くないし。キモイし、暑苦しいし。ざこだし!」



度重なる罵倒の連続。

前までの私だったら、きっとまた俯いて、情けなく泣いていたかもしれない。


でも。



《――「俺が童貞だったら惚れてたかも」――》


《――「小晴。自信持っていいよ」――》



目の前の罵倒は、昨日の彼で上書きされた。

今思い出しても……鼓動が高鳴る。



「そんな小晴が、僕なんかに口答えする権利は――」

「だから?」


「……はッ?」

「別に、井上君の私の評価なんてどうでも良いんです」


「な、なッ。なんで」



どこか、一気に将太が子供の様に見えた。

今の私に彼の言葉は効かない。



「ごめんなさい。そういう事だから、今後は私に関わらないでください」

「ッ!!」



だから、冷たく言い放つ。

椅子から立ち上がっていた彼は、まるで気圧されるかの様に立ち尽くして。



「……ははッ。そうか、もう、いいや」

「!」



そして、突然笑い出した。

初めて見る、そんな表情――



「――小晴が、僕のモノにならないなら……ッ」



近付いてくる。

狂気を感じるその笑顔で。



「!?」



彼がポケットから取り出したのは、スマホぐらいの大きさの黒い塊。

そして先端、両極にある金属からは――バチバチと電流が流れていて。


……スタンガンだ。

それを、彼は私に向ける。



「“既成事実”、作ってやる……ッ」

「ひっ」

「はははッ! 小晴、小晴、小晴!!」



私の名前を連呼しながら。

凶器の様に、彼は突き付け――



「――流石にストップ」

「……はッ?」



たスタンガンを、後ろから現れた人影がはたき落す。



「おま、誰――」

「男のヤンデレとか需要ないって。ああいや“こっち”じゃそうか……」

「誰だって言ってんだよ!」

「どうでも良いだろ。一部始終そこのカメラで録画してある。暴れない方が身の為だぞ」

「……はッ? え?」


「これはボッシュート」

「いや、やめッ。返せッ、おま、誰……! どうなって――」



そのまま、地面のスタンガンを奪った佐藤さん。


将太は壊れた機械の様に、理解出来ていないであろうまま慌てふためく。

惨めだった。


私はずっと、こんな人に洗脳されてたんだって。



「……仲直りは無理だとしても、真面目に話をするかなと思ってた俺が馬鹿だった」

「だからお前は――」


「いいから。将太、お前は小晴のことが好きだったんだろ?」

「な、なんだよ。小晴は僕のモノだ!」



狂ったようにそれを言う彼。

そしてそれを、哀れみを込めた目で佐藤さんは見る。



「……お前は、一度でも彼女に“好き”って言ったか?」

「!? なんでそんなこと」

「好きだったんだろ。じゃあ、最初からそう言うべきだったな」

「なッ。何がわかるんだよお前に!」

「何も分からない。でもな、その歪んだ思考のままじゃ……一生“童貞”で終わるぞ」

「ッ!?」



見るからに動揺する彼。

そっか、将太は私のことが好きだったんだ。


正直に言えば……可愛い男の子が隣に住んでいるなんて、最初だけは舞い上がっていた。


もし純粋に、素直なその気持ちを伝えられていたら――



「佐藤さんっ。もう良いです」

「……了解」



今隣にいたのは、将太だったかもしれない。

考えただけで気持ち悪いけど。



「!? 何やってんだよお前ら! 離れろ――」



私は佐藤さんの腕にくっつく。

悲鳴にも近い彼の声を無視しながら。


ここで終わらせる……将太との関係を。



「小晴」


「はい! あの、“井上君”」

「うッ……だから! やめろ、やめろよ“その顔”を! それ以上言うな――」



迷子の子供の様に、右往左往する将太へ口を開く。


隣、彼の腕に抱き着きながら。

続ける言葉で、止めを刺すように。


ずっと『井上将太』が欲しかった言葉を。

まるまる横の彼に“移し替える”。




「ごめんなさい。もう私、“この人”のモノになったから」




脳に、刻み込むように。




「…………ぁ……?」




そして、私の目の前で。

将太は崩れ落ちたのだった。

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