果し状
《――「よろしくね! 井上君!」――》
中学。僕は引っ越して来た小晴と出会った。
野球のユニフォームが良く似合う、眩しい姿だった。
きっと一目惚れだった。
そして見てみたくなった。
その輝きを無くして、彼女が僕だけのモノになる未来を。
他のすべてを捨てて、僕だけに擦り寄る姿を。
『クラスの男子と話してたんだけどさ、小晴とは付き合いたくないって』
『今日の試合、小晴のせいで負けたよね〜』
『うわっ汗くさーい。そんなんだから男子から人気ないんだよ、ざーこ』
単純な女に効きそうな言葉なんて、いくらでもあるもんね。
特に野球、男子に関して罵倒をしたら、笑ってしまうぐらい顔が落ち込んでいた。
凄く気持ちよかった。
《――「そんな事言わないでよ」――》
《――「ついてこないでよ」――》
《――「……っ。じゃあ近付かないで」――》
僕の見た目は良い。
小さい身体、茶髪の地毛。可愛い声。
まぎれもなく、クラスで一番……“オス”として優れている。
男子なんて騙すのは簡単だ。
良い子を演じて、彼女と二人になった時だけは『罵倒』を続けた。
小晴が家に引きこもった時は焦ったけど。
親に心配掛けたくないんだろう、すぐに学校に来た。
『ほんとカッコわる~、野球なんてやめちゃえばいいのに』
『やってて恥ずかしくないの~? ざーこ』
『僕が居なきゃ、小晴は何もない雑魚だもんね』
その顔が曇っていくたびに、快感が走った。
彼女の事が愛おしくなった。
そして高校。
彼女の選択肢は、地元の公立共学高。
当然リサーチ済み。
男子が居るところが良いって言ってたのを、休み時間に言っていたのを聞いていた。
《――「永遠に年齢イコール彼氏無しだよね♪ ざーこ」――》
『野球』はもう完全に辞めたから、あまり効かない。
だから、『メス』の尊厳を徹底的に虐めた。
《――「う、うるさい……卒業、出来るから……」――》
《――「誰で~? ムリムリ。ざこは一生ざこだもんー♪」――》
気付けば、弱々しい否定。
彼女はもう僕を拒否する事もなくなった。
そう。
その時の彼女は、もう僕がいなきゃダメになっていて。
だから――クラスの男子には“匂わせた”。
『小晴って、僕が居ないと駄目でね』
『中学からずっと一緒なんだ~』
『小晴、僕の事好きすぎてさ』
男は恋バナ大好きだし、あっという間に広がっていく。
椿小晴は井上将太と出来ている――そんな共通認識がクラスの中で出来ていて。
《――「万年処女、相手無し~♪」――》
《――「うぅ……」――》
《――「全裸で土下座したら、僕が考えてあげなくもないけど♪」――》
《――「っ!?」――》
《――「うわっ本気にした? ざこ過ぎ」――》
完璧だった。
もう、後は彼女が完全に堕ちて。
僕のモノになるのを、待つだけのはずだったのに。
「な、なんか、あったろ!」
「別に将太には関係なくない?」
朝。
玄関から出てきたのは、雰囲気が全然違う小晴の姿だった。
首元――いや、きっと間違いだ。
そんなわけがない。
小晴なんかに、相手が居る訳がない。
たった一日で――そんな変わるわけがない!
「首の、それ」
「ただの虫刺され。うるさいなぁ」
――虫刺され。
小晴はそう言った。
僕が“見た事のない”表情で。
「……ッ。なんなんだよ!」
一体何があった?
分からない。
分からない。
でも。
最悪の想像が、僕の頭の中を駆け巡る。
「ざ、ざこのくせに。嘘だ、嘘だ……!」
だから――もう、僕から仕掛けなくてはならなくなった。
半ば無理矢理に。
――「うわー早速イチャついてるよ」「良かったね将太君」「やっとくっついたって感じ」
でも……うまくいった。
クラスの中じゃ、完全に僕と小晴はカップルだ。
これで小晴が強引に僕と距離を取ろうものなら、完全に“女”の小晴がクラスの敵になる。
彼女の女友達もあっさり手のひらを返して、僕の方につくだろう。
結局女なんて、僕みたいな可愛い男からの目を気にするんだから。
「ははッ。小晴は僕のものだ」
大丈夫。
小晴は、僕の手の中に居る——
はず、だったのに。
「……」
翌日の朝。
雰囲気は、昨日よりもおかしかった。
まるで彼女とは思えない。
散々無視されて。
一言も口を聞いてくれなくなって。
自信に満ちたような、見たことのない表情で。
「大っ嫌いだよ、将太。だから二度と近付かないで」
教室。
男子達が小晴を非難しても、まるで効いていない。
「ごめんなさい。朝言った通り、仲を戻す気はありません」
いくらなんでも人が変わり過ぎだ。
何を言おうとも、何も動じない。
そしてそんな彼女に、うざったい女共が庇う。
まるで、僕が間違ってるかと言う様に。
ふざけるな。
ふざけるな。
僕の小晴なのに!
「将太。放課後17時――私の家で待ってる。良いよね」
クラスで、まるで果し状を叩き付けるかのように言った彼女。
「……ッ」
だから、今日の17時。
僕は小晴を取り返す。
“強硬手段”を使ってでも。
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