「むしろ、待ちきれませんよ」


翌日。

私は、何事も無かったかの様に登校した。



「待ってたぞ。ざ――っ! おい、待てよ!」

「……」



昨日、彼が教えてくれたこと。



《――「言い返すな。今の小晴なら大丈夫かもしれないが、そういうヤツは大体返せば餌だ」――》



「お、おい! 雑魚の癖に僕を――」

「……」



《――「無視しろ。それが一番“効く”」――》



佐藤さんの言う通りだった。

見る見るうちに、将太は顔を赤くしている。



「そ、そんな事するなら、僕も構ってやらないから」

「……」

「ッ……無視するな!」



思えば、彼の言葉にはずっと反応していたと思う。

それだけ将太の煽りが上手だったんだろう。

『クラスの男子』、『野球』。高校になってからは……『処女』。


昔は野球が大好きだった。

それに加えて……男子にも興味があった。


もちろんそれは今も変わらない。

共学高に入ったのも、それが理由だ。

将太はずっと男子校に行くとか行ってたのに……大嘘だった。



《――「残念でしたー♪ ずっと一緒だぞ、ざーこ」――》



あの時は衝撃だった。

でもほんの少しだけ、彼が居て良かったと思ってしまう自分が居た。



《――『椿小晴は、『井上将太』が居ないといけない』――》



きっとその時には……既に将太の術中だったんだろう。

野球がない自分。

男子からの人気もない自分。


魅力なんてない。

でも周りからは羨ましがられる。

何も持っていないのに。


……本当に私、弱い人間だよね。

女として――恥ずかしい。



「……」

「ッ。いい加減にしろよ、ざこの癖に。後悔するからな」



だからもう、何があっても。

私は、佐藤さんが言う『私』を信じる。





学校。

アレから、予想していた通り――将太は男子達の中に逃げた。



「……お、おい小晴。大丈夫? めちゃくちゃ不機嫌そうだったぞ井上」

「確かに。見た事ないぐらい」


「あはは。大丈夫大丈夫、あとさ――」


「――椿!」



女友達と話していると、これもまた予想通り男子達が私を取り囲む。



「聞いたぞ、将太君から」

「朝からずっと泣いてるよ。口聞いてくれなくなったって」

「酷すぎだろ。それでも彼女か?」



そして浴びせられる声。

まるで後ろの将太を守るように。



「彼女じゃないよ。昨日、返事した? 私」


「「「「「え?」」」」」



その時、空気が凍った。

だから続ける。



「将太ごめんね、返事遅くなって。私はあなたとは付き合いません」



そのまま宣言。


そして――



「さ、最低」

「嘘だろ? 昨日までは全然そんな感じじゃなかったじゃん」

「っ、それでも“女”なの!?」



息を吹き返したかのように、ざわつく教室。

非難の声。


でも、何も気にならない。

……うそ。ちょっと辛いけど。



「大っ嫌いだよ、将太。だから二度と近付かないで」



それを言い切った後――ちょうど、チャイムが鳴ったのだった。



「おいあれ……」「どんな神経してるんだよ」「な」



クラスは異様な空気のまま、時間が進んでいく。

睨む将太を無視しながら授業を続ける。


休み時間も、まるで休みとは思えない程張り詰めた空気。

慰める様に、彼を取り囲む彼の友達。


私の女友達は……当然だろう、話しかけにくそうにチラチラとこちらを見ていた。



「はい、4限終わり! なんか皆今日静かだね?」



やがて、何も知らない先生が出て行って。

昼休みになった――



「――椿、ちょっと来て」

「将太君も交えて、しっかり仲直りしてもらうからな!」

「早く」



瞬間。

飽きもせず、またこちらへ来る将太の男友達。

当然後ろには俯く将太。



「ごめんなさい。朝言った通り、仲を戻す気はありません」


「ッ!」


「ちょ、ちょっと。いい加減にしなよ!」

「井上君がどういう気持ちなのか、考えてよ」

「女だったら、責任持って――」


「ごめんなさい」



《――「感情的になるな。冷静に、冷静に。そしたら」――》



「――おい、もうやめとけよ……」

「小晴がこれだけ言ってるんだから。お前らも嫌がってるの分かるじゃん?」

「そうだよ。さっきから小晴だけ悪者みたいじゃん」


「!」



私の友達だけじゃない。

クラスの女子達も、わずかではあるが応戦してくれている。


これも、佐藤さんが言っていた通りだ。



《――「周りだって、“おかしい”のは将太側だって気付き始める」――》


《――「大丈夫。小晴は小晴が思っているより女子からの人望あるよ」――》


《――「じゃなきゃ、こんな写真は撮れないから」――》



優しく笑って。

携帯の画面。中学の頃、仲間に囲まれた私を指差して。



《――「どんな暗示が掛かろうと――『椿小晴』は『椿小晴』だ」――》



そう、教えてくれた。



「みんな、ごめんなさい。これ以上は二人で話すから。私達の問題だから」

「「「!」」」


「将太。放課後――私の家で待ってる。良いよね」



それだけ言って、私は教室から出る。

クラスの雰囲気とは対照的に清々しい気分で。



《――「決戦は今夜17時。覚悟は良いか?」――》



「むしろ、待ちきれませんよ。佐藤さん」



廊下を歩きながら。

一人、私は呟いた。

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