ファイナルアンサー



20時。

月の光と、調子が悪く点滅する外灯。

それが照らすのは見知った人影。


どこか落ち着かない雰囲気で、彼女の視線はスマホと夜空を行ったり来たり。



「よっ」

「……!」



そんな小晴へ、バイト上がりに声を掛けた。



「ごめん、待たせた?」

「今着いたところです!!」

「……そっか。なら良かった」



実は19時半ごろに来てたの知ってるけど。

店の外でずっとソワソワしていたから一瞬で分かったよね。



「ちなみに……体調は大丈夫?」

「? はい!」

「おっけ」



元気よくそう返す彼女。

なんでそんな事を聞くのか、という風な素振りだった。



吾輩はビッチである。

何が言いたいかというと、彼女の様な頼みは初めてじゃない。

そしてその中でも、結構約束の時間に来ない子とか居たりする。



「んじゃ行こっか」

「ははははい!」



――言ってみたはいいものの、怖くなってブッチするパターン。

――良識ある友達に止められたパターン。

――普通に興奮しすぎて体調不良のパターン。


どれも、後日謝られたけど。だからこそ理由を知っている。

『興奮しすぎて貧血になりました! 倒れました!』とか言われた時は喜べば良いのか謝れば良いのか分からなかった。


色々理由はあるけど……案外、こうやって約束通り来る子の方が少ないのだ。



「こっちこっち」

「ど、どこで、その」


「我が家」

「え゛」


「俺一人暮らしだから」

「そ、そうなんですね……!」

「うん」



家族が居るところでヤる度胸など持ってない。

いや持ってたらダメだろ。



「で、ですよね!」



……彼女は未だに声が震えている。

未知の体験を怖がっているのか、それとも単に、俺が怖いか――



「手、繋ごうか?」


「え、え、え、五千円で良いですか?」バリバリバリ

「落ち着け!」



震える手で財布を取り出す彼女。

マジックテープがバリバリ泣き出す。うっさ!


というか五千円て。まあまあ大金だろ……。



「で、でも」

「そんなんじゃ家着いた時にもたないからさ」

「!」

「俺みたいな安い男、ほんと気にしないで良いよ」



この世界。俺以外にも男なんて溢れている。

そしてその中でも、自分は最底辺に近い人間だ。


値段で見えるようにしたら、自分はきっとその辺のジュースぐらいかな。

カップ麺ぐらいはギリあって欲しい。誰が買うのか分からないミニサイズのやつね!



「ほら」

「ぁ……」



人通りが少ない道。

歩きながら、彼女と手を繋ぐ。



「ごつごつしてるね」

「す、すいません!」

「いやいや褒めてるんだって。部活頑張ってるとか?」

「……昔、ちょっとだけ……」

「そっか。今は帰宅部?」

「は、はい」

「じゃあ帰宅部仲間だ」

「え、えへへ……」



話していると、徐々に彼女の手の震えは止まってきた。


“行為”の前に、まずお互いを知る事。

それはきっと大事な事だと思っている(ビッチ並感)。



「今更だけど彼氏とか、あと気になってる子とか好きな子とか居るなら絶対にやめときなよ」

「! だ、大丈夫です」

「そっか。モテそうなのにな。小晴って」



身長も普通より大きいし、触ってみると筋肉質。

姿勢も良い。声もよく通る。顔も結構良い。

この世界の男になら、受けはいいはずなんだけど――



「……“私なんか”が、そんなわけないじゃないですか」



でも彼女の顔には、どこか“影”があった。

謙遜――ではない闇。


力強く、それは小晴という人間を覆っている。



「……不快にさせたか? ごめんね」

「あああ私こそごめんなさい!」



ふっと我に返る彼女。

それを見て安心。


一体何が、椿小晴という人間をそうさせているのかは分からないけど。



「とか言ってたら着いたよ」

「!!」



辿り着く、我が居城。

二階建てのマンション、そしてそこの205号室。


調子の悪い外灯が怪しくそこを照らしている……。

いやもはや点いてないわ。くらっ!

大家さーん!



「一応、最後に確認するけど」



階段を登り……玄関、扉の前。

ガチャッと鍵を開けて――




「――本当に、良いのか?」




脅しを掛ける気持ちで声を掛ける。


いつもやっている事だ。

正真正銘、最終確認。

ここの選択で帰る子が体感5割。


人間誰しも……ファイナルアンサーと言われれば、嫌でも良く考えるからね。




「――はい!」



でも。

彼女の声には迷いがなかった。



だからこそ、そこに招き入れる。




「じゃあ、入って」




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