「俺が男で、君が女の子だから」
21時はとっくに過ぎた。
本格的な夜の時間。
一人暮らしのマンションだが、今は部屋に二人居る。
甘い香りが、部屋の中に漂っていた。
入ってきた時よりも温度も湿気が上がっている。あっつ!
「……はー……」
「処女を捨てた感想は?」
「世界が変わったみたいです」
「ははっ大袈裟すぎ」
「……その、“女”になった気がします」
「それも大袈裟!」
前の世界だったら“漢”とかになるんだろうな。
未だに慣れない。
むしろ価値が落ちるとかだったんだけど。
今じゃ童貞に価値がある、信じられない。
……つまり俺には、まったく価値がないってことね。
「こんな“ビッチ”に捨てちゃってよかったの?」
「! と、とんでもないです」
「そっか」
チラチラと、俺の身体を見ながら言う彼女。
……マジでどこが良いのか分からんが、この世界の女の子は男の身体にすごく興奮するらしい。例えば、今小晴が見ている首とか。
あ、ちなみにプールの水着はブーメランパンツではない。
上半身も下半身も隠されております。
女の子は変わらないけどね。ただ、見た目はほとんど地味だ。
前の世界で言う勝負下着みたいな概念は消えたんだろう。
男の下着の方が派手で、かつ値段も派手なのだ。
俺としては大変悲しいところである(ビッチ並感)。
「私、ずっとずっと! 馬鹿にされてたんです! お前みたいな芋女……一生処女だろって」
「そうじゃ無くなったね」
「……~~っ」
噛み締めるような表情を見せる彼女。
そんな嬉しい? 嬉しいのか。
「泣いちゃったよ(困惑)」
「……だ、だっで、いっつもいっつも、毎日毎日処女処女馬鹿にされて」
「え。毎日? あー。でもそうか」
いくらなんでもライン超えてね? って思ったけど、ここは逆転世界。
前の世界では、男同士じゃ童貞の罵り合いが普通だったっけ。
よくやってたなぁ、前の世界じゃ俺も……。
「一緒に登校する度に言ってきて、ストレスだったんです」
「……ん? あのさ、それ言ってる相手って女の子だよな?」
「え? いやいや、男ですよ。大嫌いですけど」
「はい? 君ってそこの学校の子じゃないの?」
「あ、違いますよ。その……私は隣町の共学高です」
「えぇ……」
まさかの共学だった。
電車が反対方面の。
それにしても、中々の度胸だよ。
……俺ってそんな
いやまあ否定は出来ないけど。
「そんな酷い男がいるんだね」
「はい……高校生になってから『万年処女の残念女』、『一生相手無し』……ずっとずっと、飽きもせず」
「あっ(確信)」
それ、君の事好きじゃない?
そんな匂いがする。
アレだ。好きな人をからかいたくなるっていう。
生意気で相手をからかうような挑発、罵倒をする男。
小悪魔系。なんか“オスガキ”とかもネットで見たな。
一部界隈では刺さる人も居るが……この子には逆効果だったのかも。
「……でも、これでようやくアイツから離れられます」
「そ、そっか……よかったの? その子の事、実は好きとか」
「はいぃ? あり得ませんよ。中学の頃はホントに嫌になって、一週間ぐらい引きこもりました」
「えぇ……」
「そこからは収まりましたけど、またしばらくしてまた煽ってきて……だから」
そのオスガキ君の事が相当嫌いなんだろう。
確かにそれはいただけない。
“程度”が分かっていない弄りは、弄りではなくただの毒だ。
「本当にありがとうございました……もう大丈夫です」
「そっか。あー、良かったらさ」
「はい?」
「もしまたその男絡みで、どうにもならなくなったら俺に言ってよ」
「え」
「力になるから。同性には同性、だろ?」
「!」
笑ってそう言った。
もしかしたら、その小悪魔系男さんは彼女の“脱処女”を聞いてヒートアップする可能性がある。
「ありがとう、ございます」
「いえいえ。思ってたより深刻そうだったから」
「こ、こんな私なんかに、どうしてそこまでしてくれるんですか?」
不思議そうに問う彼女。
俺はそれに、何度目か分からないソレを吐く。
「……“俺が男で、君が女の子だから”」
きっとこの言葉の意味は――この世界で、俺だけしか分からないんだろうな。
「へっ?」
「ごめん何でもない」
なんて、変な感傷に浸るのは一人になってからで良い。
今は――
「もう一発いっとく?」
「はいッッッッッッ!!!」
良い返事!
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