卒業おめでとう!



「あのコンビニの男子店員は、頼んだらヤらせてくれるらしい」



衝撃的な言葉だった。



「うそだ」

「いやーマジだって! そこの女子高の子がさ、その“店員さん”に……って噂」

「そ、そんな人居る訳ないじゃん」

「私もそう思うんだけどさ。ただ、エロいのよ。エロ過ぎるのよ。見れば見る程エロイ! まるで味がし続けるガム。あれでコンビニ店員は無理でしょ! 正体見たりって感じだよな! 今夜、君の街まで」

「何言ってるの」

「まあでも私にそんな度胸無いからよろしく」

「えぇ……」



中学の部活の友達。

女子高に入ってから色々おかしくなった彼女は、そのコンビニの話になるともっとおかしくなってしまうのだ。

期待なんてできない。

というか、そういう人が居たとしても怖い。


見返りに何か凄いものを要求されるかもしれない。

最近のニュースで見た。男の誘いにのったら連れ込まれた先に三人の女が居て、金銭を要求されたみたいな。


でも。



《――「ざーこ。一生処女~♪」――》



脳内に響く声。

それ以上に、私は処女を捨てたかった――





椿小晴つばき こはる』。

自分で言うのもアレだけど……なんの変哲もない、普通の少女。

偏差値50程度の普通高校。



「はぁ……」



そこに通う私には、悩みがあった。



「ため息とかなに? 構ってほしいのか~?」

「もう一緒に登校しないでって言ったよね」

「ざこの言う事なんて聞きません~」

「……チッ」

「舌打ち小さ! ざこ乙~」

「っ……」



気付けば隣に現れる男、『井上 将太いのうえ しょうた』。

中学の頃。引っ越して来た頃から交流があった。


「なんか言え。ざーこ」


家族が居る時はおとなしいのに、二人っきりになったらコレだ。

ひたすらにののしってくる。


女受けが良い小さい背丈。

茶髪のショートに、洒落た髪留めを着けている。

小悪魔を連想させる可愛い系の顔。


見た目だけなら世間的にはかなり良いとは思う。

でも、性格が最悪なのだ。



「万年処女、相手無し~♪」

「うるさい……」

「声ちっさ♪」



小さく呟く私を見て、彼はキャッキャと笑う。

まるでこれが生き甲斐かの如く。


学校でも、隙あらば耳元で罵ってくる。

言われたくない事を延々と。


周囲の女子からは羨ましいと言われる事もあるが、それはそれ。

まさかこんな罵倒をしてるなんて思わないだろう。



「……っ」



だからこそ。

学校終わり、温めた一張羅に身を包み。

その“コンビニ”に向かった。



「いらっしゃいませー」

「!」



そして一目見て理解した。



「しゃっせー」

「!!」


「しゃせー」

「!!!」




『あ、この人だ』と。



付き過ぎていない筋肉。

すらっとした線の細い身体。

口から出る言葉が、勝手に卑猥な言葉に聞こえてしまう程に。


対称的に綺麗な姿勢。

対称的に、制服から覗く美しい首元には、それを汚す様に虫に刺された様な跡が――



エロだ。

一人でするのを二日も我慢したからか、私の思考にブレーキが掛からない!



「?」

「ッ!? す、すみませッ」


「何かお探しで?」

「あっ、いやっ、ウィンドウショッピングを……」


「ははっコンビニで? 面白い方ですね、どーぞどーぞ」



貴方をウィンドウショッピングしていました、なんて言えるわけがない。

みっともなくそそくさとそこから離れ、そしてなおガン見し続ける。



あんな素敵な人が、私なんかの相手するわけない、けど。


私なんか、なんの価値も無いんだから。


捨てるものなんてない。だったら、玉砕覚悟で――



そんな風に。

小一時間、コンビニでウィンドウショッピングをし続け。



「!」



今なら。今なら店内誰も居ない!!

そのタイミングを見計らい——



「処女……捨て、させて下さい……! なんでもします……!!」



私は床にキスをした。

そして、そこからは——





「じゃー気を付けてな。卒業おめでとう!」

「あ、ありがとうございます……!」



気付けば、夜になっていた。

未だに火照った身体。


駅まで送ってもらって、いま私はホームで立っている。



「夢じゃないよね」



その呟きは春の風で消えていった。

それでも、この熱だけは冷めてくれない。



《――「まっ、なんかあったら言ってよ」――》



彼の顔が離れない。

そして、その彼と乱れた行為をした事実。



「はぁ……分かってる。分かってるけど」



一晩だけ。

土下座したらヤラせてくれた男。

相手は世間で言われているような痴男ビッチなのは明らかだ。



《——「俺が男で、君が女の子だから」——》



でも……

ベッドの上、笑っているけれど、どこか寂しそうな表情が離れない。


色っぽくて。ミステリアスな人で。



「また話したいなぁ……」



そんな呟きが、自然と出てきてしまう彼。


だからだろうか。

漫画で見るようなキスマーク。

それを、彼に付けてしまった。


そしてそれは自分にも――



「……♪」



うなじに手を当てながら、鼻歌を夜に溶かす。

されど、あの光景が蘇ってすぐに止まる。



私は今日――男を知った。

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