アイドルとの夜
「おい、かなた」
「! っごめん。へいき」
声を掛け直すと、彼はハッとした様にして表情を戻した。
眠いのかな。仕事とかもあっただろうし。
「今日はもう帰る?」
「……ぇ」
「なんか疲れてそうだし」
「だ、だいじょうぶ」
「めちゃくちゃ今更だけど、家の人とかは大丈夫なのか?」
白熱したナンパバトル(?)のせいで時刻は20時になろうとなってしまった。
俺は一人暮らしだから良いとして……彼もそうとは限らない。
「大丈夫だよ、パパとママは仕事で家に居ないから」
「忙しいんだな」
「ボクと同じで芸能人だから、パパ。それでママはマネージャーなの」
「マジか。すげー」
「今日も泊まり込みでドラマの撮影みたい。大変だよね〜」
零す様に話す彼は、どこか影を落としている。
普段の明るいアイドルっぷりとは真逆だ。
「家来る? どうせ一人なんだろ」
「えっ!?」
「なんとなくお察しだろうけど、俺も家に一人だから」
「そ、そうなんだぁ……」
肩に掛かるか掛からないか、そんな髪を揺らし弄るかなた。
……これは女の子からしたらたまらんだろうね。
破壊力抜群。
こりゃ大物になるわ(後方腕組み)。
「行くぞ。家だったらコレも温めなおせる」
「! 忘れてた……」
「だろうな。ドリンクだけは飲みながら行こう、ほら」
「う、うん」
ハンバーガーはヒエッヒエだ。ポテト含め。
散々店の中で騒いでおいてアレだけど、そうと決まれば退散しよう。
……こんな事なら、最初からテイクアウトにするべきだったね。後の祭り。
店の外に出れば――あちこちの店はシャッターを閉め始める。
酒でも飲みに行くのか、それとも帰るのか分からない大学生集団。
スーツ姿のお疲れリーマン。
たまに見える、部活帰りに遊んであろう女子高生。
彼女達から見ても、俺達は同じように見えるのだろう。
「……なんか」
「?」
「ゲームセンターで遊んで。買ったジュース飲みながら帰って……」
「アイドル君にはジャンキー過ぎたか?」
「あはは。ちょっと刺激強いかも」
「そうだろうね」
「うん、なんというか――」
笑うかなたの表情は、教室で見たような“アイドル”ではない。
「疲れちゃったな。楽しすぎて」
普通の、自然体の笑顔。
されど、それでも魅力的だ。
そしてその“笑顔”は、どこか――
――「あの子達よくない?」「あのマスクの子、めちゃくちゃ声可愛い」
「! やば」
なんて考えてる場合じゃない。
今、そこの大学生グループが足を止めてこっちを見ている。
――「声掛けてこようよ」「まだ20時だしワンチャン」
うん。
これは確定!
「走るぞ、かなた」
「えっ!? う、うん!」
学生鞄とジュースを支えながら走って駅まで。
……中のハンバーガー達の事は、気にしない事にした。
☆
駅から電車に乗って数駅。
降りて徒歩5分。
調子の悪い灯りがネックだが、コンビニが近くにある良い物件である。
「ここが佐藤くんの家……」
「そうそう。また蛍光灯ぶっ壊れてるから足元気をつけてな」
薄暗いマンションの階段を上り、辿り着いたは我が居城。
暗いせいで鍵を開けるのに少し苦労して――彼を迎え入れた。
リビング7.5畳、寝室4畳の1LDK。
家具は適当に黒色で揃えて、ル〇バが元気に走り回っている。
「わ、わぁ」
「一人暮らしの男なんてこんなもんよ」
「綺麗だね!」
「そう? ありがとう」
お客さんがよく来るからかな。
これでもビッチやらしてもらってますんで(最低の自己紹介)。
マジメに言うと、不意打ちでこの世界の家族とか来ても大丈夫な様にかなり気を使っている。つまり、かなたが来ても全然平気ってことだ。
「先シャワー浴びて来いよ(最低)」
「え? お風呂?」
「せ、清楚……」
「?」
「いやなんでもない。冗談だよ」
「え。なにが冗談なのかな?」
「 」
「だからなんなのー!」ポカポカ
その何も知らない、曇りなき目がキツい。
ちょっとしたビッチジョークだったけど、そもそも彼が分かるわけなかった。
自分の心の汚さを実感するよね。
「……ぁ」
「?」
「お、おふ、お風呂は、その。良いから」
なんだその動揺っぷり(動揺)。
あんまり人の家の風呂には入りたくない感じか?
あ、着替えないからかな。
「一応そこのコンビニで下着は売ってるけど。無駄にラインナップ多いぞ」
「……だ、だめ」
「? 肌に合わないか。ごめんごめん」
さっきから、かなたの様子がおかしい。
あんまり触れない方が良さそうだ。
ここは逆転世界。男ってこの世界じゃデリケートだからね。
フザケて半裸になるのなんてありえない。
「ボク、始発で帰ってからお風呂入るから大丈夫! 学校、家と近いから!」
「そうか。じゃあ早速バーガー食おうぜ」
「うん!」
鞄の中から取り出した崩れハンバーガー達を整え、200wのレンジでチン。
やり過ぎはNG。
んで冷めきったフニャフニャポテトは、クシャクシャにしたアルミホイルにのせてトースターでチン。
ちょっとやり過ぎるぐらいでOK。
「わぁ」
「完全体には程遠いが、80パーは復活したはずだぞ(ドヤ顔)」
「紀元前の発掘物みたい☆」
「うまい突っ込みだね(敬服)」
「おいしそう……」
「いただきまー」
「い、いただきます」
「あっちょっと待て」
「?」
ハンバーガー、ポテト。
これでも十分だが――
「はいコーラ」
「! び、瓶だぁ……」
「コーラは瓶に限る(ドヤ顔)」
なんかこのやりとり前にもやったな。
……小晴、元気にやってるだろうか。
今は編入試験に向けて勉強してる頃かな。
「こ、これどうやって開けるの?」
「ああ悪い悪い」
「わぁ」
なんて、つい彼女のことを思い出してしまった。
栓抜きで二人分のコーラを開けて、片方を彼に渡す。
「ボクこれも初めてかも」
「瓶が一番うまいからね。バーガーとポテトも食えよ」
「うん……! お、おいひい」
「だろ」
「コーラとこんな合う食べ物あるんだぁ……」
「うんうん」
「ボク、このままだと幸せで死んじゃいそう」
「言いすぎだろ」
人生分からないもんだ。
クラスで一番可愛いであろう男子と、こうやって仲良くなるとはね。
「? そういえば、このもう一つは……?」
「ああ。これは――」
小さい入れ物の中。
すみっこにあったそれを開けば――
「そら豆コーンだ!!!」
「サプライズだよ(ドヤ顔)」
「……なんでコレがメニューにあるの?」
「知るか」
「なにそれー!」
「ちなみにそれ食うのは子供らしいぞ」
「ボクが子供って言いたいの!?」ポカポカ
ああ、本当に懐かしい。
放課後遊んで。ファーストフードでふざけて。
こんな風に同性と騒げる時が、この世界で来るなんて――
「――でも嬉しい! ありがとね“空くん”!」
「!?」
「えへへ、ボクも名前で呼んじゃう」
「あ、ああ……」
「?」
《――「空!」――》
《――「部活終わったらマ〇ド行こうぜ」――》
《――「マネと先輩、絶対デキてるよな……どんまい空!」――》
思わず蘇る。
楽しかった、“彼ら”の声が――
「――っ」
ズキッと痛む頭を抑える。
思い出さない様にしている“前”の記憶を。
俺はむりやり、押し込んだ。
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