秘密



「……誰も居ませんね」



土曜日。昼の15時。


『信奈書店』。

私の通う……月が丘学校から3駅離れたそこ。

名前は書店とか書いていますが、不健全極まりないモノがたくさん置いてある場所。


バッチリ決めた私服に身を包み、私はそこに身を潜めました。

入念なリサーチによってこの時間が一番人が少ないと確認済み。

そう、今日こそは――



《ここより先 18禁コーナー》



「」ゴクリ



その先に潜入し、商品を購入しなければならないのです。

何度も進みかけて止まって、その繰り返し。


禁断の地への入場。

いけないことなんてわかっています。


でも、宝物を手にするために。

今日こそは――!!



「――あれ。委員長じゃん」



……え?


どうして?


なんで目の前に、佐藤君が。



「なにしてんの?」

「あっあっあっ」



相川あいかわ一二美ひふみ

たった今、終わりました――






「……」カクン

「うわっ田中大丈夫か?」

「授業中ずっとその調子でしたね」


「寝る……夜更かし、し過ぎたぁ……」

「おやす~」

「全く。不健全ですよ」


「」グゥ

「はっや寝るの」

「……」



教室。

高橋さんは風邪で休み。

田中さんは夜更かしで爆睡。



「……静かだな~」

「……ですね」ソワソワ



私達のクラス……2-Bには、特殊な男子が二人います。


一人は、直視すれば失神する程の可憐さを持つ吾妻かなたさん。

もう一人は――



「“取引”がやりやすいな? 委員長」

「っ」



目の前の彼。

悪い笑みを浮かべる顔。


私はそれに、頷くことしかできません。



「いやあビックリだよ。ほんと“マジメ”なんだな、委員長は」

「……それほどでもありません」


「ほら。これ」



そして、包まれたそれを私は受け取る。



「……こちらに?」

「【童貞特攻隊2アレ】がしっかり入ってるよ。セールで1800円だった。もってるね~」


「ありがとうございます。代金はこちらに」

「確かに受け取った」



黒い袋に入った問題集に挟まれている……二重でカモフラージュを施しているソレ。

言うまでもなく大人向けビデオです。


相手は全員童貞。

彼らの硬いガードをなんとかして解き……最後には“そういう”事をします。


不健全、極まり。



「“調査”、頑張ってね」

「……はい」



そう。

これは、調査。


あの時、18禁コーナーにて。



《――「ちょ、調査? 流石だな委員長は。ついでになんか買ってこようか?」――》



不健全なモノとはいえ、何も知らず否定するのは愚か者の考え。

だから知る事にしたのです。

だから決して私が欲しいとかじゃないです。


……なんかそういう事を、思いつく限り早口で言った気がします。



そして、そのまま。



《――「好きなジャンル……ああ違うか。調査するジャンルは?」――》



念願の、ずっと欲しか――じゃなく、その調査対象を。



《――「まっ皆には黙っとくから安心しなよ」――》



笑って、それを渡されて。



《――「また欲しいの……じゃないな、調査対象見つかったら言って」

「……はい」――》



そして今も――この秘密の関係は続いています。


本当に変わった男子。

堂々と18禁コーナーに入っていく姿は、いけない事ですが“女”らしい。


……正直見つかった時は、終わったと思いましたけど。

彼が鈍くて助かりましたね。



「で、あの」

「ん?」


「その、今日はこれ……作ってきました」

「えっデカッ」


「アレのお礼ですので……」

「別に良いのに」



彼の昼食は、大体菓子パンかお菓子。

不健康極まり。見過ごせません。


なのでこの“取引”のお礼として、一週間に一度お弁当を作ってきているのです。


調査対象の購入資金の為に、ファミレスでバイトをしていますから。

料理は多少出来るんです。



「……」ゴクリ

「うん。うっま!」

「! そ、そうですか」

「うめー。朝飯食ってないからお腹めちゃくちゃ減ってんだよ」

「ちょっ。しっかり朝食は食べて下さい。こういう言葉があるんです、朝は貴族の様に食べ――」

「ごめんごめん。気を付けるから」

「全く……」



もくもくと食べる彼。


……普通は、男が女に手料理を振る舞うものです。

読んできたエロマンガやエロゲ、エロアニメではそうでした。

もはや定番の流れですね。


“逆”。

でも――



「このハンバーグ凄いね。チーズはいっとる」

「……意外と簡単ですよ」



彼はひとり暮らしだそうです。


普通じゃありません。

親の手料理なんて、当然出て来ません。


だからか、は分からないですが本当においしそうに食べます。

それが嬉しくて。

こんな事を出来るのは、きっと私だけで。



「コーラのあてに最高だわこれ」

「それ褒めてます?」

「最上級の褒め言葉のつもり」

「……ま、全く」

「でもさ」

「?」

「もう、ここまでしなくて良いよ」

「えっ」



不意に彼はそんな事を。



「やっぱり、お、おいしくなかったですか?」

「旨いよ。旨すぎるぐらい」

「じゃあなんで……」



分からない。

どうして、そんなことを――



「コレ。昨日夜遅くまで仕込んでたでしょ」

「!? い、いや……」

「目のくま。バレバレだよ委員長」

「なっ!」



鋭く指摘していく。

まるで小説の探偵。

ミス・シャーロックの様に。



「あと。珍しく授業で答えミスってたし」

「……ぁ」


「その指の怪我も。慣れない夜更かしで手滑ったとか」

「う……」



全て当てていく佐藤君。

まるで答えを知っているかのように。



「そんなになってまで、お礼は頑張らなくていいから。分かった?」

「……分かりました。でも」

「ん?」


「なんで、どうして……」

「え」

「どうして、“それ”は分かるのに――」



そう。

ありえないんです。

私の失態を、ここまで暴ける方が。



「――“調査”なんて、信じるんですかっ」

「!」



あんな誤魔化しを、暴けないはずがないんですよ。

客観的に見て、あの時の私を見ていたなら勘づくはず。


私だって……そこまで鈍くないんですから。



「委員長は大事なことを忘れてる」

「……?」


「あの場に居たのは、委員長だけじゃない」

「いや、私と佐藤君だけ……っ!?」

「そう。俺も居た。当然“こっち”も知られたくなかった」

「つまり……」

「お互い、“仲良く”やろうって事。分かってくれる?」



……そうです。

確かに彼は、18禁コーナーに居た。


しかもしっかり買い物をして、出る途中だった。

その袋の中身は、結構な量が入っていて――



「……悪い人ですね。佐藤君は」

「委員長もね」

「うっ」

「というわけで、これからも“取引”よろしこ」

「……分かりました」



――キーンコーンカーン



「あ。もう予鈴か」

「」ビクッ

「おはよ田中」

「……? うわっ今何時?」

「15時」

「え? あああ終わった――えっなにこの弁当? 弁当? 昼ご飯……?」

「っしトイレ行って――」

「逃がすと思うか、佐藤」

「目……覚めたろ?」

「その顔ムカつく!!」



また騒ぎ始める彼ら。

いつもの風景。



「全く……あなた達は……」

「ああごめん委員長」

「かまいません」



ため息。

彼が完食した弁当箱を片付けながら、佐藤君を見ます。


本当に……さっきまでの別人の様な姿はどこへやら。



「じゃ、ホントにトイレ行ってくるから」

「……私も済ませて来ます」



――だからこそ、気になるんです。



「あの。佐藤君」

「?」



廊下。掛ける言葉。

それは、二人だけが分かる様に。



「あの時。佐藤君は、何を買ってたんですか?」



アダルトショップ。

まるで別人の様だった彼は、一体何を手にしていたのか。

当たり前の様にそこにいた彼は、なんの目的でそこにいたのか。


今更ながら、気になって。

高鳴る心臓を抑えながら、その答えを――




「――知りたい?」




そして今。

あの時と同じ。

まるで、別人の様な雰囲気で。


長い前髪。

覗く瞳は、怪しく光る。



「……ぇ。あ……」



それにあてられるだけで……息が、荒く。

心拍数が、上がって。




「ごめんね、秘密」




それだけ言って……彼は背中を向けた。



「っ。はぁ……」



本当に。

彼は、分からない。



「貴方は。一体……」



田中さんも、高橋さんも知らない。

あの教室。

いやこの学校で、私だけが知っているんでしょう。



彼は――とんでもなくエロいことを。



私だけ。

きっと、私だけが――




「……」





――えっ、そうですよね?








――閑話:きっと、私だけが 終――








▲作者あとがき


休憩終了!

次回からメインを再開します。

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