矛と盾



「あー、ちょっと待っててな」



掃除をしていたら、泣いている小晴を見つけた。

流石に仕事中。

話は聞いてあげたかったが……少し待ってもらう事に。



「店長ごめんなさい、今日はちょっと早めに上がって良いですか?」

「え? 全然良いよ。佐藤君もうそろそろ上がる時間だし、私一人で大丈夫」

「ありがとうございます。今度埋め合わせするんで」

「! う、うん」

「それじゃ」



掃除用具の片付けをササっと終わらせ、店長に許可を得て早上がり。

コンビニ看板で待っている彼女の元へ走って向かった。



「お待たせ小晴」

「! ご、ごめんなさい」



女の子が人前で泣くことは、前の世界じゃよくあったけど……こっちは“逆”だ。

人前で泣く様子はあまり見ない。これに関してはかなり人によるけどね。

それでも世間のイメージはそうだ。


ちなみに男を泣かした女の子ってのは――ま、とにかく非難を受ける。

酷い話。俺は男側なんだけどさ。



「家行くか。ご家族は?」

「え、あ。仕事で今日は帰ってこないので大丈夫です……」



曇った顔を見せる彼女。

……まあ、この世界じゃよくある事か。



「おっけ」

「あの……でも悪いんじゃ」

「馬鹿。人の事気にしてる場合か」



前の世界の男だったからこそ、俺はその重みを知ってる。

その涙は、決して軽いものじゃない。



「ありがとう……ございます。私なんかの為に」

「だから気にすんなって」





「コーヒーか紅茶、どっちが良い?」

「え。えと」

「コーラもあるよ」

「こ、コーラ……」

「良いチョイスだ。待ってろ」



ひとり暮らしの冷蔵庫を開けて、キンキンに冷えたそれを取り出す。

乱れた食生活だが、コレだけは欠かした事がない。



「びっ、瓶だぁ!」

「コーラは瓶に限る(ドヤ顔)」

「……ありがとうございます」

「ははっ、今男らしくないって思った?」

「! そ、そんな」

「良いって良いって。だから気楽に、“同性”に話す感じで良いよ——はい乾杯!」

「か、乾杯」



気落ちした彼女を、少し強引だが元気付ける。



「じゃ、何があったか聞かしてもらおうか。コレでも飲みながらね」





「…………」



どれぐらい経っただろう。

気付けば、コーラは既に空になっていた。



「って、感じで……」

「……いやヤバくね? その将太っての」



正直舐めてた。

てっきり、オスガキ君が逆上して嫌がらせ……ぐらいかなと思っていた。



《——「嫌なのに、カップルみたいに仕立てあげられて」——》



聞けば、かなりエグいものだ。

いわば外堀を埋められた。


彼女のクラスメイト、特に男子はほぼ全員と言っていい。

女子の方も、なんだかんだで公認カップルみたいな感じになっている。



《——「あの場で『違う』なんて言ったら、想像したくなくて……」――》



彼女のこの怯えっぷりからして、きっとかなり深いところまで行ってるだろう。


中学から、『ずっと一緒』に居た幼馴染。

登校も休み時間も。

まるで二人がセット。そりゃ、付き合うのも当然だと周りからは思われているだろう。


そして、そのオスガキ君の様子を見る限り……クラスの男子にも小晴との関係を言いふらしていて。



《——「きっと、私、クラスから……っ」——》



簡単に言えば、ハブられてしまう。最悪の場合はいじめにまで発展するか。

それぐらい……男を泣かした女ってのはこの世界じゃ重い。

クラスメイトの視点から見れば、0対10で彼女が悪く見えるだろう。



「……でも、私も悪いんです」

「?」

「ううっ……高校からは、強くは言ってなかったんです」

「え?」



泣きながら彼女は話す。

まるで、懺悔ざんげをするように――



「高校になって。私なんかにも女友達が出来て……将太みたいな可愛い男がくっついてくるのを……皆から、羨ましがられて」

「うん」


「きっと、良い気に、なってたんです。将太のことは嫌いなのに。大っ嫌いなのに。周りの目に、私、気持ちよくなって。こんな私なんかが、きっと向けられない様な視線で」

「……」


「だから最後まで……将太を突き放す事は出来ませんでした。その気になれば、走って学校に行けば良かった。中学みたいに1週間引き篭もればよかった。私が、真正面から『嫌い』って言えばきっとこうなることは……!」



己が恥じる様に彼女は続ける。


矛盾した心の内。

裸体を見せるようにさらけ出す。



「私、最低なんです。私も……将太を、利用してたんです……っ」


「……なるほどな」



ここが前の世界なら、俺だってそうなるかもしれない。

想像しよう。隣に美少女が居て、しかも自分だけにくっついてくるんだ。

周りの視線は間違いなく羨望。


例え好意がなくとも、むしろ嫌いであったとしても。

己への『うらやましい』って視線は――彼女を狂わせてしまうかもしれない。




「“私なんか”。“私なんか”……ひぐっ……」




まるで己への嫌悪感を吐き出す様に、涙が流れていく。


俺の目の前に居るのは、大嫌いだった彼を利用し承認欲求を満たした女か。



……ああ、本当に嫌なヤツだ。




「小晴」

「へ……?」



『井上将太』。

本当に陰湿で、用意周到で、臆病で。


全てお前の予想通りか?

賢い男だ。反吐が出るほどに。


だから――俺が塗り替えてやる。

彼女に掛かった“洗脳”を!




「今から俺の身体、好きにして良いよ」

「えっっっ!?」

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