アイドル(性別不詳)

学校風景



「しんど……」



今日は月曜日。

つまり平日。つまり学校。

1週間の始まりでもある。クソが。


……早くバイトしたい。

品物の整理をひたすらにやりたい。

俺ってもしかしてワーカーホリック(社畜)の才能ある?

確かに専業主夫はちょっと嫌かも。

でもこの世界、専業主夫になりたいって男が大半なんだよな。

将来の夢はお婿むこさん! みたいなね。

前の世界だと女の子にぶん殴られそう——



《次は○×駅、○×駅》



なんて。

電車に揺られながら、つまらない事を羅列していく。


学校じゃワックスを付けず整えていないせいか、伸びてきた前髪が邪魔だ。



「はぁはぁ」

「ヘタクソ。駅員呼ぶぞ」

「!?」



さっきから太ももずっと触りやがって。

バレないとでも思ってんのか?


男性専用車両が増えたのも納得だなこれは。

……でもあそこ、化粧してるオッサン多くて嫌なんだよな〜。香水臭いし。


なんの地獄絵図だよって。

こっちでは当たり前だけど、未だに慣れない。



「人生終わりたくないなら今日で終わりにしろ。良いな?」

「あッ……」

「……おま……」



耳元でそう言ってやると、変な声を出すババア。

感じてんじゃない!ASMRじゃねーんだぞ!


もはや怒りを通り越して呆れが来る。

【痴漢で人生終了ASMR】……需要どこだよ。ってお前か……。



「はぁ……」



ああもう、本当におかしな世界に来てしまった。




「おはー。田中、高橋」


「! おはよう佐藤」

「お、おはよっす……」


「おー良いね。早速買ってんじゃんジョンプ」

「「あっ」」

「はは、スケベ」



笑いながら後ろに回って、そのページを見たらお色気系漫画のところだった。

……金髪のイケメンが風呂を覗かれている一ページ。いや見開きだこれ。

もちろん赤面。二ページ使って何入れてんだよ。


俺が見ても、正直何も嬉しくない。

さすが逆転世界。主人公が女でヒロインが男なのが常識だ。



「コイツずっと見てたんだぜ」

「ち、違うって」

「はは。こういうのが好きなの田中は?」

「っ、おかしい? どうせこんな子からは相手にされないもん!」

「いいや。こういう高嶺の花系の王子様は、意外と勝ち目あるぞ」

「……そうなの?」

「うんうん。案外競合が居ないんだよな」

「なるほど……」


「田中にはムリでしょ」

「おい!」



……ま、当然ではあるが二人は女の子である。

二人でよく少女向けの漫画なりアニメの話をしていたから、その会話に入るうちに仲良くなった。


ややこしいがこの世界の少女漫画は、前の世界で言うバリバリの少年向け。

性別は変わるものの、熱い展開なりバトル展開なりは健在。


少年漫画は……肌には合わなかった。

もちろん面白いのもあるにはあったけどさ。

やっぱりその、恋愛系がほとんどなんだよ。最近は悪役令息が流行りらしい。



「——不健全です。仕舞って下さい」

「あ、委員長。おはー」

「っ。おはようございます佐藤さん。シャツのボタン一つ空いてますよ」


「ああ悪い、よく見てるんだな。流石生徒会役員」

「……それほどでもありません」


「鎖骨ガン見してんじゃん相川」

「ち、違います。ボタンは紀元前4000年前から存在し、古代エジプトの護符として用いられ花やスカラベといった階級を示す装飾品として、高貴な高貴な――」


「眠たくなってきた」

「ホームルームすら始まってないのに」

「誤魔化してるの分かりやすいよな委員長は」



彼女の豆知識を聞き流しながら、シャツのボタンをとめる。

相川……眼鏡が良く似合うインテリちゃんだ。


お手本のようなむっつりである。

さっき、注意する前に高橋の漫画の中身を盗み見ていた。

隠密の才能もあるんだろう。俺以外は気づいてなかった。

万引きGメンも兼職してるんでね俺は(ドヤ顔)。



「そういや佐藤、また首元噛まれたの?」

「年中噛まれてね?」

「……自分も思っていました」


「俺、虫にだけはモテるから。気にしないでくれ」


「そ、そうだよな!」

「佐藤だしな!」



笑って彼女達と話す。

……俺は“おんな男”というジャンルになるらしい。


前の世界ではおとこ女とか言われているアレだ。

男なのに女っぽい、男なのに女の趣向(女向けコンテンツが好きとかね)がある、などなど。


ありがたいのは、そういう振る舞いをする男はモテないということ。

男子といえば、守ってあげたくなる様な『か弱さ』とか、異性に対する『恥じらい』とか『品の良さ』とか。

いわゆる“かわいい”ポイントが、俺にはゼロ。


もっと言えば外見もわざと整えていない。

完全な前髪長芋男(?)である。


バイト中はワックスで髪を整えて、男っぽく化粧してるけど。

……この学校の奴らが、俺だと気付けないぐらいには気を付けてる。大丈夫。たぶん。



「……」


「見すぎなんだけど委員長。あ、キスマークとでも思った?」

「……なんですかそれは」


「知ってる癖に」

「目泳ぎすぎー。眼鏡に魚飼ってるんですかー?」


「なっ!? う。うるさいですね」


「はは、佐藤がそんなの付けてくるわけないだろ」

「な!」



二人がひたすらに委員長をいじる。

これも見慣れた光景だ。



「そうそう。俺が女の子と付き合えると思うか?」

「「ないな」」

「……ま、お前らこそ無いけど」

「ぐはっ」

「逆ギレじゃん!」



朝、こうやって女友達とじゃれ合っている時間が一番居心地が良い。

前の世界で言う、同性とのやり取りと同じ。


ま、悲しいことに。

俺に同性の友達は居ないんだが。



――「またやってる」「はしたない」「そんな女子と近付きたいのかよ」――



耳をすませば聞こえる声。

女の敵は女。

こっちじゃ男の敵は男。


異性としか仲良くやってない俺は、同性のクラスメイトからはことごとく嫌われている。

……最初は、それでずいぶん病んだもんだ。



――ガララララ!



「「「!!」」」

「お、アイドル君が来た」



そして教室。

扉から“彼”が現れた瞬間、空気が変わる。


青がかかった綺麗な黒髪。

化粧をしてしまえば、それが邪魔に思えそうなほどに整った顔。

線が細く、小柄で守ってあげたくなるような華奢な身体。


俺の第一印象は――『男の娘ってマジで居るんだ』、だった。



「おはようー!」

「「「「「おはよう!!!」」」」」



少年の様な高い声で、“彼”はクラスメイトに挨拶する。

そしてそれにめいっぱい返す女の子達。


吾妻あさい かなた』。

この教室のアイドルであり、実際事務所にも所属しているマジのアイドルである。

学校も結構休んだりするけど、だいたいそれは仕事のせいだ。



「……」

「?」



俺とは真逆。

清楚オブ清楚。

で、なんでそんな『かなた』様が、俺の方を見てるのか?



「今……あたしの方見てる……」

「いや高橋じゃないよ。私だよ」

「 」



動揺する3人。一人は死にそうだけど。

ああ俺じゃなくて彼女達か。気のせいだね。



「そんな良いんだ」

「ああ。“かなたん”は見た目だけじゃない。かなたんの可愛さ構成要素……“声”5割、“外見”5割、そしてあの振る舞いで5割なのだ!」

「円グラフぶっ壊れてんじゃん」

「それぐらい可愛いって事だよ!!」

「そうすか……」


「あっまだこっち向いてる!!!!」

「だから私だろ!!」

「い、息がッ……」



暴徒化する彼女達。アイドルって凄い。一人は窒息死寸前だぞ。


いやー、コイツらにもようやく春が来て嬉しい。

良い奴らだからね。

アイドルからも好かれるってもんだ。



「後は楽しめよ!」



さて、俺は邪魔者だな。

佐藤空はクールに去るぜ……。


トイレでも行こ。

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