策略


朝。

将太を置いて、私は一人で登校した。

彼が居ないだけで、こんな快適なんだと知った。



「おはー」

「おっはー小晴。昨日のジョンプみた?」


「おはよう。まだ見てない、ネタバレやめてね!」



席について、二人の女友達と話す。

“私なんか”にも仲良くしてくれる良い人達。



「ん? というか……今日は一緒に登校してないの」

「珍し」


「将太? ……さあ、私に関係ないし」


「え」

「おいおい喧嘩とかしたの」


「してないよ。別にどうでもよくない?」


「いやいや私的には超羨ましいんだが。私も一緒に登校する男の子が欲しかったぁ~」

「な!」


「……」



女友達はみんなそう言う。

羨望せんぼうのまなざし。

まるではやし立てる様に。



「というかその首どした?」

「え、あ、ああこれは虫に刺されて――」


「――おい。ちょっと小晴」

「!? な、なに」



そんな風に友達と話していたら、突然クラスの男の子達が来た。


数人の彼ら。そしてその中には将太も居る。

嫌な予感がした。



「井上君と、仲直りして」

「え、え?」


「ずっと泣いてるんだよ彼」

「“井上君には椿”なんだからさ」

「ほらほら、何か知らないけど早く椿は謝れって」


「……ぐすっ……」

「!?」



グズグズと、涙を流している彼。

嘘泣きだ。

長い間一緒に居た自分にはわかる。


そんな将太の肩を持ち、まるで良い事をしているかのようにクラスの男子はそう言う。



「やっぱり喧嘩してたのか。まあ謝るなら先に“女”の小晴だよな」

「男泣かすなんて酷いぞ~」



友達もそう言う。

周り全員、女の私が悪いみたいな雰囲気で。


でも『私は何もやってない』、私なんかがそう言ったら……きっと白い目で見られる。


だから、言えない。

逃げられない。

この教室、このクラスに居る限りは。



「…………ごめん、将太」

「……」

「私が……わるかった」



言いたくもない謝罪の言葉。

私は何ひとつ悪くないのに。



「……付き合え」

「え」

「僕と付き合え。そしたら、許してやる」

「……は?」



顔を赤らめそう言う将太。

思考がフリーズした。



「うおおおお告白きたああ!」

「やっと結ばれたか~」

「よかったね井上君」

「大胆な告白は男の子の特権」


「い、いや……ちょっと待ってよ」

「……拒否権なんてねぇよ、ざーこ♪」



絞りだした声を、耳元で否定する将太。

まるで全て、計画していたかの様に。



「今更恥ずかしがんなよ」

「アレだけ一緒に居たんだから責任取りなー」

「強がり良いって~」



周りの声。


おかしい。

私はこんな男、嫌いだ。

平気で悪口を言う男なんて嫌いだ。


ずっと一緒に居たからなんて関係ない、私は――



「……っ」



異様なクラスの雰囲気の中。

でも最後まで、強く否定出来なかった。


それを言ってしまったら……きっと、こっちが悪者になるから。


私が女だから。

彼が、男だから――





「昼ご飯食べるぞ」


――「おーお熱いね!」「お席、どうぞどうぞ」


「ちょ、ちょっと……!」



結局私は付き合うなんて言っていないのに、クラスの皆は公認カップルの様な雰囲気だった。

気持ちが悪い。


でも――やっぱり強く言えない。

私が、女だから。

男を泣かせる女は最低だから。



「おい」

「な、なに」

「ほら」

「!? わっ、ちょっ――」



可愛らしいピンクの弁当から、おかずを箸で私の口に持ってくる。

まるでカップルみたいな。



――「うわー早速イチャついてるよ」「良かったね将太君」「やっとくっついたって感じ」



そんな空気に吐き気がする。

無理矢理入れられた卵焼きは、味がしない。



「……っ」



もう、嫌だ。

どうしてこんな事に。

処女を捨てたら、もう突っかかってこないと思っていたのに。


逆だ。

もっと酷くなった。


ねちゃついた彼の視線が、気持ち悪くて仕方ない。



「ふ、ふふっ。諦めて僕とずっと一緒になれ……!」

「ひっ」


「ざーこ。認めろ。認めて楽になれ」

「や、やだ」



耳元。

脅迫する様に将太は言う。



「良いのー? クラスの皆は僕の味方だぞ、ざーこ♪」

「っ」

「昨日の夜何があったか知らないけど……小晴は僕のものだ」



私だけしか知らない、将太の本当の姿。

それをクラスの皆に言っても、きっと信じてくれない。

私なんかの言葉なんて。


でも、今日まで知らなかった。

彼がここまで嫌な男だったなんて。


……もう、どうにもならない。

もし強引に別れを切り出そうものなら……きっと私が悪者になる。

そうしたら――クラスできっと一人になる。


嫌だ。将太と付き合うなんて。


嫌だ。友達から……クラスから省かれるのは。



「ううっ」



どうしたら良いの?

分からない。


私はもう、将太のモノとして――




《――「まっ、なんかあったら言ってよ」――》




思考が黒に染まりかけた時。

響いたのは、昨日の“彼”の声だった。


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