新空兄


両親は仕事。

二人っきりの家。



《――「え……男は?」――》



信じられない、そんな声だった。

旧空兄はスポーツのスの字も興味が無かったのに。


ほんと、わけわかんないけど。

どこか放っておけなかった。

あんなにも憎らしい、大っ嫌いな兄だったのに。

正直言うと……今は違う。


だから、旧空兄、新空兄って。

そう呼ぶようにした。



「シックスパックがぁ……」

「お菓子ばっかり食べてたから、旧空兄」

「だろうな(腹筋)」



暇さえあれば筋トレ。

未だにこの光景に慣れない。



「あ、そこにあるのが宿題……」

「何ひとつ終わってねー!!」



そして、旧空兄が残した負債ふさい(夏休みの宿題)を新空兄がひたすらやって。

かわいそう。旧空兄、最後まで迷惑ばっかり!



「え?」

「いや洗うって。卓球なら手怪我したら駄目だろ?」

「いやいや……」

「あかりは部活もあるし、家事は基本俺がやるよ。暇だし帰宅部だし」



そしてお昼ご飯の後。

私に押し付けていた家事は新空兄が率先してやってくれる。だめになりそう。



「何かたくらんでる?」

「お互いの体力ゲージの消費量的にそうじゃん」

「そんな、ゲームみたいな理屈……」

「あ。そういえばあかりってゲームしないよな」

「……あんまり。でも友達の家でやってる」

「へえ。どんなのやってんの?」

「え、えっとね――卓球!」

「ははっ。好きだねー」



今までの彼は耳を傾ける事など無かった。

聞く気も無かった。


でも今の空兄は、あたしの話を聞いてくれる。




「卓球ってね、死ぬまで出来るらしいんだ。あんまり力もいらないし」

「一生の趣味になるわけね。良いじゃん」

「そう! モテないけど!」

「爺とか婆になってからモテ始めるかもよ」

「遅すぎでしょ!!」



皿洗いをする彼との雑談。

……なんか、楽しい。新空兄と話してると。



「ふー。終わった終わった」

「あ、ありがと」

「いえいえ。モテそうだけどな、あかりは」

「……前の空兄は、あたしみたいなブサイク、モテる訳ないって……」

「は?」

「……っ」

「ほんとカスだな俺。兄妹といえど言っていい事と悪い事があるだろ」



自分に対して罵倒をする姿。

言葉にしてみると中々意味不明だ。


でも――本気で怒っている。表情で分かった。



「気が済むまで殴っていいよ。このムカつく顔」

「い、良いから」

「そう? ホントお前が言われろって話だよな? 何言ってんだよマジで」

「……ぅ」

「で、宿題も全然やってないし」

「ふっ。最低だね空兄は」

「ホント何やってんだよ佐藤空。ああ俺か……」

「ふふ、変なの」



そんな風に、二人で笑って。



「……」



たまにこうやって、彼は遠い目で外を見てる。




「わっこんな時間! あたし部活行ってくるね」

「え。あ、そうか」


「……大丈夫? あたし居なくても平気?」

「女の子に心配は掛けられないって。行ってこい」


「お、女の子って……」

「あーやべ、ごめんあかり。悪かった、家族なのに」



頭を下げる彼。

……変なのは、あたしもだ。


見た目は旧空兄と一緒。

なのに中身が全然違う。

正直“家族”とは思えない。


でも、それは嫌って意味じゃなくて。



「……あたし、戻って欲しくない」

「えっ」


「今の空兄の方が……良い」



視界は床。

言ってから、顔が熱くなっていくのを感じたから。



「……ありがとな。そう言われると嬉しいよ」

「う、うん。あっそうだ、これあたしの携帯」

「え?」

「空兄、まだ無いでしょ携帯。もし外に行くなら持って行って」

「いやいや良いよ別に。悪いし」

「良いから! 外行きたいんでしょ、空兄」



外を見ていた彼の目は、そう訴えていた様に思えたから。


でも彼は連絡手段がない。

それに、もともと親から彼には携帯を貸すよう言われてたし。

過保護だもんね。お父さん。


……どうせ、この携帯は色々制限掛けられてるから、エッチなサイトとか見れないし? 

見られて困るものもない。



「……バレてた?」

「うん。携帯なんて部活だったら必要ないから。パスワードは1111ね」

「落としたら終わりだなおい」

「落とさないでね!」

「もちろん。ありがとな、あかり」

「……ん」



そんな返事だけして、あたしは玄関のドアを開けた。



「いってら〜」



そして、その彼の声は。





部活から帰ってきて。



「えっ、空兄まだ帰ってきてないの……?」



夜ご飯の時間になっても、聞けることはなかったのだ――

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