ビッチ失格



「いやなんで居んの?」



朝7時から、休憩入れて16時まで。

気持ちいい労働後……逆エナドリ(睡眠の質が上がるやつを、俺はそう言っている)をコンビニ前で一気していたところだった。


またしても駐車場の影で、足を広げしゃがむヤンキー女が一人。

そう。彼女である。



「う、うっせぇ」

「あ。学校行った?」

「……」

「行ったんだ。……うん。タバコも吸ってなさそう、偉いな。いや偉くないわ。これが“不良が犬助け”現象……気をつけないと」

「テメェが言うからだろ!」

「んじゃテストで100点取って」

「……」



おいおい黙るな。マジで取る感じ?

東大行けって行ったらマジで行きそうだな。



「東大――」

「テメェふざけんなよ?」

「すんません」



……どうやら怒らしてしまったようだ。

流石にこれは俺が悪い。ごめんなさい。


ちなみに逆転世界といえど、大学の順位は大体一緒だ。

東大京大は偏差値30とかはない。



「チッ……」

「で、YOUは何しにコンビニへ?」

「……」

「俺に会うため? そりゃ照れるなあ」

「ちげぇよ!!」

「うっさ!!」



ヤンキーってバイクの音だけじゃなくて声もデカイから困る。

騒音被害で電話来るのはこっちなんだぞ。



「俺もう上がりだから。店長困らせんなよー、じゃ」

「……ま、待てよ」


「?」

「き、キス!」

「え」



嘘だろコイツ、昼のアレまだ引きずってたのか?



「昼間に“発情”されたら困るからよ、あの時は引いてやったんだ」

「えぇ……」



なるほど、そう来たか。

あくまでも俺が食われる側だと言いたいわけね。



「この東瀬 愛とうせ あい。最強薔薇百合隊……ローズガーデンの一員として、男なんて余裕で——」


「なんて?」



新手の早口言葉か?



「だから愛明の最強部隊、最強薔薇百合隊、ローズガーデンとして、男に遅れなんて取らねーって言ってんだよ!」

「か、かっこいい名前だね(だっさ)」

「おう。だろ?」

「バラと百合って混ぜたらダメそうだけど」

「だから良いんだろうが!」

「そ、そうすか……」



価値観は人それぞれだから。

例え将来顔を枕に埋める事になろうとも、俺は知ったこっちゃない。



「んじゃ頑張ってね。俺は帰って読書するから」



違う世界の偉人伝は、新鮮で面白い。

こっちじゃ戦国時代、大体の武将が女なんだ。

誰だよ織田信奈って――いやこれあっちの信長じゃねーか(驚愕)……なんてことがよくある。



「いや帰んな!」

「えぇ」

「き、キスしてやるから」

「ここコンビニですけど」

「関係ねえよ。昼だってココだったろ」

「……ファーストキス、こんなよく分からんビッチに捧げて良いの?」

「ファーストじゃねぇって!」

「じゃあ何時?」

「よ、幼稚園……」

「ノーカンだろ……」



マジメな顔で言うんじゃねーよ。

なんか面倒になってきた。



「あーもうほら早く。ほおでも口でもひたいでも」

「……っ」

「10、9、8……」



またしても顔真っ赤。

しかし成長しない彼女ではない。



「ぅ……」



どうやら、目を閉じて恥ずかしさを紛らわす作戦で行くらしい。

このままだと俺の鼻にキスしそうですけど。

そういうフェチかな? 人の性癖はそれぞれだからね。


さあ、彼女はいったいどこに接吻せっぷんをするのか――



「っ!! や、やった、してやったぞオイ!」

「正解は俺の指」

「え゛」

「はぁ……流石に将来が不安になるなコレは」

「んだと――」

「おいこっち向け」



彼女の顎を、手で俺の方に優しく向ける。


周囲、店の前に客はいない。

視線も感じない――



「!? っ。んん……っ!」



コンビニの外、影の中で二人。


柔らかい唇が触れ合う。

粘膜が溶けあう様に熱くなって。完全に溶けてしまう前に離れる。

一秒にも満たない、軽いそれ。



「――こうやるんだ、分かったか?」

「………はぁっ、はっ………」


「あんなキスじゃ男も逃げるよ」



この世界の男は、前の世界で言う女の子だ。

ファーストキスが悲惨であれば、ビンタ一発で済まないかもしれない。


まあ、これで彼女の将来(?)は大丈夫だろう。

俺の100回は越えてるキスで申し訳ないけどね。



「じゃ」



息が荒い、ぼーっとしたままの彼女を放って帰路につく。

熱くなった体温は夕方の風が冷ましてくれるだろう。


彼女だけじゃなく――俺も。



「やっぱり、キスは苦手だな」



……いくら熟せど慣れないもんだ。


どうしたって、これだけは。



「ビッチ失格!」



そう呟いて、俺は帰路についた。

ほんの少しゆっくりと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る