「アイツにだけは、手を出さないで下さい」
アタシはずっと、一人だった。
――「うわっ」「め、目合わしたらダメだよ」「こわ……」――
教室に入ったら、そんな視線。
愛明女子高校は普通科と工業科がある。
アタシは進学したかったから、普通科の方を選んだ。
周りは、自分と正反対の見た目の奴らばかり。誰もアタシに近付かない。
結局高校になっても何も変わらない。
《――「お母さん……」――》
中学のことだ。
母親が病気で死んでからアタシは荒れた。
親父ともクラスメイトとも接し方も分からなくなって、ひたすらに拒絶した。
どうにもならない現実が嫌で、意味もなく家に帰らない時も学校をサボることも多くなった。
普通から逸脱した、世間が言う“不良”になったんだと思った。
だからこそ。
「――浮かない顔してどないしたんや?」
屋上で授業をサボっていたら、掛かってきた声。
ねちっこい関西弁が特徴的な、どことなく狐っぽさがある細目の彼女。
「私は
掛けられた優しい声。
アタシは、自然と彼女に心を許してしまって。
きっとそれが間違いだったんだ。
☆
愛明女子高校の廃校舎。
先生も寄り付かないその場所が、彼女達の集会所だった。
「私らは『ローズガーデン』っつーチームや」
「去年作ったばっかやけど……“逸話”通り向かってきた先輩も他のチームも返り討ちにして敵なしや。今は君らみたいな一年取り入れて急成長。多分ココらじゃ最強やで?」
「で――そんなローズガーデンに入るんやったら欠かせへんもんがある」
その名前は、愛明の中で語り継がれる伝説になっている。
昔 、スゲー強い先輩がたった一人で愛名の不良生徒をまとめ上げ、この辺りの不良高校全てを制覇した伝説のチーム。
……通りすがりの工業科が言っていたのを聞いただけだけど。
「コレ。ひと箱吸ってこいや、これ吸ったら“女”の仲間入りやで」
「え……」
「ちなみに初回限定価格で……なんとタダ!」
でも――どこかおかしい。
今のご時世、普通は買えないそれが手の中にある。
その目が怪しく光り。
見れば、他のローズガーデンのメンバーもこちらを向いていた。
「それに空にしたらまた言ってや。近いうちに一年の歓迎会もやるからな!」
意味が分からなかった。
他の1年っぽい奴らは、当たり前のようにそれを吸っている。
バレたら停学じゃすまないのに。
“おかしい”。この空間は。
そう思っていても——
「分かり、ました」
弱いアタシは、そう言う事しか出来なくて。
「っ」
「なんや体調悪いんか?」
「すんません、ちょっと保健室行ってきます」
「そーか。ええで、身体は大事にな」
「……はい」
普通じゃないこの空間。
馴染めないと一瞬で悟って逃げ出した。
決心がつかないまま。
でも――そんな日々の中。
学校をサボって。
一目がない昼間を狙って。
「白昼堂々、未成年喫煙か?」
そんな時に――佐藤に出会った。
初めて、私を真っ直ぐ見つめてくれた彼。
他の男とはまるで違う。
ビッチを自称する変わった奴。
……キスがとんでもなく上手かった。
「初めてだろ? 俺に全部任せていいから」
やがて、誘われる様に抱かれる。
押し倒したのはアタシだったのに、主導権は彼がずっと握っていた。
「お前は“普通”の女の子だよ」
そしてベッドの上。
高校生になって、初めての“
だから。
アタシも、“普通”への一歩を踏み出さなきゃならないと思ったんだ。
☆
「ほーん……チームを抜けたい、か」
翌日の昼休み。
それを言った時、ゾッとする低い声が屋上に響き渡る。
グラウンドではしゃぐ生徒とは真反対の雰囲気。
「お願いします」
「なんや。大事な話があるっつーから一対一になったのになぁ」
「……すんません」
叶さんが、アタシを見て笑う。
「なんや急に。どないしたんや」
「……アタシにはココ、合わなくて」
「はぁ? なんやそれ」
「すんません。お願いします」
「ムリやで」
「え」
あっさりと告げる彼女。
「“吸った”んやろ? 私が渡してるやつ」
「!」
「ごめんけど。それ吸ったらもうお前は『ローズガーデン』や。抜けるとかないで?」
「……吸ってません」
「は?」
「全部あります」
彼が止めてくれたから。
ポケットの中、未使用のライターとタバコ二つを彼女の手に置いた。
「ほー…………嘘付いてたんやな」
「……すいません」
ついに、笑った顔すら見えなくなり。
凍りつくような真顔で、彼女はアタシの頭を掴む。
「ムカつくなあ。せっかく手差し伸べたったのに」
「すいません」
「お前も“あいつら”も、どこまで行っても社会のゴミやで? 諦めて楽になろうや」
「……っ!」
「かはは! なんやその顔。腹立つなぁ」
初めてアタシは、彼女を睨んだ。
反抗の意思。
もう遅いのはわかっていても。
「すいません。やめさせて下さい」
「……はぁ。しゃあない……一年の歓迎会はやめや」
「え?」
「やめるんやったらケジメがいるやろ?」
「!」
ケジメ。
ドラマでしか聞かないような言葉。
それが、当たり前の様に彼女の口から出ている。
「一年最強決定は後回し。一年全員からのリンチで手を打ったろか」
「……っ」
「なんや?」
「分かり、ました」
「……ほーん」
抜けられるのならそれで良い。
今までの、甘ったれた弱い自分への罰だと思えば。
だから——それを受け入れる。
「へぇ。結構キモ座っとんのな」
「……」
「つまらんなぁ——“台本通り”やったらココで泣き叫んでたんやけどなあ」
そう言いながら、彼女は笑っている。
気味が悪かった。
そして、嫌な予感がした。
「しゃーない。お前——“オトコ”おるんやろ?」
「……!」
「聞いたで。コンビニの男店員やってな?」
「な、なんでそれを。アイツは関係ない!」
「かはは。そうか、無関係か。じゃあどうなってもええな?」
「ちが——」
「そのオトコ、私に
ニヤニヤと笑う叶。
「そうしたら、“リンチ”は勘弁したるで?」
痛いのが好きなわけがない。
あの一年のチーム全員から、ひたすらに殴られるなんて……想像出来ない。
未知の恐怖。
アタシの身体は、めちゃくちゃになってしまうかもしれない。
……でも。
「アイツにだけは、手を出さないで下さい」
アタシの恩人である彼には。
アタシを変えてくれた佐藤だけは。
彼女の毒牙に、掛かってほしくない。
「フッ。そーかそーか。かっこええな、東瀬?」
「……ありがとうございます」
「じゃー今日20時に——○×駅前で集合な」
「分かりました」
「変なコトしたら、“彼”は終わりやで」
「はい」
本当に楽しげに、彼女は笑う。
「今夜は楽しいお前の“送迎会”や。逃げんなよ?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます