「アイツにだけは、手を出さないで下さい」


アタシはずっと、一人だった。



――「うわっ」「め、目合わしたらダメだよ」「こわ……」――



教室に入ったら、そんな視線。

愛明女子高校は普通科と工業科がある。


アタシは進学したかったから、普通科の方を選んだ。


周りは、自分と正反対の見た目の奴らばかり。誰もアタシに近付かない。

結局高校になっても何も変わらない。



《――「お母さん……」――》



中学のことだ。

母親が病気で死んでからアタシは荒れた。

親父ともクラスメイトとも接し方も分からなくなって、ひたすらに拒絶した。


どうにもならない現実が嫌で、意味もなく家に帰らない時も学校をサボることも多くなった。


普通から逸脱した、世間が言う“不良”になったんだと思った。

だからこそ。



「――浮かない顔してどないしたんや?」



屋上で授業をサボっていたら、掛かってきた声。

ねちっこい関西弁が特徴的な、どことなく狐っぽさがある細目の彼女。



「私はかなう。良かったら話聞くで?」



掛けられた優しい声。

アタシは、自然と彼女に心を許してしまって。


きっとそれが間違いだったんだ。





愛明女子高校の廃校舎。

先生も寄り付かないその場所が、彼女達の集会所だった。



「私らは『ローズガーデン』っつーチームや」


「去年作ったばっかやけど……“逸話”通り向かってきた先輩も他のチームも返り討ちにして敵なしや。今は君らみたいな一年取り入れて急成長。多分ココらじゃ最強やで?」


「で――そんなローズガーデンに入るんやったら欠かせへんもんがある」



その名前は、愛明の中で語り継がれる伝説になっている。

昔 、スゲー強い先輩がたった一人で愛名の不良生徒をまとめ上げ、この辺りの不良高校全てを制覇した伝説のチーム。


……通りすがりの工業科が言っていたのを聞いただけだけど。



「コレ。ひと箱吸ってこいや、これ吸ったら“女”の仲間入りやで」

「え……」


「ちなみに初回限定価格で……なんとタダ!」



でも――どこかおかしい。

今のご時世、普通は買えないそれが手の中にある。


その目が怪しく光り。

見れば、他のローズガーデンのメンバーもこちらを向いていた。



「それに空にしたらまた言ってや。近いうちに一年の歓迎会もやるからな!」



意味が分からなかった。

他の1年っぽい奴らは、当たり前のようにそれを吸っている。

バレたら停学じゃすまないのに。


“おかしい”。この空間は。

そう思っていても——



「分かり、ました」



弱いアタシは、そう言う事しか出来なくて。



「っ」

「なんや体調悪いんか?」

「すんません、ちょっと保健室行ってきます」

「そーか。ええで、身体は大事にな」

「……はい」



普通じゃないこの空間。

馴染めないと一瞬で悟って逃げ出した。


決心がつかないまま。

でも――そんな日々の中。


学校をサボって。

一目がない昼間を狙って。



「白昼堂々、未成年喫煙か?」



そんな時に――佐藤に出会った。

初めて、私を真っ直ぐ見つめてくれた彼。


他の男とはまるで違う。

ビッチを自称する変わった奴。


……キスがとんでもなく上手かった。



「初めてだろ? 俺に全部任せていいから」



やがて、誘われる様に抱かれる。

押し倒したのはアタシだったのに、主導権は彼がずっと握っていた。



「お前は“普通”の女の子だよ」



そしてベッドの上。

高校生になって、初めての“友達ダチ”はそう言ってくれた。


だから。

アタシも、“普通”への一歩を踏み出さなきゃならないと思ったんだ。





「ほーん……チームを抜けたい、か」



翌日の昼休み。

それを言った時、ゾッとする低い声が屋上に響き渡る。


グラウンドではしゃぐ生徒とは真反対の雰囲気。



「お願いします」

「なんや。大事な話があるっつーから一対一になったのになぁ」


「……すんません」



叶さんが、アタシを見て笑う。



「なんや急に。どないしたんや」

「……アタシにはココ、合わなくて」


「はぁ? なんやそれ」

「すんません。お願いします」


「ムリやで」

「え」



あっさりと告げる彼女。



「“吸った”んやろ? 私が渡してるやつ」

「!」

「ごめんけど。それ吸ったらもうお前は『ローズガーデン』や。抜けるとかないで?」

「……吸ってません」

「は?」

「全部あります」



彼が止めてくれたから。

ポケットの中、未使用のライターとタバコ二つを彼女の手に置いた。



「ほー…………嘘付いてたんやな」

「……すいません」



ついに、笑った顔すら見えなくなり。

凍りつくような真顔で、彼女はアタシの頭を掴む。



「ムカつくなあ。せっかく手差し伸べたったのに」

「すいません」


「お前も“あいつら”も、どこまで行っても社会のゴミやで? 諦めて楽になろうや」

「……っ!」


「かはは! なんやその顔。腹立つなぁ」



初めてアタシは、彼女を睨んだ。

反抗の意思。

もう遅いのはわかっていても。



「すいません。やめさせて下さい」

「……はぁ。しゃあない……一年の歓迎会はやめや」

「え?」

「やめるんやったらケジメがいるやろ?」

「!」



ケジメ。

ドラマでしか聞かないような言葉。

それが、当たり前の様に彼女の口から出ている。



「一年最強決定は後回し。一年全員からのリンチで手を打ったろか」

「……っ」

「なんや?」

「分かり、ました」

「……ほーん」



抜けられるのならそれで良い。

今までの、甘ったれた弱い自分への罰だと思えば。


だから——それを受け入れる。



「へぇ。結構キモ座っとんのな」

「……」


「つまらんなぁ——“台本通り”やったらココで泣き叫んでたんやけどなあ」



そう言いながら、彼女は笑っている。

気味が悪かった。


そして、嫌な予感がした。



「しゃーない。お前——“オトコ”おるんやろ?」

「……!」

「聞いたで。コンビニの男店員やってな?」

「な、なんでそれを。アイツは関係ない!」


「かはは。そうか、無関係か。じゃあどうなってもええな?」

「ちが——」


「そのオトコ、私に寄越よこせ」



ニヤニヤと笑う叶。



「そうしたら、“リンチ”は勘弁したるで?」



痛いのが好きなわけがない。

あの一年のチーム全員から、ひたすらに殴られるなんて……想像出来ない。


未知の恐怖。

アタシの身体は、めちゃくちゃになってしまうかもしれない。


……でも。



「アイツにだけは、手を出さないで下さい」



アタシの恩人である彼には。

アタシを変えてくれた佐藤だけは。


彼女の毒牙に、掛かってほしくない。



「フッ。そーかそーか。かっこええな、東瀬?」

「……ありがとうございます」


「じゃー今日20時に——○×駅前で集合な」

「分かりました」


「変なコトしたら、“彼”は終わりやで」

「はい」




本当に楽しげに、彼女は笑う。




「今夜は楽しいお前の“送迎会”や。逃げんなよ?」

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