第7話 決着は新しい始まり

「……解りました。回復薬もたくさんありましたし、気絶するまで続けさせてもらいます」


 静かな宣言と共にセーラが幾度目かになる突撃を仕掛けた。 


 上空からの急降下攻撃。


 まるで鳥が水面の魚を捕らえようとするような動きでジンクに襲い掛かる。


(正直、単純で助かった)


 直撃すれば確実に倒されるであろう攻撃に、けれど勝利を確信したジンクは即座に行動を開始する。


「なっ!」


 仰向けに寝転んだのだ。


 突然の、けれども非常に効果的なジンクの体勢にセーラの顔が驚愕に歪む。


 セーラの攻撃は肩や腕といった、比較的高い箇所にしか当たっていない。


 おまけにジンクが地面を転がると、追撃せずに必ず上空で体勢を整えるまで待つのをジンクは見抜いていたのだ。


(魔弾とかも使ってこなかったし、地面スレスレを攻撃し難いんだろうな)


 先程も触れたが、浮遊魔術には超高度な魔力制御が必要になる。


 一見、自由自在に飛び回っているように見えても、そこに何かしらの制限。


 例えば他の魔術は使えないだとか、低過ぎる場所まで制御出来る自信がなかったとしても何の不思議もない。


(これで詰みだ!)


 そして狙い通りに仕掛けてきた急降下突撃にジンクは身構える。


 もしこれが水平方向の突撃なら寝転がったところで素通りされた挙句、警戒されるだけで終わっただろう。


 けれど急降下では話がまるで違う。


 斜め下への降りる動きに加え、地面との激突を避ける為に空へ上がる動きがある。


 この動きの切り替え時に弧を描く訳だが、当然真っ直ぐ突き抜けていけばいい水平突撃と違い、大きく減速しなければならない。


 被弾の心配もなく待ち構えられるなら、その減速時に捕まえる事なんてジンクには訳ない事であった。


(さあ、来い!)


 今の今まで反撃一つせず無様に転げ回り、温存していた魔力をジンクは集中させる。


 迎撃態勢は万全。


 減速するなり慌てて急停止するなりすれば、そこを狙い撃ってジンクの勝ちだ。


 だが――


「舐めないで下さい!」


 セーラは勢いのまま身体を上下反転させて蹴りの体勢を取ったかと思うと、減速するどころか逆に加速。


 地面に激突する事なんてお構いなしに捨て身でジンクを仕留める事を選ぶ。


 当たれば確実に戦闘不能。


「ああ、そういう可能性も考えていたぜ!」


 けれどジンクに焦りはない。


 慌てる事無く拳を地面に叩き付けると――


 魔力の込められた拳が大地を抉り、爆発でもしたかのように砂煙が巻き上がる。


「このくらいで!」


 一瞬で視界を奪われるセーラ。


 だが、それでも彼女は一切怯まない。


 ジンクが寝転がっていた場所に迷う事無く蹴りを叩き込む。


 何かが爆発したかのような轟音。


 セーラの狙いは完璧だった。


 寸分違わずジンクが寝転んだ場所、しかも頭のあった部分へと蹴り込んだだろう。


「居ません……」


 けれどジンクは既に移動した後だったらしい。


 セーラの蹴りは地面を抉り、余計に砂煙を増やしただけだった。


「はっ!?」


 そこで今の自分が完全な無防備状態に陥っていた事に気付いたセーラは、慌てて防御を固める。


 セーラの強さは『捉えられない事』、その一点に尽きる。


 高速で動き回り相手を翻弄し、動かない時は空に居たからこそ一方的に攻撃が出来たのだ。


 動きを止め地上に降りた今この瞬間こそ、ジンクにとって最大の好機だった。


「?」


 けれど、セーラの予想に反して攻撃どころか何も来ない。


(向こうも私を見失っているです?)


 ジンクとセーラ、二人が巻き上げた砂煙のせいで視界は皆無に近い。


(居場所を知られない為に、私が先に動くのを待っているのでしょうか?)


 それなら今の内に飛び上がれば仕切り直せる。


 そんな考えがセーラの頭を過ぎった瞬間――


「!」


 セーラのすぐ傍から何かが飛び上がり、砂煙に紛れ空へと昇っていく。


「させません!」


 それが先に頭上へ陣取ろうとしたジンクだと即座に判断したセーラは、全速力で飛翔する。


 いくらセーラが速いとはいえ、正面から突撃してくるだけならジンクは簡単に対処出来ていただろう。


 ジンクを中心に円を描くように高速で動き回っていたからこそ、反撃させる事なく好き勝手翻弄出来たのだ。


 けれど、上から見下ろされるように構えられてしまえば、正面から迎え撃たれるのと何ら変わりはない。


 おまけに速度に乗る前とあっては、狙い撃ちして下さいというようなものだ。


「甘いですよ!」


 だが、そんな事をセーラは許さない。


 先に飛び上がられた事なんてお構いなしとばかりに、あっという間に追い抜いて上空へと舞い戻る。


 あまりに飛行速度が違い過ぎた。


(もう少し速く飛ばれていたら危なかったです)


 先に上を取られていたらば、勝負は解らなかっただろう。


 あるいは砂煙の中、不意打ちされても危なかった筈。


 しかし、ここは既にセーラの独壇場とも言える空の上。


 セーラは落ち着きを取り戻し、万全の態勢でジンクを迎え撃つ。


「惜しかったです、けどこれで終わりです」


 後はジンクが砂煙を抜けた瞬間を狙って確実に撃ち落とせば終わり。


 空中浮遊は出来なくても軌道くらいは変えてくるるかもしれないというセーラの警戒を裏切り、砂煙を真っ直ぐ突き破ってジンクが――


「え?」


 そこでセーラは初めて目にする。


 自分がジンクだと思っていたものの正体を。


「そんな……」


 魔力で作られた光弾が飛んでいた。


 ジンクの姿なんて、どこにもなかった。


(そうです。空中なら私の方が有利。わざわざ上で迎え撃つくらいなら、視界が悪くても私が地上に居たあの時を狙った方がまだ――) 


 予想外の事態。


 状況の把握。


 そして――


「捕まえたぞ、この轢き逃げ妖精」


 自分が何をすればいいかの判断をセーラがする前に勝負は決まっていた。


 光弾とは別の場所、セーラの死角になる位置から遅れて飛び上がったジンクが、セーラの足を掴んでいたのだ。


「おおおおおおおおおお!」


 そして、雄叫びと共に全力で足を引っ張り、地面に向かって叩き付ける。


「かふっ!」


 何が起きたか理解すら出来ず、背中から叩き付けられて息を吐き出すセーラ。


「トドメだ!」


 ジンクは止まらない。


 躊躇いなくセーラに馬乗りになったかと思うと、そのまま間髪入れずにセーラの顔面へ拳を叩き込む。


「きゃあっ!」


 可愛らしい悲鳴と共にセーラが目を瞑る。


 だが――


「……?」


 いくら待っても想像していた衝撃が来ない事を疑問に感じたセーラは、恐る恐る目を開ける。


「降参、してくれるよな? それともアレか? やっぱり足引っ張るんじゃないですか、なんて皮肉でも言ってみるか?」


 そこには自分の顔直前で拳を止めつつ、冗談交じりに笑うジンクの顔があった。


「いいえ、完敗です。確かにアナタなら私の足なんてわざわざ引っ張る理由がないです」


 自然とそんな言葉を口にしながらもセーラの顔に敗北の悔しさは見えない。


 むしろ、実に晴れ晴れとした表情だった。


「んー、いや、アレだぞ。今だから言うけど割とギリギリだったからな。強さだけで考えたら確かに足引っ張ってでも勝とうと思われても仕方ないかもしれん」


 そんなセーラの態度はジンクの予想とは大分違ったらしい。


 照れ臭そうに頬を掻くとセーラから視線を逸らした。


「そんな事ないです。二手も三手も先を読み、戦いの流れを完璧に制御していました。運が入り込む余地もないくらいの私の負けです。ちゃんと誇って下さい」


 けれど、そんな態度がセーラは不満だったらしい。


「だー、調子狂うなあ。そういう態度が出来るなら、何故最初からしない」


 猛抗議され、逆にジンクの方が戸惑う。


「それはごめんなさいです。私があなたの力を見誤っていたせいです」


「それで力を認めたから、今度は手放しに絶賛ってか? 極端過ぎるだろ……」


「認められる相手を褒める事の何が悪いのです?」


「いや、ほら。仮にも自分を倒した相手だぞ。悔しいとか思わないのか?」


「卑怯者に負けたなら悔しいです。ですが正々堂々と戦って、力が及ばなかったのです。自分の未熟さは確かに悔しいですし恥じるべきですが、相手を認め称える事に何の問題があるのでしょうか?」


 きょとんした様子でセーラが尋ねる。


 どうやら自分の言葉にジンクが何故戸惑っているのか、本当に解らないようだった。


(なんつーか、真っ直ぐ過ぎる……)


 そこまで考えたジンクは、ふとある事を思い出す。


 ――信じられません。そんな卑劣な事を考えられる人の話なんて。


(確かにこんな人間から見たら俺が卑劣に見えるのも仕方ないか……)


 浮遊魔術一本で何の策もなしに戦い敗北したセーラ。


 結局、魔術らしい魔術なんてほとんど見せずに知略で制したジンク。


 卑劣かまでは置いといて――


 どちらがズル賢くスレているかなら、比べるまでもないだろう。


「あの、一ついいですか?」


 考え事からジンクを引き戻したのは、セーラの静かな声だった。


「あ、ああ。なんだ?」


「そろそろ退いてくれると助かります」


 その言葉にジンクは、自分がセーラに馬乗りのままだった事を思い出す。


「と、悪い……」


「いえ。気にしてませんので」


 ジンクが身体を退けると、セーラもすぐに立ち上がる。


 どうやら本当に気にしてないようだった。


(まあ、色々あったが終わりよければ全てよしって感じかねえ……)


 何だかんだ言って、卑劣だの信じられないだのと言われた時に比べれば随分と打ち解けられただろう、とジンクは思う。


 それなら戦いも悪くはなかった、なんて一息吐いた瞬間だった。


「今の内に聞いておきたいのですが、どこを、えーと、何とお呼びすればいいですか?」


「ジンクでいい」


「ではジンクさんで。どこをジンクさんの部屋にしましたか?」


 突然、セーラが脈絡のない質問を投げ掛けてきた。


「ああ、二階の西側の角部屋にしといたが……」 


 入り口が近い方がジンクも楽かと思ったのだが、あまり近いと入り口で着替えているセーラが気になったので、そこにしたのである。


「解りました。夜に伺うので鍵は開けておいてくれると助かります」


 が、そんな事などどうでもよくなる爆弾発言がセーラの口から飛び出した。


「は?」


 え、何コイツ?


 何言ってんの?


 と言いたげにジンクの顔が歪む。


「明日、一日付き合うのでしょう? 同じ部屋で寝ないと開始には間に合わないじゃないですか」


「……はい?」


 再びジンクの表情が歪む。


 顔だけじゃなく、頭の中までも『この少女は何を言っているのだろう?』という言葉で埋まっていく。


「だからですね、一日付き合う為には明日が始まった瞬間には傍に居ないと駄目じゃないですか? それなら一緒に寝るのが確実じゃないです?」


 それとも明日が始まると同時に起こしに来てくれるのです?


 なんてセーラは当たり前のようにジンクに問い掛ける。


「よーし、まずは色々お話しようか……」


 そして、ジンクは気付いたのだ。


(イカン、根本的な事は全く解決してねえ!)


 そもそもジンクとセーラの二人が揉めたのは、貞操観念とかを含めた色々な常識にズレがあったからであって――


 力が認められようが、そのズレは全く埋まっていないのである。


「いいか。年頃の女が夜中にみだりに男の部屋に訪れると大変な事になってだな――」


「ジンクさんに限ってそれはないので安心です」


「んな訳あるか! 俺は超健康優良男児だぞ。可愛い女の子が夜中に尋ねてきたらムラムラだってするわ!」


「下心があるなら私に部屋で着替えろなんて言わず、放置して好きなだけ眺めるでしょう? そうしなかったのは私を心配してくれたからです」


「だからって間違いがあったらどうする気だ!」


「間違い、ですか? よく解りませんが一日付き合うという約束です。その時は仕方ないです」


「仕方なくねえ! そもそも触らないって約束だろうが!」


「何か触る事で起きる間違いがあるのですか? でも触らないであって、私から触れる分には明言されていませんでした。命令されて私からするならどうしようもないのでは?」


「ふざけんなよ! そんな事しねえし、仮にそんな事あったら約束とか無視して全力で抵抗しろよ!」


「約束は約束です、守らないといけません。それにジンクさんが何かしたいなら抵抗なんてしないと思います」


 ジンクさん優しいですし、酷い事はしないと思いますので。


 なんてセーラは付け加える。


「だ、か、ら! その気なんてなかったのに惑わせるような事言うんじゃねえ!」


「? 何が言いたいのです、ジンクさん?」


「そりゃこっちの台詞だ!」


 埒が明かないとは、この事か。


 結局、二人の話し合いは尚も続く。


 ジンクとセーラの不毛な戦いは、始まったばかりだった。

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