第17話 決着は予期せぬ未来へ

「降伏してくれ。この距離じゃあアンタに勝ち目はないぞ」


 攻撃を避けると同時にラネナの背中に陣取ったジンクは、静かな声でラネナに降伏を呼び掛けるが――


「しないわ!」


 叫びと共にラネナは振り向きながら、裏拳気味にジンクに拳を叩き付ける。


 膨大な魔力が込められた一撃。


 今のジンクなら、掠っただけで戦闘不能になるだろう。


「そうか」


 けれど、ほとんど振り回しただけに過ぎない拳を、ジンクはあっさり避けてカウンターの一撃を叩きこむ。


 防御など間に合う筈もなく、ラネナの身体に拳がめり込んだ。


 技術の差は歴然。


 相手にもならない。


 前回、ラネナがこの距離を制したのは、あくまで飛び込んできた相手を迎撃しただけの話でしかなく――


 本人も苦手と宣言していた通り、マトモな接近戦ではジンクの相手にもならなかった。


「アナタの考え方は解らなくもない。確かに魔獣との戦いで死ぬ事に比べれば、イヤらしい事なんて些細に感じるのかもしれないわ……」


 それでも――


 ラネナは諦める事無く打撃を繰り返す。


 無様に腕を振り回し。


 転びそうになりながらも、必死で足を振り上げて。


「けど、だからってあんな純粋そうな子を好き放題弄んでいい訳じゃない! 心だって傷付き、死ぬの! 強さも戦い方も認めるわ! だけど人としてアナタに倒される訳にはいかないの!」


 全てはセーラの為。


 鬼畜男に騙されている少女を救う為に。


(だから降伏してほしいんだよ……)


 適度に反撃しつつ、ジンクは困ったように顔を歪める。


 今更言うまでもなく。


 ラネナは使う魔術や戦い方からして、どう考えても一対一の試合向きのものではない。


 おそらく警備や防衛の為に鍛え上げており、積極的に試合なんてする人間ではない筈だ。


(もう少し違う出会い方をしていれば――)


 それなのに初めて会ったばかりのセーラの為に、試合をしているだけでなく――


 これ程の決意で戦い続けているのだ。


 たとえ全てがまるっと勘違いであったとしても。


 必要以上に傷付けたくはなかった。


「あっ――?」


 その優しさに似た、けれど優しさからは遠過ぎる甘さが隙を生む。


 実のところ、ジンクはそろそろ限界であったのだ。


 【愛の告白】が想像以上に効いていた上に無理をしまくったせいか、一瞬だけだが意識が飛び、前のめりに倒れ込む。


 ちょうどラネナの前に蹲るように。


「っ! 叫べ――」


 ラネナは接近戦が苦手なだけで、決して反射神経が悪い訳ではない。


 ジンクが立ち上がるより早く魔術の動作に入ると――


 渾身の魔力を込め、その名を叫ぶ。


「【愛の告白】!」


 高々と魔力の塊が打ち上がる。


 まるで天を貫かんばかりの勢いで放たれたその魔術は――


 地面に転がっているジンクには、掠る筈もなかった。


「あっぶねえ……」


 【愛の告白】が放たれる直前。


 ジンクは無理に立ち上がろうとせずラネナの足に手を伸ばし、引っ張って倒していたのだ。


 倒れながら放たれた魔術は、地面に転がるジンクではなく、空という見当違いの方向へと放たれていたのである。


「くっ、こんな……」


 普通の人間なら、足に手を伸ばされた時点で気付いて避けていたかもしれない。


 けれど、ラネナには普通の人間にはない大き過ぎる胸があった。


 そのせいで足元があまり見えなかったのである。


「ちょっと痛いぞ!」


 もはや悠長にしていれば、どうなるか解らない。


 倒れたラネナが起き上がる前に、ジンクは拳に魔力を込めると――


 ラネナの右胸に向けて叩き付けた。


「かはっ!」


 そこにあるのは魔核。


 魔力を司る臓器で、脳と心臓に匹敵する生物最大の急所だ。


 魔核に強い衝撃を与えられた場合、一時的な機能障害を引き起こし、魔力欠乏に陥り昏倒する。


「……やったか?」


 ジンクは反撃に備えつつ、ラネナの顔を覗き込む。


 大き過ぎる胸のせいで、正確に魔核を打ち抜けたか自信がなかったのである。


「――――」


 ジンクの心配をよそに、ラネナは完全に気絶していた。


 数分は意識を取り戻さないだろう。


「勝者、ジンク・ガンホック!」


 ジンクが勝利を確信した途端。


 見計らったように壮年の講師が勝敗を告げる。


「ふう、疲れたあ……」


 ジンクはもう立って居られないとばかりに、ドスンと腰を下ろす。


 実際、体力は限界。


 もう少し何かあれば勝敗は変わっていただろう。


「いやあ、実にいい試合だった。新入生とは思えない素晴らしい動きだったよ」


 気配一つ感じさせる事なく壮年の講師がジンクの傍に現れたかと思うと、膝を付き、健闘を称えるようにジンクの肩へと手を乗せてきた。


「はあ、ありがとうございます」


 褒められているというのに、ジンクは怪訝そうに返事をする。


「ところで――」


 というのも、肩に置かれた手に妙に力が込められていたからだ。


 嫌な予感が悪寒となって、ジンクの身体を走り抜けていく。


「エイムズ君との事で聞きたい事があるのだが、指導室まで来てもらおうか?」


 その予感は正解だった。


 有無を言わさぬ口調で面貸せや、なんて壮年の講師が語り掛けてきたのだから。


「……はい」


 嫌だなんて言える訳もなく。


 ジンクは疲れ切った身体に鞭打ち立ち上がる。


 どうやら勘違いから始まった戦いは、まだ終わっていないようだった。

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