第18話 お説教

 さて。


 壮年の講師に治療され、すぐに意識を取り戻したラネナだが、念の為に医務室へ。


 そして、ジンクとセーラの二人は、オルビス魔術学園、本館にある指導室に連れていかれたのだが――


「三百年前、異界の勇者の手によって魔王が倒され、かつては多く存在した討伐者組合の多くは魔術学園に代わっていった。これが何故か解るかね?」


 怒り心頭といった様子の壮年の講師に、よく解らない質問を受けていた。


「魔王が倒され、魔獣の活性化が収まったから?」


(セーラとの話が聞きたいんじゃなかったのか?)


 脈絡の読めない質問に疑問を抱きつつ、それでも記憶を頼りにジンクは自信なさげに返答する。


「確か大災害の中でも最大のモノとされていて、存在するだけで全ての魔獣や魔族を強化、活発化させるという特性を持っていると本で読んだ事があります」


 そんなジンクの言葉を、大災害という言葉を交えつつ補足するセーラ。


 大災害。


 それは人類存亡の危険性さえあると言われる災害現象の事である。


 大陸を抉り地形さえ変えていく巨大な魔力の渦、魔の竜巻。


 何らかの原因で狂った龍達が人々を襲った狂龍の行進。


 数多くある大災害の中で、もっとも人類を滅亡近くまで追い詰めたとされる厄災。


 それが魔王の出現であった。


「そのとおり。活性化した魔獣の前には結界は慰め程度の役にしか立たず、常に魔獣の迎撃に向かわなければならなかった。その為、非効率と解っていながら、戦える者なら誰でも魔獣討伐に赴かなければいけなかった暗黒の時代だったそうだ」


「はあ……」


「だが、異界の勇者達の活躍によりそんな暗闇の時代は終わりを告げ、これからは少しでも死傷者を減らしたい。未熟な者、あるいは無謀な者が命を落とすのを減らしたい。そんな願いから組合は異界に倣い、学園へと姿を変えていった」


 実戦と共に成長すると言えば聞こえはいいが、それで生き残れる者なんて極僅かだ。


 そして、その僅かの生き残りさえ怪我や無理が祟り、異常な速さで身体や心を消耗させていく。


 そうして人材が使い捨てられていく事に、昔の人々は歯止めを掛けたかったのだろう。


「それもこれも全て、前途ある若者の未来を憂いての事だ。解るかね?」


「はあ。何となくは……」


 ジンクは生返事で壮年の講師の声に答える。


 言葉の意味が理解出来ないのではない。


(この人はわざわざ呼び出して何が言いたいんだ?)


 理解出来ないのは、わざわざ学園の歴史を話す理由である。


 わざわざ指導室に連れてきてまで話ではない筈だ。


「学園の成り立ちを知った時は震えたものだ。確かに魔獣を討伐し、今を守る事は大切だ。だが、未来の為に新しい芽を育て導く事も同様に尊く大事な事なのだと」


「はい」


「そして私は討伐員だった仲間達の反対を押し切り、講師を目指した。戦う力があるのに腰抜けだ腑抜けだ何だと言われながら、それでも時代を担う者達を守り育てたかったからだ」


「立派な話です」


 セーラが感心したように声を上げる。


「有難う。生徒にそう言って貰えると報われる思いだ」


 嬉しそうに壮年の講師は顔をほころばせた。


「そんな私の一番の抱負は平民の不当な扱いの改善だ。確かに貴族の方が優れた者が多い。生まれながら魔力の量が違うのだ。それは仕方ないだろう。だが、平民にも優れた力を持つ者がいる。それを埋もれさせておくのは大きな損失だと、私は生徒や他の講師の反対にあおうと主張し続けてきた」


(それでも平民が施設使えない上にあんな辺鄙な場所が住処って事は、よっぽど反対の方が強いんだな……)


「そんな中、入学試験を乗り越えた平民が今年は二人も出ただけでなく、初日から自らを高める為に試合を行っているではないか! なんて向上心のある将来有望な人材なのだろう! などと私は自分の方針が間違ってなかったと不覚にも涙を流しそうになったものだよ」


 賭けの条件もちょっとした逢引き程度にしかならないだろうと、微笑ましく思ってさえいたと付け加え講師は話を続けていく。


「それが裸を見ただの、組み伏せただの、好き放題楽しんだなどとラネナ嬢から報告された私の気持ちが解るかね!」


「それは何というか、申し訳ありません」


 さすがにジンクもこれには心底、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


 そんな報告が届いた日には、目も当てられない思いだったろう、と。


「君達は我が学園に何を求めてやってきたのだね! 結界に守られた平和な日々か? 異性との出会いか?」


「それは――」


「違うだろう! 魔獣と戦う為の力と知恵、そして競い合える好敵手を求めてではないのか!」


 何か言おうとするジンクの声を遮り、講師は言葉を続ける。


「金の為、将来の為。あるいは魔獣達への復讐の為かもしれない。理由なんて何だって構わない。それでも何より力を求めていたからこそ、この競争激しいオルビス魔術学園を選んだのではないのか!」


(無駄話が多過ぎる!)


 要するに――


 お前らは乳繰り合う為に学園に来てんのか!


 この学園舐めてんじゃねえぞ!


 という感じの話らしい。


「理事長も黙ってないで何か仰って下さい!」


 言いたい事は言い終えたのか。


 部屋に居る最後の一人。


 無言で座り続けていた女の方へ壮年の講師は視線を向ける。


「どうせいつものラネナ嬢の早とちりだろうに。不満なら、さっさと神の審判にでも掛けちまえばいいじゃあないか」


 理事長という割には随分と若く見える女は面倒臭さを隠す様子も見せず、気だるげに告げるが――


「神の審判ですって!」


 そんな理事長とは対照的に、壮年の講師は驚愕の声を上げた。


 神の審判とは複数の魔術師が居なければ使えない儀式魔術の一つ。


 文字通り、対象に罪があるかどうかを神に乞い、黒だと判断された場合、神直々に裁きが降るというものだ。


 この裁きで直接死んだ事例はなく、大体は罪の大小に比例して苦痛を与えられるなり魔力を封じられるのだが――


 今回の件が誤解でなくジンクが無理やり乱暴していたのなら、魔力を数年完全に奪われていただろう。


「理事長! それで本当にふしだらな事をしていたらどうするつもりですか!」


「その時は結界の外にでも転がしときゃあいいさ。それこそ神がお許しになれば、生き残れるさね」


「実質死刑と変わらんでしょう、それ!」


「他に影響を及ぼす前に悪の芽は摘むに限る。変異種や魔獣の群れが発生して、総出で街を守らねばならない事態になった時、身勝手に戦う馬鹿が一人でも居たらどうなる? そんな可能性のある奴なんざ、さっさと死んだ方が世の為だ。違うか?」


「…………」


 壮年の講師は苦い顔をするだけで何も言わない。


 全面的に肯定こそし難いが、それでも概ね賛成ではあるのだろう。

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