第19話 良い事をしても恥ずかしい年頃
「そもそも、こいつらの試合が成立した時点で十中八九、白だろうに。あの凝り性の研究馬鹿と、融通利かない正義厨が七面倒臭い手間暇掛けて作った契約の効果は知ってるだろうに」
「契約?」
依頼や商談、婚姻などで好んで利用される魔術形式の一つだ。
大体は魔術式を描いた紙に、契約者同士の署名や血を入れる事で成立する。
この契約者同士のという部分が曲者で、例えば契約内容を偽って署名したり、血をどこかから入手して使おうと術は成立しない。
お互いが契約内容を理解し、同意と共に署名するなりした時点で初めて発動する術なのだ。
「おうさ。生徒手帳にも書いてある筈だが、さてはお前さん、説明聞くより実際に試してから考える人種だね?」
私と同じだね、と理事長は付け加え話を続けていく。
「神の裁定によく似た魔術が試合の申請には組み込んであってね。少なくとも申請が通った試合は、えーと、どの神だったか……」
「天秤と公平の神です、理事長」
「そうそう。とにかく不正だなんだのを大層嫌う神様が認める程度には、問題ない試合って事さ」
(いや、あっさり言ってるが――)
神の力を借りる以上、通常の魔術とは比べ物にならない制約がある筈だ。
それに加えてジンクのように契約魔術が掛かっている事に気付いてない者にさえ、学生手帳から申請するだけで魔術を成立させるには、どれだけの知識や技術が必要なのか。
ジンクには想像する事さえ出来なかった。
「現にラネナ嬢がそっちの小僧に試合を何度も申し込もうとしてたみたいだが、一回も通りやしなかった。そっちには通知すらいってないんだろう?」
「え、ああ……」
底知れないオルビス魔術学園の力を垣間見て戸惑うジンクだが、突然、同意の言葉を求められ生返事で頷く。
「申し込み内容見れるが見てみるかい? 何というかラネナ嬢らしくて、ちょっと笑えるよ」
言いながら理事長は返事も聞かずに学生手帳によく似た魔道具、おそらく教師用の生徒手帳のような物をジンクに見せてきた。
「うわあ……」
目に飛び込んできた内容にジンクは思わず声を上げる。
『悪逆非道のジンク・ガンホックに裁きを
破廉恥男へ鉄槌
セーラ・エイムズ救済の為の戦い
騙されている少女へ救いを』
など、大体こんな感じの申請が、軽く見積もって数十件書かれていたからだ。
「これで申請が一切通らないって事はだよ、正しさを愛する神様的には、鬼畜で外道な変態男も、それに騙されている哀れな少女も居ないって事さね」
そもそも、そういう邪なものを試合に持ち込もうとした時点で、神から罰を受けるようになっているさね、と理事長は付け加える。
「ですが、それならセハルナ君の方にガンホック君を陥れようとしていると神から何かしらの罰が与えられてもおかしくないでしょう? これだけ申請を続けられるという事は、完全なでっち上げではないという証明でもあります」
「その辺の話を聞く為に呼び出したんだろうに。ほら、またグダグダと言い出す前に事情を全部話してもらおうじゃあないか」
「実は――」
ようやく釈明の機会が与えられたジンクは、大よその事情を話し始める。
「そこ違います。確か――」
しかし、セーラを庇おうと細部を誤魔化そうとする度にセーラ本人から訂正が入っていく。
そして――
「要約すると何かい? 入り口で着替えていたセーラ嬢に常識や楽しみを教えたかった?」
「裸を見たのは大体エイムズ君のせい。組み伏せたのも試合の事。一日付き合うと言っても服を買って食事したり映画を見に行ったりと至って健全……」
全てを説明し終えた時、二人の大人は唖然とした表情でジンク達を見詰めていた。
「お前さん、タマはちゃんと付いているのかい? そこまでいったら据え膳と割り切って、美味しく頂いちまおうって思わないかい?」
かと思うと、珍獣でも見るような目で理事長はジンクに問い掛ける。
「理事長! 何て事を言うんですか!」
「いや、だってさあ、これはないさね……」
無理やりやったとかの部分だけ誤解で、もう一発や二発決めていると期待してた私の気持ちはどうなる、と理事長は言う。
「食べられたら私死んじゃいますし、再起不能になるから契約的に無理なのではないですか?」
理事長の言葉が理解出来ないのか。
セーラが疑問を口にするが――
「いいかい、嬢ちゃん。美味しく頂くってのはそういう意味じゃなくて――」
「止めて下さい、理事長!」
楽しそうに教え始めようとする理事長の言葉を、壮年の講師が慌てて遮った。
「いや、でも真面目な話、知らなさ過ぎるのもヤバイだろう? どうだい、ここは一丁、私とアンタで実演してみせるってのは?」
「何馬鹿な事を言ってるんですか。大体、私にも選ぶ権利くらい――」
「あ、私じゃ不満だってか?」
壮年の講師の言葉を遮って、理事長が睨み付ける。
本当に睨み付けただけで魔力を出した訳でも、それ以上の何かをした訳でもない。
(マジか、これ……)
それなのに魔獣の群れに囲まれた方が遥かにマシだと思える程の恐怖が、ジンクの全身を走り抜けた。
「軽めとはいえ本気の殺気まき散らさんでください。生徒が怯えているでしょうが」
「誰も怯えて――」
咄嗟に言い返そうとしたジンクだったが、そこで初めて自分が戦闘態勢を取っていた事に気付いた。
「これで決まりさね。自分が構えた事にさえ気付かなった癖に嬢ちゃんを守ろうとしてんだ。少なくとも大事にしているのは間違いないだろうさ」
そして、背中にセーラを庇った事も言われて初めて気付く。
「ああ、なるほど。咄嗟に逃げ出してもおかしくないというのに、大したもんです」
「ジンクさん……」
壮年の講師からは称賛の声。
セーラの方は尊敬の眼差しを向けているくらいの事は、背後で表情が見えなくたってジンクにも解る。
(……恥ずかし過ぎる)
だが、自分に向けられた訳でもない殺気に本気で危機を感じて反応した自分が情けなくて。
無意識にセーラを庇ったという事が年頃の男的には何か気恥ずかしくて。
ジンクは所在なさげに俯いた。
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