第20話 下手すりゃ退学

「これで解決。解散、と言いたいところなんだけどねえ――」


 そこで理事長は教師用の手帳をチラ付かせる。


「これがなけりゃあ、私だってアンタ達がいかがわしい事をしたと思い込んだろうさ。騒がせた責任くらいは取ってもらおうじゃあないか」


「どうしろと――」


「まずは自分達でラネナ嬢の誤解を解きな。と言っても、試合で勝ったから好きに命令出来るんだろう? 黙って暫く話を聞いてくれ、とでも命令すればいいさ」


 事実確認までは私達の仕事だが、それ以上やってやる義理はないさね、と理事長は言う。


「解った」


 自分で蒔いた種くらいは自分で刈れ、という事ならジンクに文句はない。


 迷う事無く頷く。


「そしてこっちが本題だが――」


 そこで言葉を区切ると、値踏みでもするような目で理事長はジンクを見詰めた。


「問題起こすだけで見込みのない人間なんざ、ウチには要らないからね。とりあえず一月以内に銅級まで昇級してもらおうかね」


「銅級……」


 階級は石・鉄・銅・銀といった具合に上がっていく。


 試合や依頼などをこなし、一定の功績値を得る事で上がっていくのだが――


「鉄級と違って、銅級からは昇格条件が加わる。それについては知ってるかい?」


「ああ。功績値が一定以上である事と鉄級を無敗で五人倒す。その後で銅級に一勝だよな?」


 強さと同様に求められるのが安定性だ。


 ジンクも言っていた通り、学園における試合とは本来、魔獣との戦いの為の予行練習という意味合いが強い。


 マグレで強い相手を倒せる事より、同格の相手を安定して倒せる事の方が評価されるのは道理というもの。


「ああ、解ってるなら話は早い。銅級になれたら今回の件は全部水に流そうじゃないか。代わりにさっき言ったとおり、問題起こすだけで見込みのないヤツはウチに要らない。出来なきゃ退学さね」


(……いや、実際に手出したとかならともかく、誤解でこの処分は重過ぎね?)


 内容自体は理解したものの、到底納得出来るものではない。


 少し遅れてジンクが確認しようとするが――


「理不尽です! 話を聞いた限り、彼に非らしい非はなかった。むしろ実に誠実な対応で褒められこそすれ、こんな罰のようなものを与えていい訳がありません!」


 それより早く壮年の講師が声を上げていた。


 どうやらジンクの感覚は間違いではなかったらしい。


「忘れちゃいないかい? 私は平民排斥派だよ? 確かに偶に何か色々間違ったような人材が居る事自体は否定しやしないが、クソの役にも立たない外れの方が圧倒的に多いのも事実なんだ。間引ける時に間引くに限る」


 けれど、抗議なんて知ったあこっちゃないと言わんばかりに、理事長は聞き流す。


 これはもう決定事項だと言わんばかりに。


「つまり外れの俺はさっさと間引きたい、と」


 ジンクは思わず口を挟んでいた。


 当人が目の前に居るというのに、あまりに軽んじてくれるじゃないかと腹が立ったからだ。


「それが解らんから証明しろって言ってるのさ。ラネナ嬢に勝ったのがマグレじゃないってんなら、そう難しい話じゃないと思うがね……」


「待って下さい! それなら私が――」


 そこで黙って話を聞いていたセーラが声を上げる。


 そもそもの原因は自分にあると自覚していたのだろう。


 セーラには珍しく必死の形相で主張するのだが――


「嬢はいいさ。その年で浮遊魔術使えるなんざ、貴族でも天才とか神童とか言われる連中だけさね。将来有望な当たりのは解ってる」


 なんなら、私の養女にでもなるかい?


 貴族寮に移る手続きだってしてやろうじゃないか、と理事長は付け加え話を続ける。


「けど、そっちの坊は解らない。さっきの反応といい、嬢達に勝てた事といい、変に戦い慣れているのは認めるけど、大した魔力を秘めているように見えんし、どうにも判断し難いのさ」


 どうにも平民は解り難くていけないね、なんて理事長は頭を掻いた。


「とはいえ、これじゃあ選択がないも同然なのは事実だろう。勝てたら褒美くらいは上げようじゃあないか」


「褒美?」


 平民が理不尽な扱いを受けるのは、半ば当たり前だとジンクは思っている。


 だからこそ、この申し出に逆に驚いて聞き返す。


「おうさ。あの亡霊館じゃあマトモな食料なんて一つもありゃしないだろう? 他の物資だって薬関係省けば最低限の物しかない筈さ。今日から一月以内に銅級になれれば将来性ありと見込んで、アンタが在籍している間は物資を届けさせようじゃあないか」


 どうだい、悪い内容じゃないだろう?


 と理事長は提案する。


「ああ、解った。それでいい」


 元々、なるべく早く昇級したいと思っていたジンクに断る理由はない。


 むしろ明確な期限や目標が出来て丁度良いとばかりに、ジンクは二つ返事で了承した。


 けれど、それ以上に――


(当たりかどうか証明しろ、だあ? 上等じゃあねえか)


 どうせ外れだろうと言わんばかりの理事長の態度が、ジンクの心に火を点けていた。


 気が逸り無意識に拳を握り締める。


 その時だ。 


「ジンクさん……」


 不安そうにセーラがジンクの服の裾を掴んでいた。


「ごめんなさい」


 そして、振り向いたジンクと目が合うなり悲しげに謝罪の言葉を口にする。


 自分のせいでジンクが学園を去るかもしれない。


 それなのに何も出来ない自分が悔しくて。


 謝罪の言葉を言わずには、居られなかったのだろう。


「そう深刻そうな顔するなって。期限以内に銅級になればいいだけだろう?」


「でも、私のせいで……」


「話聞いてなかったのか? そもそも隙あれば見込みのない平民なんて間引きたいって言ってただろうが。どうせ何もなかったって適当な難癖付けられて似たような事になってたさ」


 そうだろう、とジンクは理事長に視線を向ける。


「まあそうさね。討伐か迷宮探索でもさせる予定だったが、それに比べれば随分と安全な方法になっちまったねえ」


 試合なら少なくとも死ぬ事はないさね、なんて気楽な調子で理事長は言う。


「そういう事だ。かえって良い結果になったみたいだぞ」


「ですけど――」


 尚も申し訳なさそうにするセーラに、ジンクは笑顔を向けた。


「むしろ感謝したいくらいだ。出来るだけ早く階級上げたいと思ってたから、功績値を稼げる良い機会だしな」


(元々、平民だと舐めて喧嘩吹っ掛けてきたヤツと戦う予定ではあったし)


 そして、面倒臭い事にならずに済んだと心から礼の言葉を告げる。


「解りました。絶対昇級するって信じてます」


 嘘の感じられないジンクの言葉に一先ずは納得したのだろう。


 まだ少し心配そうにしつつも、セーラはそれだけ言って引き下がる。


「それじゃあ頑張りな」


 話が終わったとみたのだろう。


 理事長は最後にそう告げて、二人に退出を促し――


「ああ。言われなくても」


 特にこれ以上の話もない二人は、そのまま部屋を後にしたのだった。

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