第6話 轢き逃げ天使、セーラ
さて。
手帳の連絡機能を使って模擬試合の申請をしたところ、本当にあっさり、ものの数秒で申請許可の通知が返ってきた。
二人は館内から場所を移し、庭に出て戦う事にしたのだが――
(いきなり試合か。どのくらい、やるんだ?)
ジンクは不安で僅かに顔を曇らせる。
戦いにおいて一番重要なのは、相手の戦力の把握だとジンクは思っている。
だというのに、会ったばかりでセーラの実力が全く解らないのだ。
何の情報もない初見の相手との戦いは、さすがに不安を覚えずには居られない。
(弱い筈がない)
何せオルビス魔術学園の入学試験を突破したからこそ、この寮に居るのだ。
そして、この寮に居るからにはジンクと同じく平民なのは間違いないが、それは逆を言えば魔力に劣る平民でありながら、貴族を打ち倒した強者であるという事。
そりゃあ勝って当たり前の平民だし楽勝で勝てるだろうなんて思い込んで、相手が油断した可能性もあるが――
(負けそうになれば全力を出して抗うだろうし、逆に全力を出させずに倒し切るにも相応の力が必要……)
それでも追い詰められば、必死になる筈。
何せオルビス魔術学園の入学試験は、一度しか受けられない。
貴族によっては、この試験に落ちた時点で家を追い出される事もある程の人生に関わるモノなのだから。
(それに食い物とかに興味ないくらい魔術にしか興味ねえんだ。それでこのオルビス魔術学園に居る奴が、弱いって事はねえだろ!)
はっきり言ってワクワクしていた。
村の中でマトモに戦えるのなんてジンクだけ。
対人戦なんて入学試験が久しぶりで、落ちれば全て終わりと解っていながら、それでも興奮を抑えられずには居られなかったのに――
また戦い競い合える機会が、こんなにも早く巡ってきたのだ。
これで滾らないジンクではない。
「それではどちらかが降参するか気絶するかで決着、でいいですね?」
「ああ、それでいいぜ」
それでも興奮を心の中だけで抑えて、努めて冷静にセーラの言葉に頷く。
わざわざ相手に付け入る隙を見せてやる必要はない。
そのくらいの感情の制御が出来る程度には、ジンクは戦いには慣れていた。
「…………」
お互い示し合わせたように距離を取ると無言で向かい合う。
手をどれだけ伸ばしても届かない程度には遠い距離。
けれど魔術師同士の戦いにおいて、決して安心など出来ない間合い。
「いきますよ」
先に動いたのはセーラだった。
「なっ……」
何の予兆も感じさせる事なく、ふわりとセーラの身体が宙に浮かぶ。
(浮遊魔術!?)
ジンクが驚くのも無理からぬ事と言えるだろう。
例えば高速で身体を飛ばすだけなら、そこまで難しい事はない。
溜め込んだ魔力を足裏で一気に爆発させるなりして、自分の身体を吹き飛ばせいいだけだ。
だが宙に浮かぶ、そして自在に飛び回るともなれば難易度は格段に跳ね上がる。
ほんの少し浮かぼうとするだけでも魔力の調節が難しく、すぐに吹き飛んでしまうし、仮に浮かび上がれても平衡感覚を保てずに、クルクルと回転し墜落するだろう。
それこそ緻密にして繊細な魔力制御がなければ、到底出来ない芸当。
世界でも使える人間は少なく、セーラくらいの年齢で使えるともなれば両手の指で数えられるくらいしか居ないかもしれない。
だが――
(しまった!)
驚きを表に出したのは完全に失敗だった。
一瞬、得意げにセーラが微笑んだかと思うと、両腕を顔の付近に交差させ、頭突きでもするような姿勢でジンクに向かって猛然と飛び込んできたのである。
「ちぃっ!」
馬どころか矢さえ連想させる高速突撃。
ジンクは身体を捻り寸でのところで回避すると、その勢いのまま身体を反転させ、通り抜けていったセーラへと向き直る。
(速過ぎる!)
だが振り返った時にはセーラは既に遥か遠く、手の届かない位置。
しかも素早く旋回し、二度目の突撃を始めていた。
「クソが!」
咄嗟に飛び退いて直撃だけは避けたものの、それでも完全に回避するには至らない。
肩口に掠めるように当たった衝撃だけで吹き飛ばされそうになったジンクは無理に踏みとどまろうとせず、身を任せて倒れ込むと勢いそのまま地面を転がる。
「どうしました? 足なんて引っ張らなくても私に勝てるんじゃなかったんですか?」
ジンクが立ち上がり、体勢を整えた時にはセーラは遥か上空まで浮かび上がり、ジンクの事を見下ろしていた。
(強いな……)
上空のセーラを魔術で撃ち落とせるか、試す気はジンクにはない。
何せ掠めただけで吹き飛びそうになるほどの威力があったのだ。
下手に攻撃に意識と魔力を割いている時に、あの突撃が当たれば一撃で倒されても不思議ではなかったし――
「何だ、攻撃全部避けられたのにもう勝った気か。随分自信家だな」
まだ勝負は始まったばかり。
一か八かの勝負をしなければいけない程、追い詰められてなんかいないからだ。
「自信家なのはアナタじゃないですか。そういう言葉は反撃の一つでもしてから言ってください」
言葉と共にセーラが再び突撃を開始する。
時に水平に貫くように。
時に斜め上から弧を描くように。
縦横無尽に攻撃を繰り返す。
「どうしました? 逃げてるだけじゃないですか」
自由自在に飛び回るその姿には、空を駆ける鳥達さえ教えを乞いたくなるかもしれない。
そう感じてしまう程に、淀みない流麗な動きだ。
「ったく。意外に厄介なもんだな、この轢き逃げ攻撃……」
対するジンクは防戦一方。
接敵と離脱を繰り返すセーラを捉える事が出来ず、触れる事さえ出来ていない。
直撃こそ免れているものの、掠めた攻撃が身体を刻んでいく。
(的が小さ過ぎる……)
というのも、速さもそうだがセーラの突撃姿勢が厄介なのだ。
頭から真っ直ぐ飛んで来られると、セーラが小柄な事を抜きにしても想像以上に狙える場所が小さい。
おまけに頭の前で交差している両腕が攻撃と防御の役割を果たしているから、余計に攻撃箇所は狭くなる。
(それでこの速さだからな。参るぜ……)
考え事をしている最中でもお構いなしに行われるセーラの突撃。
それをギリギリのところで避ける事に成功したジンクは舌を巻く。
轢き逃げ攻撃とジンクが表現したように――
何とか攻撃を避けても、そのまま高速で遠くへと飛んでいってしまうのだ。
これでは反撃のしようもなかった。
「いい加減止めにしませんか?」
その降伏勧告の言葉が放たれたのは、何度目かになるか解らない程のセーラの突撃を、地面に転がる事でかろうじて避ける事にジンクが成功した時の事だった。
「これ以上、無駄に怪我をする事もないでしょう?」
ジンクが立ち上がり構えた時には既にセーラは遥か上空。
まるで余裕でも見せ付けるかのようにジンクを見下ろして話し掛けてくる。
(おまけに掠り傷どころか汚れ一つなし、か……)
対照的に。
セーラを見上げるジンクの姿は満身創痍というべきものだ。
腕や肩は突撃が幾度となく身体を掠めて擦り傷だらけだし、何度も地面に転がったせいで全身土塗れ。
ボロボロという言葉がこれ程に似合う姿も珍しい。
これでは降伏を勧めたくなるのも無理からぬ事と言えるだろう。
「おいおい、馬鹿言うなよ……」
けれどジンクは不敵に微笑んだかと思うと――
「勝負はこれからだろ? それとも負けるのが怖いなら、降参してくれてもいいぜ」
逆に挑発するような表情でセーラに降伏の言葉を返すのだ。
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