第5話 精神的引き籠もり系少女

 さて。


 空き部屋に荷物を置いたジンクは買い出しに向かおうとしたのだが――


(本当にここで暮らす気なんだな……)


 入口付近に置いた机に向かい、本を読んでいるセーラが目に付いた。


「街に買い出しに行くけど、ついでに買ってきて欲しい物とかあるか?」


 別に大した理由などない。


 単に目に付いたから、善意というよりもモノのついででしかなかったのだが――


「大丈夫です。あってもアナタには頼みませんから」


 セーラが妙に引っかかる断り方をする。


「あ、ああ。別にないなら無理に捻りださなくてもいいが……」


 気になりはしたものの、追求するほどの事でもない。


 軽く流して買い物に向かおうとしたジンクであったが――


「私達は蹴落とし合う競争相手でしょう? 買ってきた物に何か仕込まれても困りますから」


 さすがにこの物言いは聞き流せなかった。


「俺がそんな事するように見えるか?」


「しない理由がないじゃないですか。それじゃあどうして、わざわざ関係のない私の買い物を代わりにしてくれるのです?」


「街に行くついでで大した手間じゃないからだろ」


「理解出来ません。それでアナタにどんな得があるのですか?」


「得がなければ、その程度の事もしたら駄目ってか?」


「そうは言いませんけど、信用出来ないのは確かです」


「じゃあ何か? お使いに行ってきてやる代わりに駄賃寄越せとか、裸見せろとでも言ったら満足なのかよ」


「あ、いいですね、それ。凄く解りやすくていい感じです」


 そして、このセーラの返答にジンクの中で何かが切れる音がした。


「精神的引き籠もり人間不信かよ!」


「えっと……。仮に私がその精神的引き籠もり人間不信、ですか? そうだったとして、アナタに何か関係がありますか?」


「全く関係ない。関係ないが気に食わん!」


「ええ……。そんなアナタの気分で干渉されても困るのですが……」


「大体だなあ、仮に駄賃渡したからってそれを持ち逃げするとか、それでも何か仕込むかもしれんだろ?」


「アナタは……そんな酷い事をする人なのですか……」


 ここで初めてセーラが引いた目でジンクを見た。


 それどころか、目だけじゃなく物理的にも二歩ほど下がっていた。


 まるで臭い物でも鼻に近付けられたかのような対応である。


「しねえよ! ただ相手が約束を守るかは結局解らんだろうが……」


「ちゃんとお互いに利益がある約束や契約は守られるものではないです?」


「そんな真面目なヤツばっかりだったら世界はもっと平和だろうよ」


「そう、なのですか……」


 セーラは酷い衝撃を受けた顔を見せたかと思うと、がっくりとうな垂れる。


 その落ち込み様は、まるでこの世の信じられるもの全てを失ってしまったかのようだった。


「いや、そういうヤツも居るって話な。勿論俺は違うぞ? 約束とかは極力守るようにしてるからな?」


「信じられません。そんな卑劣な事を考えられる人の話なんて」


「卑劣って……」


(いやいや、普通だろ。むしろどんだけ純粋なんだよ……)


 どこか無機質で効率主義。


 それは間違いなさそうではあったが、それ以上に無垢というか、見た目以上に子どもっぽい部分もあるようだった。


「殊更に私に話し掛けてきたのも私の訓練や研究の邪魔をするのが目的だったのですよね? 悔しいですが見事です。そんな風には見えなかったので油断していました」


 そんな感想をジンクが抱いている間に、どうやら彼女の中で完全にジンクは悪人に決定したらしい。


 事実無根の言いがかりを、まるで完璧な答えでも導き出したかのように呟く。


「舐めんな」


 さすがにこの決め付けには、ジンクもカチンと来ていた。


「足なんて引っ張らなくたって勝てる相手にそんな事するか。それこそそっち風に言うなら、わざわざ引っ張る理由がない」


 思わず喧嘩を売るような言葉が口から飛び出す。


「勝てる、ですか」


「ああ、勝てるさ」


「では試合をしましょう」


「試合?」


「私が勝ったら必要以上に私に干渉しないで下さい。玄関で私が着替えても文句は言わせません。とにかく私の邪魔をしないで下さい」


「いや、だからって勝手に勝負とかしたら問題になるだろ」


(入学して早々、退学になんてなりたくもないしな)


「アナタは規則を読んでいないのですか?」


「ああ。まだ読んでない」


「オルビス魔術学園は力と実績を重んじています。余計な揉め事や一方的な押し付けを避ける為、無許可の試合こそ禁止されていますが、申請さえすれば試合自体はむしろ積極的に行うように推奨されていますよ」


 ほら、見て下さいとセーラは手帳をジンクに突き付ける。


 そこに載せられている試合に対する規則を要約するとこうだ。


『建物や周りに被害を出さないなら、いくらでもどこでも戦っていい、むしろ戦え。


 双方の同意があれば、勝敗に何らかの取り決めや賭けをするのも張り合いがあって実に良い。


 ただし双方の同意があっても駄目なものは駄目。


 その辺は別項目にて説明。


 致命的な怪我を避ける為、功績値や階級が近い者同士以外の試合は硬く禁ずる』


「マジだ……。さすがオルビス魔術学園……」


(武闘派にも程があるだろう)


 とジンクは思いつつも、入学試験を考えれば納得の内容でもあった。


「どうします?」


 ここで断れば自信がないように見えるだろうし、足を引っ張ろうとしたという言葉を肯定するのと大して変わらない。


「上等だ。だったら俺が勝ったら言う事聞いてもらうからな」


 それなら答えは一つだと解りにジンクは戦う事を宣言する。


「それは価値が釣り合ってなさ過ぎます。死ねとか言われても困りますし、ちゃんと決めて下さい」


 だが、勢い任せの言葉をセーラは許してくれなかった。


「……解った。じゃあ俺が勝ったら、今後ちゃんと部屋で生活しろ。後、明日一日俺に付き合え。その一日の間は言う事聞いてもらうぞ」


「その一日の間に私を再起不能にしたりは――」


「しねえよ! じゃあ一切触れない。魔力もぶつけない。道具を使っての攻撃もしない。それでどうだ?」


「解りました。それなら大丈夫です」


 こうして二人は戦う事になったのであった。

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