第36話 最初で最後のチャンス

「いやあ、マジで感心するわ! もう走る事さえ出来んだろうに、よく耐えてるもんだ! そこまでいくと、スゲエ通り越して変態的だわ!」


 高らかな笑い声と共にカワズが魔弾を放つ。


 勝ち誇るような声とは裏腹に、速さも並なら威力も並の平凡な攻撃。


「アンタの魔弾がしょぼいだけだ。こんなのラネナ先輩に比べたら、ゴミみたいなもんさ」


 けれど、痺れが全身に回り始めたジンクには驚異の一言でしかない。


 軽口を叩いてこそいるものの、避ける事もマトモに出来ず、防御して耐えるのが精一杯。


 じわじわと体力を削られていく。


「確かにアイツに比べれば俺の魔弾なんてゴミ同然だろうな。認めてやるよ」


「そんな苦手な魔弾じゃなくて、自慢の魔術を活かせる距離まで近付いて来ないのか? そうすりゃあ、すぐにでも終わらせられるだろう?」


 このまま魔弾を喰らい続けても、ジンクは動けなくなる筈だ。


 それならばとばかりに、せめて反撃出来る距離にでも誘い込みたいのか。


 挑発するようにカワズに言葉を投げ掛けるが――


「これでも楽して鉄級にしがみ付いてんじゃねえんだ。解らないとでも思ったか?」


 まるでジンクを甚振る事を楽しむようにしていたのが嘘のように表情を一転。


「お前の目はまだ死んでねえ。昨日のあの子みたいに勝ち目がないと解って戦い続けてる人間とは違う。まだ打つ手がある、そういう希望を持った目をしてやがる。そんな奴に近付いてやる程、自惚れちゃいねえよ」


 その手には乗らないとばかりに、ジンクを睨み返した。


(本当に抜け目ねえな、この人……)


 圧倒的優位に立っているにも関わらず、まるで油断しないカワズの姿に。


 ジンクは内心、舌を巻く。


(甘く見てたのは俺の方だったか……)


 セーラを傷付けられた怒りに任せ、叩き潰してやろうなんて安易に試合を挑んでしまった。


 自力こそあるが、結局はセコイ事しか出来ない。


 隙を突く機会はいくらでもある筈だと、内心どこかで侮ってしまっていた。


「俺が大技使う瞬間でも狙ってんのか?」


 そんな予想とは真逆の性格。


 むしろセコいと感じさせる程の繊細さこそ、用心深さの現れ。


 強さ以上に注意を払うべくは、過去の恥を晒してでも負けたくないという執念なのだと、ジンクは思い知らされる。


「確かにその瞬間に全部の魔力叩き込めば、もしかしたら障壁抜けるかもしれねえもんな」


 今だって分析を欠かさず負ける可能性を塗り潰していく。


 障壁の特性的な弱点。


 生物は防衛本能として、無意識の内に魔力の何割かを使って、全身に防御障壁を常に張り巡らせている。


 けれど、無意識という事は逆に本人の知らない内に弱くなったり強くなったりするものであり、カワズの【亀の甲】もその特性を持っているのだが――


 そこにさえカワズは細心の注意を払っていた。


「昨日のあの子に障壁破られた件もあるしな。悪いが、てめえが倒れるまでじっくり攻めさせてもらうぜ」


 僅かな穴さえ塞ぎ、確実に勝利を引き寄せる。


 だからこその鉄壁。


 この強かさを貫く事こそ、カワズ・イノナカという男の戦いなのだ。


(……マズい、目が霞む)


 距離を保ったまま、地味な魔弾の攻撃は尚も続いている。


 それは残り僅かになっていたジンクの体力を確実に削り取り――


 ついにジンクの身体が傾いたかと思うと、ドサリ、と音を立て地面へと崩れ落ちた。


「ようやくか。随分粘ったもんだ……」


 ジンクが倒れるのを確認すると同時に、カワズがほっと息を吐く。


 この戦い、初めて見せた隙らしい隙。


(今だ!)


 その瞬間、ジンクが飛ぶ。


 セーラやラネナとの戦いで見せた高速移動。


 魔力を爆発させ、自分の身体を拭き飛ばすこの移動形式に体勢は関係ない。


(ここをしくじれば勝利はない!)


 多少の距離など無にする程の速さでカワズに迫ると、抉るように一撃を加える。


(よし!)


 狙いどおりと言わんばかりにジンクが会心の笑みを浮かべた。


 けれど、そこが限界だったのか。


 痺れた身体では着地する事もままならず、吹き飛んだ勢いのまま地面に激突。


 ゴロゴロと転がり、カワズの居た地点から遥か遠くで止まる。


「カワズのヤツは――」


(どうなった?)


 痺れだけでなく体力も限界なのだろう。


 ジンクは立ち上がる事も出来ず、座った姿勢でカワズの様子を確認する。


 果たして――


「なるほど」


 カワズは無傷だった。


 新しく作られた障壁がカワズの身体を完璧に守っていたのだ。


「勝ったと思った瞬間が一番油断するって言うものな。そこを突いての一発逆転狙いか」


 ラネナも使っていた、掛け声なしの魔力行使である。


 わざと隙を見せたのだ。


 ジンクの切り札を確認する為に。


「何か凄い隠し玉でも持ってんのかと警戒して損したぜ。期待外れもいいトコだわ」


 もはや立っている事も出来ないのか。


 膝を付いて座った姿勢で自分を見詰めるジンクに、カワズは目を向ける。


 けれど――


「なら、その期待に応えてやるよ」


 ジンクが笑う。


 身体はボロボロ。


 座った姿勢にも関わらず足はガクガクと震え、今にも倒れる寸前だ。


 だというのに。


 勝利は決まったと言わんばかりに。


 力強く、自信に満ちた笑みを口元に浮かべていた。


「強がりを――」


 そこでカワズは言葉を止めたかと思うと走り出す。


 この試合、初めて見せる焦った表情と共に。


(アレは何かヤベェ!)


 彼の戦士としての直感が告げていたからだ。


 次の攻撃が放たれた瞬間、自分は負けるだろう、と。


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