第37話 それは異界の獣の名

(あんな鬱陶しく魔弾撃たれながらじゃ出来ない技だからな……)


 自分に向かって駆け出すカワズを尻目に、ジンクは心を落ち着かせ技に集中する。


 そもそもジンクが隙を窺っていたのは、攻撃する為ではない。


 魔弾を撃たれ続ける状況から、脱出する機会を待っていたのだ。


(欲しかったのは距離と時間……)


 カワズの攻撃は老獪だった。


 確かに魔弾自体は鉄級の中では平凡以下の性能しかなかっただろう。


 けれど頭や足などに上手く魔弾を散らしながら撃っていた。


 そうでなければ、いくらジンクが痺れた身体とはいえ、防御に専念しなければならない程、鬱陶しくはなかった筈だ。


(技に集中する為、どうしても離れる必要があった)


 だからこそ、今まで耐えるしかなかった。


 けれど、もはやジンクを縛るモノは何もない。


 最大の攻撃を放つ為、ジンクは魔力を研ぎ澄ませていく。


(思い出すよ、先生)


 そんな中、頭を過ぎるのは遠い日の記憶。


 当時、どうしても魔弾を上手く撃てず、暴発して怪我ばかりしていた頃の思い出。


『パン生地想像するといいかもね。距離を伸ばしたかったら細く長く、威力を上げたかったら太く短く、魔力を練り上げるといいの』


 漠然と魔力、魔力と言うばかりで魔力の認識が曖昧だから、操作が下手なのだと先生はジンクに指摘する。


 その時、想像し易いモノとして、教えてくれたのがパン生地であり――


 当時から自分でよくパンを焼いていたジンクは、その感覚と重ねる事でようやく魔弾を扱えるようになっていった。


(もし頭くらいの大きさのパン生地があったとして、爪くらいまで凝縮しようとすれば、どうなるか?)


 そんなある日、ジンクはふと疑問を覚える。


 威力を上げるには、何よりも魔力量。


 次にどれだけ距離や速さといった無駄な魔力消費を省いて、威力だけに集中させるか。


 というのが常識だが、そんな理屈を知らずに想像と感覚で使い方を覚えたジンクだからこそ、それらに縛られない魔力の扱いがある事に気付いた。


『いい。もう二度とこんな無茶な使い方しちゃ駄目よ』


 試した結果は大爆発。


 地面は大きく球状に抉り取られ、中心地に居たジンクは死ななかったのが不思議なくらいの大怪我を負い、先生には二度と使うなと禁止された技。


(でもさ、仕方なかったんだよ)


 子どもを守ろうとした変異種との戦い。


 どれだけ攻撃しようとも捕まえられないジンクを食べるのを、変異種は諦めたのだろう。


 突如、ジンクを無視して、一直線に子どもへと向かいだした。


(相打ちか。せめて少しでも動き止められればって思ったんだけどな)


 子どもだった頃の魔力でも、死に兼ねない程の威力があったのだ。


 それから更に成長した魔力なら、跡形も残らず吹き飛ぶだろう事は予測出来ていた。


 けれど――


(奇跡ってヤツかね?)


 成長した魔力制御のお陰か。


 それとも死の間際という極限状態がもたらした集中力の影響か。


 ジンクはその暴れ狂う魔力の制御に成功したのだ。


(助けに戻ってきてくれた先輩達、驚いてたよなあ)


 いくら子どもを助け生き残ったのだとしても、逃げ回っていただけの人間を友人が認めるだろうか?


 むしろ、今回は偶々助かっただけ。


 大怪我する前に辞めろ。


 と、本気で心配して必死で止めようとするのが、マトモな友人というヤツだろう。


(まさか、倒せちゃうとはな……)


 その答えが、この技だ。


 村付きになる程の熟練した魔術師でさえ、増援を求め逃げるしかなかった変異種。


 何百発もジンクが攻撃しても掠り傷一つ負わなかった相手を一撃で仕留めた、ジンク唯一の魔術名を持つ技。


「貫け――」


 それは異界の獣の名。


 世界最高峰の美食の一つである龍を食した異界の勇者が、最高級のそれよりも美味しかったと比較に出された、この世界で最も有名な異界の獣。


 食べられる魔獣は強ければ強い程、美味というのが定説。


 龍と比較にされるその獣の強さは、どれ程のものなのだろうか。


「【シュバルツシュヴァイン】!」


 異界への憧れと希望が込められたその名を、ジンクが叫ぶと同時に――


 圧縮された魔力が一直線に解き放たれた。


 


   〇   〇


 


 全てを呑み込まんとばかりに放たれた暴力的な魔力の奔流。


「防げ、【ラーテルの盾】!」


 即座にカワズは反応し、魔術を行使する。


 長時間効果が持続する【亀の甲】と違い、一瞬しか発動しない代わりに絶対的な防御効果を持つカワズの切り札。


(ま、そうなるわな……)


 だが、その最強の盾は一秒も保たずに砕け散る。


 防ぐまでもなく解っていた事だ。


 この技を出すのを止められなかった時点で自分が負ける事は。


(どこを間違えた……)


 カワズの敗因。


 それは――


 油断さえしていなければ、ジンクの攻撃くらい絶対に防げるという前提で立ち回ってしまった事。


 切り札があると予測出来たなら、確認なんてせずに出させる前に倒す事こそ勝利への最善策。


 けれど、鉄級最硬と呼ばれる防御に対する自信。


 どれだけ戦いを構造化しようとしても、捨て切れなかったカワズの戦士としての誇りが、皮肉にも敗北へと繋がってしまった。


(これ死なねえよな?)


 迫りくる暴力的なまでの魔力の奔流に。


 不思議とゆっくり感じる世界の中で、カワズは本能的な恐怖を覚える。


『ねえ、アナタ。異界では身の程知らずを表す言葉なのでしょう? いくら家名を含んだ言葉を見付けたからって、そんなモノを息子に付けるのはどうなのかしら?』


 死を意識した瞬間。


 ふと脳裏に浮かぶのは覚えのない記憶。


『上は天井知らず。知ってしまうと、どうしても届かないって思って諦めちまうからな』


 映像なんてない。


 どこか若く聞こえる両親の声だけが頭に浮かんでくる。


『それなら上なんて知らなくていい。ただ自分自身に負ける事無く、堂々と伸び伸び生きてほしいのさ』


『ですが――』


『それにな。案外そうやって自分の限界さえ決めずに歩き続けてたら、気付いた時にはトンデモナイ人間になれてたりするもんだしな』


『信じてるんですね、この子の力を』


『そりゃそうさ。お前と俺の息子だぜ? 凄いヤツになるに決まってんだろ』


 そうして響く両親の笑い声。


 それは楽しそうというより穏やかで幸せそうで。


「はは……」


 何故か笑いと共に涙が出てくるのを感じながら――


(こりゃ、とんだ親不孝者だな)


 カワズは魔力の奔流に呑まれたのであった。

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