第38話 決着の果てに

「やった、か?」


 息も絶え絶えになりながら、無意識の内にジンクの口から期待の声が漏れる。


 ジンクの放った魔術はカワズだけでなく、観客席を守る結界さえ砕いて突き進んだ。


(いくら防御に自信があっても、変異種さえ一撃で仕留めたんだ。耐えられる訳がない……)


 土煙に塗れ、カワズの姿は確認出来ない。


(早く消えてくれ!)


 もう意志を保つので精一杯。


 仮にカワズが満身創痍であったとしても、立って動けるならジンクの負け。


 気絶していたとしても、砂煙が晴れるのに時間が掛かれば、ジンクも気を失い相討ち扱いになるだろう。


(早く!)


 縋るようなジンクの願いなど知らないとばかりに、ゆっくりと砂煙が晴れていく。


「マジ、かよ……」


 カワズは立っていた。


 もはや気絶まで秒読みでしかない程に疲れ果てているジンクは己の敗北を意識し、倒れ込みそうになるが――


 そこで気付いた。


「…………」


 カワズは立ったままの姿勢で、完全に白目を剥いて伸びていた。


 治療しない限り、暫くは寝たままだろう。


「勝者、ジンク・ガンホック!」


 高らかに審判である講師の声が響き渡る。


 その瞬間――


「ジンクさん!」


 浮遊魔術を使い、文字通りセーラがジンクの元へと飛び込んでくる。


「ゴフッ」


 それは限界すら超えて気力で動いていたジンクの意識をあっさり刈り取り。


 ジンクも白目剥き出し人間の仲間入りをしそうになったところで。


「ああ! ごめんなさい、これを!」


 慌ててセーラは持っていた回復薬をジンクに頭から振りかけた。


 飲んでも効果がある回復薬だが、身体に掛けても効果は問題なく発揮される。


 ただ身体に掛からず零れる事を嫌って、大体の人間は飲むだけだ。


「ありがとう」


 即座に振り掛けたのが功を奏したのか。


 失った意識が即座に戻ってくる。


「回復足りてますか?」


 セーラが心配そうに尋ねつつ、新しい回復薬を差し出してくる。


「助かる。正直、全然足りてない……」


 ジンクは迷う事無く回復薬を受け取って飲み干す。


 ――かつて、セーラから渡された回復役で痺れた事なんて全く気にする事も無く。


「あっ――」


 セーラは僅かに驚いた表情を見せるが、それも一瞬。


「やっぱりジンクさんは凄いです! あんな技を隠していたなんて!」


 嬉しさを隠せない様子で、ジンクへ賛辞の言葉を浴びせ掛ける。


「別に隠してた訳じゃないんだがな……」


 そもそもセーラには速過ぎて当てる自信がなかった。


 絶えず攻撃を繰り返してきたラネナやリア充爆発先輩には、技を出す溜めを作る余裕がなくて、撃てなかっただけ。


 動きが遅く、大きく離れてしまえば届く魔弾を使えないカワズ相手だからこそ初めて使える機会があったのだ。


 そして――


(あの技、外しまうと、もうどうしようもないからなあ……)


 実のところ、まだこの技は完成していない。


 そもそも完成というものがあるのかさえ、解らない。


 無理やり魔力を圧縮し、限界が来たら一方向だけ圧力を弱める。


 すると弱めた方向に突き破るように圧縮していた魔力が飛んでいくのだが――


(反動ってヤツなのかな)


 身体への衝撃も物凄いものがあるが、それ以上にこの技を使うと暫くの間、魔術の使用が一切出来なくなるのだ。


 それは回復薬を飲んでも回復してくれず、時間経過以外で回復した事は一度もない。


 文字通り、最後の切り札。


 外せば後がない以上、本当に追い詰められ――


 絶対に外さない状態でしか使用出来ないという、可能ならば使いたくない技であった。


「勝ててよかったよ」


 遠目に見れば隠し持っていた奥の手を、もっと早く使っていれば楽に勝てたように見える戦いかもしれない。


 けれど、仮に用心深いカワズ相手に試合の開始地点を遠間にし、いきなり撃ち込もうものならあっさり避けられて終わっていた筈だ。


「これで思い残す事なく、学園を辞められる」


 紙一重だったとはいえ、どうしても負けたくなかった相手には勝てた。


 セーラやラネナと別れる事になるのは悲しいが、その覚悟はもう済ませている。


 ジンクは努めて冷静に。


 貼り付けたような満足した表情で、セーラに笑い掛ける。


「その、私も――」


 セーラが言葉を詰まらせる。


 ジンクと共に学園を辞め、一緒に付いていきたいとでも言いたかったのかもしれない。


「いえ。その、手紙とか下さい。私もたくさん書きますから!」


 けれど、堪えるように一度口を閉じると。


 未来を想う言葉を告げるのだった。


「ああ。俺も書くよ」


(ありがとう)


 言いたかった言葉を飲み込んだセーラの姿に、ジンクは心の中だけで礼を言う。


 ジンクは辞めたくて、辞める訳ではない。


 力と運が及ばず、仕方なく辞めるのだ。


 それなのに後を追って来られようものなら、自分のせいで学園を辞めさせたという後ろめたさと、情けを掛けられた惨めさに苛まれ――


 二度とセーラの事を真っ直ぐ見れなくなっていただろうから。


「全く、派手にやってくれたもんだね……」


 早めに荷物を纏めておこうか。


 そんな事をジンクが考えた瞬間、一人の女性がやってくる。


 壊れた観客席を眺めつつ眉をひそめて歩いてきた、一見若く見えるが年齢不詳のその女性は――


「ババア」


 理事長である。


 ジンクにだけ課題を設け、課題が達成出来なければ除籍処分になる事を決めた諸悪の根源とも言える相手だ。


「……良い度胸してるね、アンタ」


「ああ、スマン。つい本音がな」


 恨みこそ多々あれ、敬う理由はない。


 おまけに除籍を待つ身とあっては、取り繕う必要さえ感じないのだろう。


「で、なんだ? 期待外れの平民を早めに追い出しに来たのか?」


「結界が壊れたのを感じて、様子見に来ただけでこの扱い。酷くないかい?」


 ジンクの嫌味だらけの言葉に、理事長は落ち込んだように肩を落とした。


「ああ、そいつは悪かった」


 意外に本気で落ち込んでそうな姿にジンクは思わず謝るが――


「いいさ。丁度、そっちの話もしたいしね」


 理事長は素早く切り替えて話を続けようとする。


「言わなくても解ってるさ。もう達成は無理だ。荷物纏めさせてもらう」


 けれど、それよりも早くジンクが言葉を返す。


 わざわざ解り切った事実を突き付けられたくなかったのだ。


「早とちりするんじゃないよ」


「早とちり?」


「後で手帳で確認しな。嬢ちゃんとの試合なら最終的には不成立で無効扱いになってる筈だよ」


「ああ、そうか。無効か」


 それが何の意味があるのか。


 と言わんばかりにぶっきらぼうに返事するジンクだが、そこで気付く。


「無効!?」


 無効という事は、そもそも試合がなかったという扱いになったという事だ。


 それはつまり――


「じゃあ何か! 明日が終わるまでに、銅級一人倒せば俺は辞めずに済むのか!」


 まだ自分の除籍は決まった訳ではない。


 その期待にジンクは興奮のあまり、理事長へと掴み掛かった。


「お、良い反応だね。大人ぶってマセているのも悪かないが、そういう素直な反応してる方が私は好きだよ」


「そんな事はどうでもいいんだよ! それでどうなんだ!」


「その必要はないよ」


「必要は、ない?」


(それは結局、もう除籍は免れないって事かよ……)


 胸倉を掴むジンクの手が僅かに緩む。


「そもそも階級の本質は、その人間に見合った強さはどこかという物差しさね。解るかい?」


「あ、ああ。解るが……」


「鉄級用の結界叩き割るヤツを鉄級に置いておける訳ないだろう? あの防御自慢が相手でも、下手したら危なかっただろうね」


「だから、それはどういう事なんだよ!」


「察し悪い子だねえ」


「……頼む。ちゃんと教えてくれ」


 ジンクだって言葉の意味が本当に解っていない訳ではない。


 ただ諦めきっていたものに、突然手が届きそうなのだ。


 いきなり信じろというのが難しいだけ。


「銅級昇格だよ。出て行きたいってんなら無理に止めやしないが、そうでないなら、わざわざ荷物なんて纏めなくていいさね」


 ほら、離しな。


 なんてぶっきらきぼうな言葉とは裏腹に。


 理事長は優しく自分の胸倉を掴むジンクの腕を遠ざける。


「は」


 ジンクが固まった表情で絞り出すように声にもならない音を漏らす。


 かと思うや否や。


「はははははは――!」


 大きな声で笑い出した。


 それは、まるで何かが壊れてしまったかと心配になる程の勢いで。


 はっきり言って不気味である。


「じ、ジンクさん?」


 これには、さすがにジンク贔屓のセーラも戸惑うしかない。


 声を掛ければいいのか。


 それとも収まるまで放っておいた方がいいのか。


「やった、やったぞ! セーラ!」


 どうすればいいのかと右往左往するセーラに、ジンクは近寄ったかと思うと――


「ジンクさん!?」


 人目を気にもせず、力いっぱい抱き締める。


「俺、辞めなくていいんだってよ!」


 それでも足りないのか。


 まるで高い高いでもするようにセーラを持ち上げると、クルクルと回り始めた。


「ちょ、ちょっと。ジンクさん……」


 セーラは人目を気にするタイプではないのだが。


 人目とか関係なしに、この扱いは好ましくないようだった。


「落ち着くまで好きにさせておやりよ。よっぽど嬉しかったんだろうさ」


 持ち上げられたまま困り顔を見せるセーラを助けようともせず、ずっと欲しかった玩具でも買ってもらった子どものように、はしゃぐジンクを微笑ましそうに見詰める。


「まだまだ一緒に居れるぞ、セーラ!」


 はしゃぎ過ぎなのは、ジンクにだって解っていた。


 それでも気持ちが溢れて止められない。


(今回は、もう諦めなくていいんだ!)


 物心付いた時には両親は死んでた。


 憧れていた先生は、結局帰って来てくれなかった。


 仲間だと思っていた友人は次々と違う道を歩いていった。


 大事だと感じる人間は、自分の傍を離れていく。


 それが生まれ付いてからずっと続いてきた事で、自覚する事さえ出来ないくらいそれが当たり前の常識になり下がり、諦める事に慣れ切っていた。


 その今までの負の常識が覆されそうになっているのだ。


 止められないのも無理ない事であった。


「うぅ……」


 セーラは渋々といった様子で、ジンクにされるがままにされる状況を受け入れる。


 それは決してジンクの昇級を喜んでいない訳でも、高い高いされて子ども扱いされているような気分になったという訳ではない。


(私だって抱き締め返したりして一緒に喜びたいです……)


 自分の中にある嬉しい気持ちを持て余し、手持ち無沙汰になっているだけなのだが――


(あれ?)


 変に冷静だったからか。


 そこである事に気付いてしまう。


「ジンクさんって、もう昇級条件満たしているのですよね?」


「ああ。そうだよ」


 何か気になる事でも?


 と言いたげに、セーラの呟きに理事長が不思議そうに尋ね返す。


「あの、それならどうして――」


 セーラは理事長の方に振り向きもせず。


 ジンクの襟部分を見詰めて言うのだった。


「ジンクさんの記章は鉄色のままなんでしょう?」

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