第39話 まだ終わらない
「あ? 何だって?」
そんなセーラの言葉に理事長は眼鏡を取り出して掛けると――
訝しげにジンクの方を見詰める。
「これは……。一体、どうした事だい?」
本当に予想外の事態なのだろう。
戸惑いながら、ブツブツと状況を推測し始める。
「結界壊す方の条件で昇格したヤツなんて随分居なかったからね。もしかしたら、そっちの設定付け忘れた記章だったのかもしれんね」
学園から支給される記章は階級が上がった事を感知し、自動でその色を変える魔道具だ。
不正防止の為に全てオルビス魔術学園内で作られており、素材の加工から魔術式の組み込みまで全て職員の手で行われている。
「お、おい。それだとどうなるんだよ……」
いつの間にかセーラを地面に下ろしたジンクが、不安を隠せない様子で理事長に尋ねる。
先程までの様子が嘘のように顔は青白く、身体は震えていた。
「この記章と手帳で昇級は管理してるからねえ。このままだと鉄級のままになっちまうね……」
「で、でも。除籍の話決めたのアンタだろう。条件達成したんなら、このまま昇級扱いで在籍でいいんだよな!」
「そう甘い話じゃないさね。そもそも、除籍の条件は平民で他の連中を黙らせられるような特色がないアンタが、この学園に居ても誰から文句を言わせない為に用意したものなのさ」
縋るようなジンクの視線から目を逸らさず、真っ直ぐ見詰めたまま理事長は質問に答えていく。
「それは、どういう――」
「もし何か突つきどころがあったら、そこを追求されて無理やり除籍させられちまうかもしれない。そうさせない為に目に見える文句の付けようのない結果が必要だったのさね」
「……アンタ、実は結構良い人だったのか」
要するに、ジンクを他の人間から守る為に理事長は課題を設けていたのだ。
立場上、全面的に味方すれば逆に依怙贔屓だの何だの言われて、逆にジンクの立場を悪くしてしまう。
そんな中、理事長に出来たのは試練を与え、乗り越えたならばそれに報いる事だけだったのだろう。
「……別に良い人なんかじゃないよ。実際、見込みないヤツがここに居たって、下手すりゃ取り返しが付かない怪我して去る事になるだけさ。それを見るのが嫌なだけだよ」
ジンクから感謝の視線を向けられ、初めて理事長は目を逸らした。
批難や苦情ならいくらでも受け入れるが――
自分は賛辞を貰えるような事はしていないと思っているかもしれない。
「その、何も知らずに邪険な態度を取って悪かった」
理事長にジンクは頭を下げる。
確かに学園側に不手際はあったのかもしれない。
けれど、その怒りをぶつけていい相手には、この理事長はとても見えなかった。
「ああ、そんな弱々しい顔するんじゃないよ! こっちの不手際なんだ。明日までってのが厳しいが、何とか頑張ってみるさね」
怒りのぶつけどころと同時に勢いを失ったジンクが、あまりに小さく見えたのだろう。
シャッキリしなと言わんばかりに理事長はジンクの肩を叩いて、喝を入れつつ話を続ける。
「もし何ともならなかったら、暫く援助だってするし、他の学園への紹介状だって書いてやるさ。だからそんな萎むんじゃじゃないよ!」
その上で、それでも力及ばなかった時の事を保証した。
それは学園側の失敗を考えても、余りある程の対応だっただろう。
「……ありがとうございます」
けれど、その先にジンクが求めたモノはない。
ようやく見付けた仲間との別れがある事には変わりないからだ。
「まだ終わった訳じゃないんだから顔を上げな! こっちの不手際でこんな事言うのは心苦しいが、嬢ちゃんとの試合が無効になった話はしただろう? もう一つの方の条件を達成でもいいさね」
「あ、ああ」
「私は私で精一杯やる。だから坊も最後まで諦めなさんな!」
「ああ!」
(そうだ。理事長が間に合わなくても、明日が終わるまでに銅級一人倒せば誰も文句言えないんだ!)
期限は後一日。
予想外に達成が舞い込んで浮かれた後に落とされたから衝撃が大きかったものの、よく考えれば当初の予定通り。
(まだ終わった訳じゃない! 何を凹む必要がある!)
ジンクは気合を入れ直す為に、自分の顔を音が出る程に叩いた。
その瞬間――
「うんうん、そのとおり。人間諦めが肝心だとは思うが、希望が見えているのに諦めるのは、とてもよくない」
背後から男の声が響いてくる。
(なんだ?)
誰かに話し掛けているというより、独り言のように呟かれる言葉にジンクが振り向く。
「という訳で期限があるんだよね? それまでに誰も相手が見付からないなら、僕が試合の予約したいんだけれど、大丈夫だろうか?」
そこに一人の男が立っていた。
年齢はジンクと同じくらいに見える。
けれど、棒読みにさえ感じる落ち着いた話し方。
おまけに大きな骸骨模様が付いた白衣を着ているせいか、ずっと年上のようにも見える。
奇妙な雰囲気の男であった。
「誰だ?」
気配もなく真後ろに現れた男に僅かな不気味さを覚えつつ。
それでも降って湧いた試合の申し込みに、期待交じりにジンクは白衣の男に言葉を投げ掛ける。
「ああ。いきなりで申し訳ないね。僕はナナシ。ナナシ・ハカナシ。君達の先輩に当たる人間だよ」
ジンクの言葉に白衣の男、ナナシは笑うでもなく、握手を求めるでもなく――
ただ静かに自己紹介の言葉を口にしたのだった。
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