第40話 あの人ことナナシ・ハカナシ



「スマン。申し出自体は有難いが、俺が探しているのは銅級の相手なんだ」


 妙な雰囲気に一瞬呑まれ、申し出を受けようとしたジンクだったが――


 男の胸元に鉄級の記章が輝いているのを確認し、落胆と僅かな苛立ち交じりに答える。


「おや? ああ、そうか。そういえば今の僕は銅級じゃなかったか。これは失礼した」


「いや、別にいいけど……」


(今のって事は前は銅級だったのか?)


 疑問を覚えるジンクだが、それを訊ねるより先にナナシが話を続けていく。


「じゃあ、僕が期限までに銅級になって君に相手が見付からなかったら僕と試合をする、それならいいかい?」


「それは……願ってもない話だが――」


 落ち着いた話し方とは裏腹に、先へ先へと話がドンドン進んで巻き込まれる。


「それじゃあ、そうしようか」


 疑問を差し込む機会もないまま、話が決まってしまっていた。


「えーと、理事長先生。今の銅級への昇格条件ってなんだったかな?」


 それでジンクとの話は終わったとばかりに、理事長へと向き直るナナシ。


「……無敗で鉄級五人撃破に、銅級一人倒せばいいさね」


 どこか親しげに思うほど、気楽に話し掛けたナナシとは裏腹に。


 理事長は面倒臭いヤツが来たとでも言いたげな表情を見せつつ、昇格条件を告げる。


「ん、了解。要は条件に合った相手を六人倒せばいいんだね」


 それなら簡単だ。


 とでも言わんばかりにナナシは告げると――


「試合の募集って手帳でしか出来ないんだったかな?」


「出来なくはないが、その方が早いさね」


「入力がとても面倒臭くて困るな……」


「……条件と内容伝えてくれたら、こっちで申請するさね」


「ありがとう。わざわざ申し訳ないね」


「今に始まった事じゃないから気してくれるなら、もっと別の事を気にしてもらいたいもんだねえ……」


 ほら、条件とか教えな。


 なんて呆れたように呟きつつ、理事長は自分の手帳を操作しながら話し合いを始める。


「二人はお知り合いみたいですね」


「みたいだな」


 ナナシと理事長が話し始め、ジンクが手持ち無沙汰になったからだろう。


 今まで一歩引いて様子を見ていたセーラが話し掛けてくる。


「強いのでしょうか? 鉄級みたいですが……」


「どうも前は銅級だったみたいだが――」


 見た目自体は、それ程強そうに見えない。


 というのも、痩せ気味な上に不健康そうな肌の色をしているのだ。


 白衣と相まって戦闘より研究をしてそうな印象である。


 その上、圧し潰されるような威圧感だとか、切り裂かれるような殺気だとか。


 そういう強者が放つ独自の迫力を全く感じない。


(けど、変な雰囲気はあるんだよな)


 けれど、近付くのを躊躇わせる何か不気味な気配があるのだ。


 どうにも強さを判断するのが難しいかった。


「よし。こんなもんでいいかい?」


「ああ。集まらなかったら、また条件変えた方がいいかな?」


「これで集まらないようなら、うちの学園は終わりだよ」


 ジンク達が観察している間に、試合募集の書き込みが終わったらしい。


 ナナシは試合の申し込みの通知が来る事を待つように、生徒手帳を開いて眺め始める。


「じ、ジンクさん。これ……」


 早速、掲示板を確認したのだろう。


 セーラが戸惑いを隠せない様子で手帳をジンクに見せ付けてくるが――


「はあ!?」


 そこに書かれていた内容に、ジンクもセーラに負けないくらい驚くしかなかった。


 それ程までに、条件がおかし過ぎたのだ。


『鉄級五人・銅級一人先着募集


 試合して頑張った人から順に、この中から好きなモノを一つ選んで進呈


 一角獣の角・天馬の羽・一つ目鬼の金棒・土産屋で買った饅頭・迷宮で拾った綺麗な石・ナナシに命令出来る権利(命令開始から期間は半日)


 その他、応相談』


 最初の三つは入手どころか発見さえ困難な希少な上級素材だ。


 例えば一角獣の角は多くの病気を治す為の薬の素材になり、売れば街に豪邸一つ建ててもお釣りが来るほどの価値がある。


 鉄級どころか銅級の人間でも入手出来るような物ではない。


 ――仮に素材調達の依頼で入手しようとすれば、金級に依頼しても確実に入手出来るか解からない希少素材だ。


(これを勝たなくても試合するだけで渡す?)


 大判振る舞いなんて通り越して、狂気の沙汰だ。


 これだけでもおかしいのに、極め付けとばかりに付け加えられている条件が――


『六対一の団体戦


 勝てば所持している魔武具の中から好きな物を参加者全員に進呈』


(訳が解らん……)


 六人まとめて一度に相手をしようというのだ。


 ジンクの理解を超え過ぎていて、もう何を思えばいいか解らない。


(……確かによく思い出せば無敗で五人倒せって言われてただけで、五連勝しろとは言ってなかった気がするが、こんなの出来るのか?)


 ジンクの疑問は、団体戦が出来るかどうかとか、それで昇級判定が出るのかという部分もある。


 けれど、それ以上に気になるのは――


(六対一で絶対に勝てる程の自信が、この男にはあるっていうのか?)


 だとすれば、ナナシの実力はどの程度なのか。


 不気味なだけで強さなんて感じてなかった目の前のナナシという男が、更に不気味で異様な存在感を増していく。


「やっぱり訓練服着てないですし、凄い人だったりするんでしょうか?」


「そういえば妙に似合ってるから気にしてなかったが――」


 セーラの言葉にジンクは今更、ナナシの服装に疑問を覚える。


 支給されている訓練服は、防護と自己修復の魔術が付与された戦闘服だ。


 下手な戦闘服よりもよっぽど上等な物で、鉄級では訓練服以上の服を用意するのは相当に難しいだろう。


 とはいえ――


「ああ、そういえばアンタ。服はどうする気だい? 銅級未満が対戦相手に居る試合は支給品以外の魔武具の使用は禁止だよ」


「ああ、今はそういう規定なのか。じゃあ試合が始まる前に脱ぐとするよ」


 理事長も言った通り、鉄級以下の人間が居る試合では魔武具の使用は禁止である。


 素材や魔武具を集められる腕や知識は気にした方がいいが、魔武具そのものの性能は気にする必要はない。


「結構、年上の方なのですかね?」


「確かにそんな感じはするな」


 だから二人が気になったのは、ナナシの年齢の方だった。


 発言の節々から長い事この学園に居るような雰囲気が強く感じられ、興味をそそられていた。


「先輩! この条件、本当でしょうか!」


 その疑問の答えのような言葉が、ジンク達の背後から響いてきた。


 最近、聞き慣れた女性の声。


 けれど、聞き慣れない言葉使いに二人が振り替えると――


「……ラネナ先輩ですよね?」


「ああ。ラネナ先輩、だよな……」


 そこには星でも出そうなくらい目を輝かせたラネナが居た。


 あまりにもキラキラし過ぎていて、そういう魔術でも使っているんじゃないかとしか思えない眩しさに、二人は顔を見合わせる。


「試合条件なのだし、守るのは当然だよ」


「で、では! 命令というもので半日だけでも恋人にして頂くというのは――」


 ちょっと見覚えのないラネナの様子に驚くジンク達に気付いた様子もなく、ナナシとラネナは会話を始める。


「半日恋人って意味あるのかい? そんな事より一角獣の角とかの方が――」


「要りません!」


「……契約だからやらない事はないけれど、恋愛に関わる事を、こういう契約で事務的にこなそうというのは、僕は良くないと思うよ」


「それじゃあ、そういうの関係なしに付き合ってくれますか?」


「前も言ったけど嫌かな」


「ですよね! 相変わらず先輩は先輩らしくて何よりです!」


 表情も違えば、口調も違う。


 それどころか割と酷い扱いされているのに、楽しげな姿に邪魔をするのも憚られて、ジンク達は見守る事しか出来ない。


「ああ、ラネナさん。俺にはそんな顔、一回も向けてくれた事ないのに……」


 もはや立ち尽くすしかないジンク達だったが、どこか情けなさを感じる声に振り向けば――


「リア充爆発先輩」


 少し前にジンクと戦った鉄級の男が、ジンク達と似たような、どうすればいいか解らないという表情でラネナを見詰めていた。


「誰がリア充爆発先輩だ! 何度も言ってるが、私の名は――」


 別に名乗られなくても、ジンクだって知っている。


 けれど、その宣言が告げられるかとどうかというところで――


「戦うだけで一角獣の角くれるってのはアンタか!」


「角は譲るわ! それより金棒目当ての人は他に居ないでしょうね!」


「……ナナシ殿。こちらが勝てば模擬戦で一対一での再戦希望でござる」


 次々と新しい人が来ては、一方的に言葉を捲くし立てていく。


 どうやら、全員ナナシとの対戦希望者のようだった。


「人数は揃ったみたいだし、久しぶりに会ったから話してたけど、これで終わりにしよう。これから戦おうという人間が親しげに世間話してたら八百長とか疑われるからね」


「あなたの事を疑う人なんて、この学園に居ません!」


「そんな事はないし、僕自身が疑わしいと思う事をするとモヤっとしてしまう」


 それだけ告げると、ナナシは尚も話を続けたそうにしているラネナに背を向け、所定の戦闘開始位置に向かって歩き始める。


 今からは敵同士だと言わんばかりの態度で。


「ああ、そういうところも好き!」


 そんなナナシの背中にラネナが黄色い叫び声を上げるも。


 さすがに、ナナシに釘を刺されるような事を言われてまで、その態度は保つのは、どうかと思ったのだろう。


「おっと、いけないいけない。戦いの準備しないとね」


 即座に表情を真面目なものへと切り替えて、ナナシ相手に共に戦う事になる仲間達の元へ作戦会議に向かう。


(なんだかんだ格好いい先輩だと思ってたんだけどな……)


 けれど、今更真面目な部分を見せられても手遅れのような気分でしかなく。


 何とも言えない視線をラネナに向けてしまう、ジンクなのであった。

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