第41話 堕ちた金級

 ナナシ達の試合が始まって数分。


 それは戦いと呼ぶには、あまりに不思議な光景だった。


「爆ぜろ、リア充!」


 正面からリア充爆発先輩がナナシに縛春する拳で攻撃を仕掛ければ――


「面白い魔術の使い方するけど、もうちょっと自分を大事にした方が強くなれると思うよ」


 一瞬の内に背後に回り、爆風を避けるだけでなく背後を取り。


「……」


 そこに完全に姿を消して透明になっていた銅級のござる男が、突然姿を現して魔力を刀みたいな形にして殴り掛かっても――


「うん。姿は見えなかったし音も聞こえなかった。けど、もう少し工夫が欲しいな」


 まるで見えていたかのように僅かに身を反らすだけで完全に避ける。


「迷え、【恋の迷宮】!」


 更にその隙を狙うようにナナシの死角から、ラネナが複雑な軌跡で蠢くどうやって避ければいいのか傍目に見ても解からない魔弾を放っても――


「新技だね。結構面白いけど、団体戦向けの技ではないかな」


 魔弾が届く頃には、その場所から居なくなっている。


 ――観客席の上段席から全体を上から観ている筈のジンクでさえ、完全にナナシを一瞬見失ており、どうやって動いているのか全く解からなかった。


(嘘だろ……)


 他の人間が攻撃しても、同時に何人で仕掛けても同様。


 一撃も当たらないどころか、体勢を崩す事さえ出来ない。


 こんな状態が試合開始から、ずっと続いているのだ。


「団体戦だからって取り囲んだのが悪かったね。射線上に仲間が居るせいで、思い切りのいい攻撃が出来なくなってしまっているよ」


 おまけにナナシは攻撃を避けるだけで、反撃の一つもしていない。


 余裕でも見せるように、ただ助言染みた言葉を繰り返すのみ。


(化物かよ……)


 ラネナやリア充爆発先輩の強さは、戦ったジンクが一番知っている。


 他の鉄級の面子だって二人ほどではないものの中々の強さに見えるし、最後の一人である銅級のござる男に至っては、文字通り別格の強さの持ち主の筈。


 何せ攻撃する瞬間以外、完全に姿が見えないのである。


 ジンクでは、どう戦えばいいかも解らない。


(それを、こうも簡単にあしらえるものなのか……)


 今も六人掛かりで攻撃は続いているが結果は変わらない。


 ただ虚しく空振りが続くだけの繰り返し――


(いや――)


 そこで観客席から上から覗き込むように見ていたジンクは、ある事に気付く。


(さっきまで取り囲んでた筈だよな?)


 六人でナナシを取り囲むように試合は始まった筈だった。


 それなのに、避け続けるナナシを追い回す内に――


 いつの間にか全員が箒で集めた塵のように、一か所に集められつつある。


「まずっ――」


「ちょっと、何でこっちに――」


 実際に戦っている人間がその事に気付いたのは、お互いにぶつかって身動きが制限され始めた時であり――


「無策で取り囲むのは駄目だけど、陣形も考えず固まるのは悪手かなあ」


 丁度、ナナシが全員を正面に捉えた瞬間だった。


「えーと、確かこんな感じだったかな……」


 この時を待っていたように、初めてナナシが攻撃姿勢を取る。


 と同時に、拳に一瞬の内に魔力が圧縮されていく。


(おい、待て。その技は――)


 その魔力の動きや気配に、ジンクが慣れ親しんだものを感じた瞬間――


「貫け、【シュバシュバ】!」


 ナナシの叫び声と共に、圧縮された魔力が一直線に解き放たれる。


 光の波が集められたラネナ達を一瞬で呑み込み、悲鳴を上げる暇もなく理事長が張り直した結界まで吹き飛ばされていく。


 叩き付けられた時には、もう気を失っていたのだろう。


 そのまま重なるように五人は倒れると、ピクリとも動かなくなった。


「うん、思ったより使い易い。結構僕にも合ってる技だね」


 倒した相手に興味がないのか。


 まるで技の感触を確かめるように、ナナシが腕を軽く振る。


「――!」


 その瞬間、ござる男が突然ナナシの背後に無言で現れた。


(アレに耐えたのか!)


 避け切った訳ではないのだろう。


 その証拠に、見るからにボロボロで今すぐ倒れても不思議でない風体だった。


「お覚悟!」


 けれど、目だけは死んでいない。


 最後の力を振り絞るように、渾身の一撃をナナシの左胸――


 魔核のある急所目掛けて叩き込む。


(決まった!)


 それは観客席から見ているジンクの目から見ても、完璧な間合いとタイミング。


 今からじゃあ絶対に避けられる筈がない。


 事実、ござる男の拳は文字通りナナシの身体を貫いていた。


「うん、今のは実に良かった」


 けれど、貫かれた筈のナナシの身体が掻き消えていく。


 まるで霧の中に手でも突っ込んでしまったように。


「敢闘賞は間違いなく君だね」


 そして、いつの間にかござる男の背後にナナシが佇んでいた。


 まるでずっとそこに立っていたと言わんばかりに、揺らぎ一つ見せずに。


「拙者よりシノビらしい技でござる……」


 無念、とだけ最後に呟いて、ござる男が崩れ落ちる。


(嘘だろ。こっから見てるのに、あのナナシってヤツの動きが全く解からない……)


 何度も何度もナナシの姿を見失ってしまった事もあり、ジンクは観客席から目を凝らし、ナナシの動きだけは見逃さないように睨み付ける勢いで観察していた。


 それなのに、ナナシがどう動いて、いつの間にそこに移動したのかがサッパリ解らない。


 それだけでなく――


(そもそも今、どうやって倒したんだ?)


 ござる男が攻撃で倒されたのか、体力が尽きて勝手に倒れたのかの区別さえ出来ないのだ。


 もはや、強いというよりも得体が知れない。


 人間の形をしているだけの不気味な何かが、異様な存在感で闘技場に佇んでいた。


「勝者、ナナシ・ハカナシ!」


 そこで審判役をしていた理事長が声高らかに勝者を告げる。


「うん。戦力だけなら僕なんか比べ物にならないくらい強かったよ。ちゃんと指揮取れる人が居て、しっかり戦術を練って来られていたら僕に勝ち目はなかっただろうね」


 その言葉に汗一つかいてない涼しげな様子でナナシは言葉を残すと――


 散歩でもしているような落ち着いた姿で、闘技場を歩き去っていく。


「何でアレだけの強さを持っていて、今まで鉄級だったんだよ……」


 銅級どころか、その上の銀級を維持し続けていると言われても納得する程の、理解する事さえ出来ない異質な強さ。


 このオルビス学園はその辺の階級制度は、しっかりしているもんだと思っていただけに戸惑いを隠せないジンクであったが――


「……何事にも例外ってもんがあるさね」


「ババア!」


(え、お前さっきまで下で審判やってたよな!?)


 その疑問に答えるように学園長がジンクのすぐ傍に、控えていた。


 相変わらずのジンクのババア呼びに呆れたように顔を歪めるも、一々突っ込むの面倒だとばかりに何も言い返さず、説明を続けていく。


 ――ちなみにいきなり現れた事にジンクが驚いている事には気付いていたが、別に今説明が必要な事でもないだろうと思い、無視していた。


「あの男の名はナナシ・ハカナシ。オルビス魔術学園史上、最速で金級まで駆け上がり、未だ破られた事のない金級入り最年少記録の保持者さね」


「いや、おかしいだろ! 何でそんな男が鉄級とか銅級に居るんだよ!」


「……鉄級までは功績値さえあれば階級が維持されるって話は知ってるかい?」


「あ、ああ。確か銅級だと期間内に一度以上、銅級以上の相手と試合をして勝たない限りは降格みたいなヤツだろ?」


 そして、銀級以上の階級維持の方法は手帳には載っていなかった。


 階級が上がらないと閲覧出来ない情報が、たくさんあるらしい。


「……あの馬鹿は階級維持の条件を満たさずに年単位で放置してたのさ。だから功績値だけで留まれる鉄級にまで落ちちまってるって訳さね」


「……馬鹿じゃねえの」


 つまり階級を折角上げたのに、全く維持する努力をしなかったらしい。


 それでは一体、何の為に金級まで階級を上げたのかが解からない。


「そうさ。そんな大馬鹿者、通称『堕ちた金級』だなんて呼ばれている男が、アンタの次の相手だよ」


「……マジかよ」


(対戦相手も見付からずに退学になる事だけは、避けられたみてえだが……)


 それで危機が去った訳ではない。


 鉄級の中では安定した強さを持っている、カワズ相手にギリギリの所で何とか勝ちを拾う事が出来ただけなのに。


 銅も銀も吹っ飛ばした、実質金級の男を倒さねばならないのだ。


(あんな化け物相手に、今の俺で勝ち目なんてあるのか?)


 ジンクの目が不安と恐怖で揺れる。


 ラネナやカワズを相手にしていた時は感じなかった恐怖と不安。


 自分で問い掛けてしまう時点で、答えなんて出ている。


 勝ち目なんて一欠けらすら見えなかった。

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