第42話 追い詰められて

 ナナシの試合から、暫く時間は経過して。


 辺りも暗くなり始めた頃。


「くそう、こうじゃない!」


 ジンクは一人、館の庭で特訓していた。


 試合が終わってから、ずっと鍛錬を重ねていたのだろう。


 全身は汗に塗れ、呼吸も乱れている。


 それでもジンクは止まる事無く、鍛錬を続けていく。


(アイツは、もっと一瞬で魔力を圧縮してたのに!)


 ジンクが思い浮かべるは、ナナシが使っていた【シュバシュバ】。


 どう見ても、ジンクの【シュヴァルツシュバイン】を真似た技だろうに、完成度はオリジナルであるジンクの技よりも遥かに上だった。


(せめて、あれくらいは出来ないと――)


 それだけではない。


 ナナシは六人を完全にあしらっていた。


 同じ真似をしろと言われたって、ジンクには到底出来はしない。


 得意技は完璧以上に模倣されてしまった上に、立ち回りの巧みさでも負けている。


 これで焦らない方が無理というものだ。


(じゃないと、アイツには勝てない!)


 それでも、ナナシにさえ勝てればセーラ達と一緒に学園生活を続けられる。


 逃げずに挑みさえすれば、もしかしたら奇跡が起きるかもしれない。


 そんな縋るような期待に突き動かされ、ジンクは魔術の鍛錬に挑むが――


「うおっ!」


 ただ魔術の発動に失敗し、暴発するだけ。


 進展する兆しは皆無で一筋の光さえ見えなかった。


「随分と余裕なさそうじゃないか」


 実際に技を見た筈なのに真似すら出来ないのかと――


 絶望に打ちひしがれそうになるジンクに声を掛けてくる者が居た。


「リア充爆発先輩……」


 かつてジンクに破れ、今日ナナシに六人まとめて倒されたリア充爆発先輩である。


「……もうそれでいいよ」


 訂正する気も起きないのか。


 リア充爆発先輩は、そのまま話を続けていく。


「それで勝つ算段は出来たか? 表情見る限り、期待薄だが……」


「……見てのとおりだよ。で、アンタはこんなトコまでわざわざ煽りにでも来たのか?」


「お望みなら、な。そういうお前は何してるんだ? あの人に勝つ特訓か?」


「それ以外何に見える?」


「俺達の無様な姿を見て、それでも勝ち目あると思ってるのか? 別の銅級探した方が利口だと思うぞ?」


「……アンタも知ってるだろう。ただでさえ試合の成立は難しいってのに、あの品質の収納鞄しか条件に出せる物がない。おまけに結界まで破壊したんだ。相手なんて見付かる訳ねえよ」


「でも、確率は零じゃない。他にも変わり者の銅級が居るかもしれないぞ?」


「居ない可能性の方が高いんだ。それなら試合だけは成立してる方に俺は賭ける」


「それで全力出してぶつかれば、負けて学園去っても仕方ない、か。随分と情けない覚悟だな」


 今のお前なら、俺でも勝てそうだな。


 なんてリア充爆発先輩は嘲るように笑う。


「アンタ、本当に煽りに来たのかよ!」


 どう聞いても試合前に激励に来てくれた態度ではない。


 ジンクは怒りを剥き出しに睨み付けるが――


「言ったろう? お望みならってな。お望みのようだから、そうしてやってる」


 そんなジンクの怒りなんて、大した事ないとでもいうのか。


 リア充爆発先輩は気にする価値もないとばかりに軽く受け流して、煽るように言葉を返す。


「――っ。じゃあ何か! 見付かるかも解らない対戦相手探して、残りの時間無駄に過ごせってのか!」


 怒りに任せてジンクが胸倉を掴むが――


 逆にリア充爆発先輩の目が一層冷たさを増していく事に、ジンクは気付かず言葉を続けていく。


「俺は嫌だね! そんな逃げ回った末に全部失うくらいなら、勝てる可能性を少しでも高める為に最後まで足掻いて――」


「足掻き方が足りないって言ってるんだ」


 パンっと、リア充爆発先輩が軽くジンクの腕を払う。


 それだけで何の抵抗も見せずにジンクの腕が離れていく。


「あの浮遊魔術の子、今は何してるか知ってるか?」


「……自分の対戦相手を探してるだろ」


 ジンクとの試合が不成立になった上、カワズに負け功績値を大きく失ったセーラは既に鉄級でもない。


 いつ功績値を全て失い、退学になるか解らない石級に逆戻りしている。


 だからジンクは、俺の事は自力でどうにかするから自分の事を最優先してくれとセーラには伝えておいた。


「ずっとお前と試合してくれる銅級を探して飛び回ってたけど見込みがなかったから、今は理事長のトコで記章の異常を一緒になって調べているそうだ」


「……」


 ジンクは苦虫でも噛み潰したように顔を歪ませる。


 そうなる事を予想していたからこそ、わざわざ言葉で自分の事だけに専念してほしいと念押ししたのに意味がなかったのだから、そんな顔にもなるだろう。


「別にあの子がお前の言葉を無視した訳じゃないさ。大事な仲間と別れたくない。それだって自分の事で、あの子に取ってはそれ以上優先する事なんてなかっただけだろうさ」


「……」


「先輩である俺達なら、少しは当てがあるかもと期待してくれたんだろうな。銅級でお前と試合してくれる相手が居るなら紹介してほしいって頭下げに来たぞ」


 紹介してやれる人は、あの人くらいしか居なかったけどな。


 なんて、リア充爆発先輩は自嘲気味に笑う。


「俺が頼るには情けないのは認めてやる。けどな、本当に何がなんでも学園に残る気なら利用出来るものは何でも利用すべきだ。特訓で相手を探す暇がないなら別の人に頼るべきだし、直接やられた俺達に話を聞きに来るなんて、それこそ真っ先にやるべき事じゃないのか?」


 そう言ってリア充爆発先輩は再び笑った。


 今度は嘲りとは程遠い、心配そうな顔付きで。


「……本当に先輩みたいだな」


 戦った日から、何度か会話は交わしてきた。


 いつもは他愛もない冗談だとか、ラネナを振り向かせる方法はどうだとか。


(そんな下らない話ばかりしてたせいで、無意識に甘く見てしまってたかもしれない)


 後は強さの割に何か技名とかが冗談っぽいのもあって軽く見てしまっていたが。


 間違いなくリア充爆発先輩は、この蹴落とし合いのオルビス魔術学園で生き残り続けている、尊敬すべき先輩なのだと初めて理解した。


「本当に今先輩だって気付いたみたいな顔しやがって。これでも普段だって変に気遣わなくていいように、親しげに話してやってるんだぜ?」


「それは、その……」


「ま、そうやって舐められるから偶には解かり易く先輩らしいトコ示してやらねえとな。特に普段は生意気過ぎるくらいに元気な後輩が柄にもなく凹みきって、空回りしているってなると尚更な」


 失礼なジンクの態度に憤るでもなく。


 穏やかに、からかうようにリア充爆発先輩は言葉を投げ掛ける。


「……頼ってもいいのか?」


 するりと、ジンクの口からそんな言葉が出ていた。


 それはリア充爆発先輩の人徳のようなものも大きくあっただろう。


 けれど、最大の理由は違う。


(色々限界なのは解ってた……)


 とっくの昔にジンクの心は追い詰められ、張り裂ける直前だったのだ。


 あまりにも敵は強大で、どうしていいか解らない。


 それでも逃げたくない。


 何とかしなければという気持ちだけが先走り、気持ちだけが荒立っていく事にどこかで気付きながら――


 具体的にどうすればいいか解らず、特訓に逃げていただけ。


 目の前に差し伸べられている手に気付ければ、払いのけられる訳がないのだ。


「ああ。そうじゃなきゃ、わざわざお前等しか居ないような場所まで来た俺達が間抜けだろう」


 ようやく助けを求めてくれたジンクに、我が意を得たりとばかりにリア充爆発先輩が納得した顔を見せるが――


「おれ、たち?」


 引っ掛かる単語にジンクは、リア充爆発先輩の方を注視する。


(他に誰か居るのか?)


 しかし、見たところ誰も居ない。


 不思議に思い、リア充爆発先輩の方に改めて顔を向けた。


「まだ余裕なくて感覚鈍ってるのか? こんな人気ひとけのない場所で気配に解らない程、鈍い奴じゃないだろうに」


 言いながらリア充爆発先輩がジンクの背後に視線を向けた瞬間――

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