第35話 老獪な策略
「……それ聞くのかよ」
カワズは初めて、心底嫌そうな表情を見せる。
嫌悪というよりも思い出したくない。
そんな感情が見るだけで伝わってくる顔だ。
「無理に話してく――」
「お前さあ、死神看護師って知ってるか? ああ、知らなくてもいいぜ。説明してやるよ」
ジンクの言葉を遮って。
カワズは、とつとつと語り始める。
「昨日、あの子を運んでいった黒い服着て鎌背負ってた女居ただろう? あれの異名なんだが、知ってるか、あの女。あのペラッペラで風吹くだけで捲れて丸見えになる服の下、実は何も着けてないんだぜ?」
「そんな与太話で動揺させて隙でも作ろうってか?」
ジンクは油断なく、カワズとの距離を保つ。
正直、興味がないと言えば嘘になるが、そんな話に飛び付いて隙を作るような間抜けではない。
「いや、これがマジのマジでな。こいつはもうトンデモナイ好き者だと思って、まだ若く希望に満ちていた頃の俺は情熱的に口説いた訳さ」
生まれ付き強い魔力を持っていた上に、鋼鉄の異名を持つ父親から幼い頃から厳しい戦闘訓練を受けていたカワズに、怖いものなんて自分の親くらいしかなかった。
その上に、入学してすぐに優秀な指導者も付いた事もあって負け知らず。
勢いのままに初めて本気で惚れた女に告白するも玉砕し、イライラしている所に痴女としか思えない恰好をしていた死神看護師と呼ばれている女の噂を耳にしたのだが――
そんな恰好してるんだし持て余してるんだろう、俺が相手になってやるよ。
なんて、恐れ知らずに黒衣の女に声を掛けたのだ。
――どうせ金級なんて言っても同じ学生だし、大して実力に差なんてないだろうと無意識に思い込んで。
「そしたらお前、『邪魔』の一言で吹っ飛ばされて医務室送りだ」
けれど、黒衣の女はカワズが話し掛けても完全無視。
その態度に切れたカワズは道を塞ぐようにして立ち塞がり『無視してんじゃねえぞ、このアバズレ』と肩を掴んで声を掛けようとした結果――
軽く腕を払われ、吹き飛ばされた。
「解るか? 戦闘態勢取ってなかったとはいえ、この俺が。この鉄級最硬ってその時には言われていた俺が、だ! ゴミでも掃うように一撃!」
「アンタを一撃、か……」
「しかも何て言われたと思う? 『平気? そんなに脆いと思わなくて』、だぞ!」
そして、気絶したカワズを黒衣の女が医務室に運んだらしい。
馬鹿にされたのだと思い、屈辱に塗れた。
いつか這い蹲らせてやるなんて、その時のカワズは怒りに燃えていた。
「後で他の金級の人が謝りに来て知ったぜ。本当に、軽く手を払っただけなんだってよ! 道を塞いでたのが運の尽きだと思って諦めろ、だと!」
けれど、その怒りが恐怖に変わるのに時間は掛からなかった。
乱暴しようとしたから、お灸を据えられた訳じゃない。
本当に道の邪魔だったから、軽くどかそうとしただけ。
カワズが自分に話し掛けていたという自覚すら、黒衣の女にはなかったのだ。
「身の程ってもんを知ったんだよ。俺はあんな化物とは違うんだってな……」
常識外れの出会いは、カワズが今まで築き上げてきた価値観を完全に破壊した。
自分は無敵の未来の英雄なんかじゃなく――
探せば、どこにでも居る程度の雑草なのだと思い知らされた。
「じゃあ化物じゃあない俺は、ずっと化物の陰に居なきゃならねえのか? そんなん不公平にも程があるだろうが!」
それは自分の思い通りに生きてきたカワズには、我慢ならないものだった。
「だから作ったのさ! そういう化け物共じゃなくても、活躍出来る仕組みを!」
ある程度の強さがあり依頼さえこなしていれば、後は示し合わせて勝ち星を譲り合う。
昇級間近な者やカワズの意見に賛同しなかった者達とは一切戦わないし、購買の商品もマトモな物は売らない。
そうやって目に見える範囲の功績値を徹底的に管理する。
「知ってるか? 今じゃあ金級より俺の方が依頼来る事だってあるんだぜ!」
そして、カワズに従わなかった人間達の情報を回し合い、相性が良い相手としか戦わないように徹底させた上――
浮遊魔術を使えるセーラのような天才が現れたと聞けば、頭角を現す前にあらゆる手を使って叩き潰してきた。
「お前が頑張ってるのは認める。しょぼい魔力しかねえくせに、ここまで戦ってきたんだ。感動もんだよ」
そうやって個人では活躍出来ない仕組みを作り上げた。
そうすれば、後は組織力と情報力を持つ者だけが優位に立つ事が出来る。
化物の陰に怯え、下に付く必要はなくなると信じて。
「でも、その強さも平民にしては、だ。現に俺にだって勝てやしない」
そんなカワズだからこそ、ジンクに誘い掛けるのだ。
「俺達に協力しろよ。そしたら除籍になった後だって手伝ってやるぜ?」
お前も俺と同じで化け物になんて、なれない。
強くなるのなんてさっさと諦め――
弱いまま上を目指せる道を歩くべきなのだ、と。
「平民って部分を逆手に取って貴族と差別化してみるのはどうだ? 上手くいきゃ自分で依頼なんて探しに行く必要もねえ。いくらでもお前個人に依頼が届くようになる」
安くて気さくなジンク、とか良さげじゃね?
と軽い口調とは裏腹に。
カワズの目は真剣そのもので。
その誘いが本音である事はジンクにも解った。
「それで満足出来るなら、村にずっと居たろうさ」
けれど返答は一瞬。
考える必要さえない。
(生きていくだけなら村で魔獣を狩っていればよかった)
それだけではないから、ジンクは村を出てオルビス魔術学園へとやってきたのだ。
「はぁ。やっぱそういう人間だよな……」
これみよがしにカワズは溜息を吐く。
予想通りの退屈な返答だ、とでも言わんばかりに。
「まあいっか。もう詰み。俺の勝ちだからな」
「おいおい。まだ勝ち誇るには早――」
ジンクが再び飛び込もうとした瞬間――
ガクリと前のめりに倒れそうになり、慌てて体勢を立て直す。
「サソリ系の魔獣と戦った事あるか? ほとんどの魔獣が針に毒を持っていて、刺されれば最悪魔力が暴走して即死。そこまでいかなくても、身体が痺れたりするそうだ」
「ああ、知ってる」
(思ったより美味いんだよな、アイツら)
ジンクの村付近に頻繁に出現しては狩られて食べられていた魔獣だが、それでも思い出したように犠牲者が出る厄介な魔獣である。
「俺の【サソリの尾】にも似たような効果があってな。殺すのは無理だが、魔力の流れを狂わせて身体を痺れさせるくらいは出来る」
魔獣と違って即効性が薄いのが難点だけどな。
と、カワズは愉快そうに笑う。
「アンタ……」
そこでジンクは今更になって気付く。
「なんだ、お前? 試合中に意味もなく呑気に立ち話すると、本気で思ってたのかよ?」
毒が回る時間を稼いでたのだ。
そうでもなければ訊かれたからって、自分の情けない過去をジンクの声を遮ってまで語るような男ではない。
「さて」
休憩は終わりだとばかりにカワズは構えると、ジンクに目を向け直す。
「毒の回った身体で、どこまで俺の攻撃を避けられるんだ、お前?」
そこには、どこか嗜虐的な表情が浮かんでいた。
(やべえな……)
ジンクの額に冷や汗が流れる。
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