第34話 努力しただけの平民

「なあ、これ以上やっても無駄だろう? もう止めにしねえか?」


 追い打ちしようともせず、カワズは静かな声でジンクに降伏を促す。


 そこには自分が負ける訳がないという確信だけがあった。


「随分と優しいじゃないか」


「どうせお前は俺が試合を渋ってたの、条件を釣り上げる為だとでも思ってたんだろう?」


 挑発するようなジンクの言葉を受け流し。


 カワズは淡々と言葉を重ねていく。


「違うとでも?」


「ないとは言わねえが、それが全部って訳じゃあねえよ」


 三割くらいだ、と答えてカワズは話を続ける。


「集めていたのさ、お前の情報を。俺が勝てる相手かどうかなのか知る為にな」


(何よりも大事なのは勝てるかどうかって事か。こういう所は、やっぱ鉄級に居続けるだけはあるよな……)


 平民だから勝てるなんて油断は一切ない。


 あくまで腐っているのは性格のみ。


 実力も注意深さも、鉄級に相応しいものだった。


「それで情報だけじゃなく、実際に戦って負けないって確信したから降参させてやろうってか?」


(随分と舐められたもんだ)


 カワズの態度に怒りを覚えるジンクだったが――


「お前、威力のある魔弾撃てる程、魔力ないだろ?」


 次に放たれたカワズの言葉がジンクの怒りを凍らせた。


「おかしいとは思ってたんだよな。ちょいちょい試合は見てたんだが、魔弾系の攻撃しているトコ、一回も見ねえから」


 魔術師同士の戦いでは魔弾等の飛び道具系の攻撃は、主に牽制で使われる。


 というのも飛び道具は原則、離れれば離れる程に威力は低下し、決め手になり難いからだ。


「ラネナみたいに魔弾の達人が相手なら使わないのも解るぜ? でもリア充爆発男とか、あんなのと接近戦だけで戦わなきゃいけない理由がねえ」


 だからと言って、役に立たないかと言えば逆。


 『魔弾を制するものは対人戦を制する』という格言があるように。


 相手との間合いを量り、試合の流れを作る最重要とも言える役割を果たす。


 むしろ接近戦を得意とする相手と戦う場合にこそ、相手に思い通りに動かれないように多用するのが普通なのだ。


「魔弾だけの話じゃねえよな。もし俺が相手じゃなかったとしても、近付いて急所にでも当てなきゃ相手を倒せる攻撃なんて撃てやしない。その程度の魔力量しかない。違うか?」


「……」


 ジンクは答えない。


 ただ静かにカワズの話の続きを待つ。


「ただ魔弾が撃てない代わりに他の事が異様に強いヤツとか居るからな。判断するのに思ったより時間が掛かっちまった」


 例えばセーラ等がそれに当たるだろう。


 超高度な浮遊魔術を使える半面、戦闘向きの魔術では初歩とも言える魔弾を一切使えない。


 そういう人種の可能性すら、カワズは考慮に入れていたのだ。


「入学試験とかあの子との試合だって、頑張って噂とか聞いて回ったんだぜ?」


(セーラとの試合の話なんて、どうやって見付けたんだよ……)


 呆れるほどの情報収集能力である。


「そしたらお前、魔弾撃てないのかと思ったが結構撃ってたそうじゃねえか。こりゃあ俺の見当違いかって思ったが、色々調べていく内に逆に確信出来たぜ」


 入学試験やセーラとの戦いで、ジンクは確かに魔弾を使用していた。


 だが――


「相手が避けられるようにしか撃ってないんだろ? 当たったら、威力がない事バレるもんな」


 その魔弾は避けさせて相手の態勢を崩したり、囮に使われただけ。


 一度だって相手に当たった事はない筈だ。


「そうじゃなきゃ俺に使わない理由がねえ。言いたかないが、俺は速く動くのも飛び道具も得意じゃないからな。離れて戦われちゃどうにもならねえ」


 おそらくラネナなら【アプローチ】を撃ち続けるだけで、障壁ごとカワズを纏めて薙ぎ倒せてしまうのだろう。


 ラネナと同じ事は出来ないまでも遠間を保って戦えるなら、それが一番効果的だ。


「どうだ、俺の予想どっか間違ってるか?」


 だというのに、一切そういう戦法を取ろうとしない。


 それはつまり――


「意外と勤勉な事で……」


 ジンクは言外にカワズの言葉を肯定する。


 不本意だが、その推理で正解だと言わんばかりに。


「やっぱりな。それで今まで戦って来たとか、尊敬したくなるぜ」


「心にもない事を……」


 言葉とは裏腹にカワズの目にあるのは嘲りだ。


 完全に格下を見詰める視線に、尊敬の念なんて一切感じられない。


「いやいや、マジのマジ。さっきの攻防とか本気で大したもんだったよ。俺の反撃を避けながら、あんだけ連打叩き込めるとか、正直見縊ってた。スゲエよ」


「……そいつはどうも」


「で、それでも俺の障壁破れなかった訳だ。多分、俺が反撃せず棒立ちになって受けてやったところで、叩き込める攻撃なんてさっきから数発増える程度。それで俺の防御破れるか?」


「……無理だろうな。やってみた感じ、俺がどれだけ必死で殴ったトコで、アンタが障壁張り直す方が早い」


 誤魔化したところで仕方ない。


 ジンクの全力は通用しなかった。


 それは事実なのだから。


「だろう? 勝ち目なんてないじゃねえか。続けても時間の無駄じゃね?」


「……どうかな? 終わってみるまで解らんだろ?」


 障壁を破れない限り、ジンクに勝ちがないのは確か。


 このままやっても、ジリ貧の果てにジンクの負けは目に見えている。


「それより、アンタ。こんだけ強いくせにどうして、あんなセコイ事してるんだ? アンタなら購買の薬に毒なんか仕込んだり、変に裏で手なんて回さずに真っ当にやっても十分上を目指せるだろうに」


 けれど、ジンクにはそれ以上に気になる事があった。


 どうしてこれ程の力を持ちながら、セコイ事をしているのか?


 戦えば戦うほど、逆に解らなくて気になって仕方なかった

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