第13話 そこに胸があったら見てしまうものなのだ
「ジンク・ガンホック!」
叫び声と共にラネナは、いつの間にか握り締めていた布をジンクへと投げ付ける。
その布にはラネナの服に付いている物と同じ、大鷲の紋章が描かれていた。
「うわあ……」
それが正式な決闘の申し込みだと気付いたジンクは、露骨に嫌な顔をしたのだが――
「無垢な少女を誑かした罪、このラネナ・セハルナが必ず償わせてみせるわ! 首を洗って待ってなさい!」
使命感に燃えるラネナには、ジンクの反応なんてもはや関係ない。
一方的に告げると、もはやこれ以上話す事ないと言わんばかりに踵を返して、どこかへ行ってしまった。
「受けるとも何とも言ってないんだがなあ……」
紋章の描かれた物を投げ付けるのが決闘の申し込みなら、それを受け取り別の何かを投げ返すのが受ける作法なのだが、ジンクは受け取っただけである。
「どうすればいいと思う?」
とりあえず賭けの対象にされてしまっているセーラに助言を求めるジンクだったが――
「…………」
セーラは無言のまま、素早く突きの動作を数回繰り返した。
「戦え、と?」
ジンクの言葉に首をコクコクと縦に振る事でセーラは返答する。
どうやら話す気がないらしい。
「あ、もう喋ってくれていいぞ」
それが少し前に自分が黙れと言った事が原因だと気付いたジンクは、話す許可を出す。
「あそこまで誤解されてしまった以上、ここはもう叩きのめして解らせましょう」
「物騒だな、おい……」
(完全に勘違いとはいえ自分の為に戦おうとしている相手にそれか……。さすがにあの先輩に、ちょっと同情するぞ……)
「ジンクさんの方こそどうしてしまったんですか? 私が失礼な態度を取っていた時は、もっと売り言葉に買い言葉だったじゃないですか」
「いや、確かにそうだけども……」
(でも、あの時とは全然違うだろう……)
前回セーラと戦ったのは、セーラが人間不信を完全に拗らせ、ジンクを一方的に悪党に仕立て上げたからだ。
そういう意味では今回も似たり寄ったりなのかもしれないが、一応、誤解されるだけの事をしている自覚がジンクにはある。
しかも最悪な事にセーラの誤解を加速させる弁明付き。
(アレでいかがわしい事一切してないって方が無理あるよな……)
自分がラネナと同じ立ち場に居たなら、ジンクも同じようにセーラを助けようと勝負を挑んでいたかもしれないと思えてしまうだけに。
どうにも乗り気になれなかった。
「やはり胸の大きい女の方は、扱いが別という事でしょうか?」
けれど、セーラは別の解釈をしたようだった。
どこか寂しそうに自分の胸に視線を落として、そんな事を呟く。
「……なんでそこで胸?」
脈絡もなく胸の話が出てきて思わず尋ね返すジンク。
「だって、いっぱい見てました」
セーラの返答は単純明快。
近くに居たセーラには、ジンクの視線などバレバレだったのだ。
「……見てないよ」
意図せずジンクの口調が僅かに丁寧になり、セーラの顔から視線を逸らしてしまう。
これでは疑えと言っているのと同じだろう。
「嘘です。顔よりも胸を見ている時間の方がずっと長かったです。揺れる度に頷くみたいに首ごと動いてました」
案の定、いくらセーラでも騙される訳もない。
「……見てたけど関係ないよ」
白々しいと思いつつ、ジンクは弁明する。
実際、そこは関係ないというのは本心であった。
「本当に、ですか?」
「ああ。こっちは本当だ」
(何て、説得力もクソもないな……)
なんてジンク本人は思ったのだが――
「じゃあいいです」
意外にも、あっさりとセーラは引き下がる。
「でも、話し合いは無駄そうでしたし、放っておいたらどうなるか解らないです。やっぱり戦うのが一番早いと思います」
その上で、ラネナと戦うべきだとジンクに進言した。
「戦ったからって誤解解けるかねえ……」
「解けると思いますよ」
疑問だらけのジンクとは対照的に、確信に満ちたセーラの声。
「そうかあ? プライドも高そうだったし、思い込みも激しそうだったから、ちょっとやそっとの事でどうにかなるとは思えんが……」
どこからその自信が出てくるか解らず、思案顔になるジンク。
「勝っても何もする気ないんですよね?」
「そりゃあな。そういうのは試合の賭けとかじゃなくて、お互い好き同士でやるもんだ」
「だったら大丈夫です。きっと解ってくれます」
そこで言葉を区切ると誇らしげに告げるのだ。
「ジンクさんは、いい人ですから」
根拠も何もない。
けれど、ジンクなら何とかなるという絶対の信頼感を込めた言葉を。
「ああ、なるほど……」
(恋も友情も感じないけど、尊敬だけは確かにある、か……)
今になってようやく。
ジンクはラネナの言葉を実感する。
(なら、どうしたら友情は芽生えてくれるんだろうな……)
唯一の同じ平民の仲間から、尊敬だけしか向けられてないのはどこか寂しくて。
切なげに顔を歪ませる。
「なら仕方ない。頑張って倒して誤解を解くとするか」
けれど、それも一瞬。
確かに望んだ関係を築けていないのは寂しくもあるが、尊敬や信頼を向けられて嬉しくない訳がない。
それなら期待や信頼に応えようとするのが、ジンクという人間だった。
「はい。ジンクさんなら大丈夫です」
ジンクの対応はセーラにとって喜ばしいものだったのだろう。
買い物をしていた時にも、映画を見ていた時にも見られなかった笑顔が零れる。
満面の笑みという訳ではないものの、安心感に満ちた淡い笑顔。
(この顔が見られた事だけは、あの先輩に感謝だな)
とりあえず趣味やら楽しみを探すのは、またの機会にしよう。
無意識にジンクは次を意識しつつ、今から何をしようかと頭を悩ませるのだった。
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