第14話 恋の魔術師ラネナ・セハルナ
さて。
あれからジンク達はというと――
服屋に預けていた荷物を引き取り、急いで学園へと戻る羽目になっていた。
(いや、うん。そうだよな。よく考えたらアレで終わるような人間じゃないよな……)
というのも、だ。
走ってどこかに行ってしまったと思ったラネナが、いつの間にか物陰に居たかと思うと――
『その子に何かしたら、今すぐにでも叩きのめしてやる』
今にもそんな事を言い出しそうな雰囲気で、ずっと威圧してきたのである。
そんな目で睨まれ続けて気にせず過ごせる程、ジンクもセーラも図太くはない。
(さっさとケリをつけないと落ち着けん)
と思い至り、急遽ラネナに試合の申請をしたのだ。
ジンクから試合を申し込むと思っていなかったのか。
最初は驚いた様子を見せたラネナだったが、すぐに試合を承諾。
「首を洗って待っていなさい」
なんて、二度目になる捨て台詞を吐いて走り去っていき――
ジンク達も最低限の買い物を済ませると、後を追うように急ぎ学園に戻ったのだ。
(すぐ戻らないと、また物陰とかに居そうだしな……)
そして一旦寮に荷物を置きに戻りつつ、ついでに制服に着替えたジンクとセーラの二人は試合場所である闘技場へと向かったのである。
(さすがに他には誰も居ないな……)
闘技場に着いたジンクが最初に思ったのは、そんな事だった。
というのも闘技場には観客席が用意されており、試合の見学は自由なのだ。
だが、もう夜に差し掛かろうという微妙な時間帯の上に取るに足らない平民の試合。
おまけに準備期間中の休日ともなれば、わざわざ見に来る人間など居る訳もなく――
闘技場の中央に試合相手のラネナと、試合の立会人であろう壮年の講師が居るだけだった。
「来たわね、ジンク・ガンホック……」
ジンクが近付くなり、ラネナは睨み付けるでもなく顔を向けた。
会った瞬間に怒鳴り付けられるだろうと予測していたジンクは、あまりに静かなラネナの姿に僅かに戸惑いを覚える。
一旦別れた事で落ち着いてくれた――
なんて考える程、ジンクは楽観的ではない。
(あれは戦いに向けて集中力を高めているだけだ……)
思っていた以上に真剣な姿に驚いたのだ。
(ったく。平民相手だってのに油断とかしないのかよ……)
万全にまで調子を整えようというラネナの態度にジンクの口元が歪む。
それは決して不快や嫌悪を表すものではなく――
「ジンクさん?」
ジンクの表情に気付いたセーラが不思議そうに名を呼んだ。
「ん、どうした?」
「いえ。何だか、その、とても嬉しそうにしているので気になって……」
セーラの言葉通り。
ジンクはどこか獰猛でありながら。
それでいて、楽しくて仕方がないとでも言いたげな笑顔を浮かべていた。
「ああ、うん。そうだな。嬉しいんだろうな……」
セーラの言葉に頷きつつ、ジンクは自分の感情を反芻していく。
(正直、入学試験の時はがっかりしてた……)
対戦相手を省けば、どいつもこいつも甘ったれた顔した奴等ばっかり。
生まれもった力こそが絶対と思っていそうな、つまらなさそうな連中だらけ。
期待外れの退屈な日々が始まるに違いない、そんな風にジンクは高を括っていた。
(けれど蓋を開けたらどうだ?)
同じ平民のセーラは超高難度の浮遊魔術を使いこなす、平民どころか貴族を含めても疑う事のない天才。
そして今から戦う事となるラネナ。
先輩という事は、少なくとも一年以上オルビス魔術学園に在籍し続けている実力者。
だというのに、新入生。
それも平民相手だというのに、油断どころか全力で倒そうとしてくるのだ。
(こんな連中が、うようよ居るのか……)
まだ学園に来て三日も経っていないのに、驚きの出会いの連続。
(聞いてたとおりだ……)
噂に違わない、あるいはそれ以上の場所に自分は立っている。
その事実が、ジンクの心を否応なしに高めていた。
「試合が決まった以上、能書きは必要ない。双方、構えよ」
必要以上に高揚していくジンクの心を沈めたのは、壮年の講師の静かな声だった。
(いけね、集中集中……)
いつの間にか試合直前だった事に気付いたジンクは、軽く深呼吸して戦いから離れつつあった心を戻しつつ構える。
(大体あの時と同じくらいの距離か……)
構えると同時に、思考が戦いのものへと移行したのか。
視界が広がり、入学試験で戦った相手と同じくらいの間合い――
どれだけ手を伸ばしたところで届かない程の遠間にラネナがいる事に気付いた。
同時に――
「それでは試合開始!」
壮年の講師が戦いの始まりを告げた。
〇 〇
「墜ちろ、【一目惚れ】!」
開始の声が掛かった瞬間、ラネナがジンクの方に腕を向けたかと思うと、指を三本立てて魔術名を叫ぶ。
その途端、三つの細い魔弾が指から放たれ――
多少の距離などものともせず、一瞬の内にジンクへと襲い掛かった。
「あぶなっ!」
咄嗟にジンクが横に飛び退いた瞬間――
三発の魔弾が先程までジンクが居た場所を通り抜けていく。
(全部急所だったぞ……)
頭、右胸、左胸を正確に射貫く攻撃だった。
反応が少しでも遅れていれば、それで勝負は決まっていただろう。
冷や汗を流すジンクとは裏腹に――
「随分戦い慣れているのね。普通、試合が始まってすぐは動きは硬いものだけど、それとも硬くてそれだけ動けているのかしら?」
ラネナは攻撃が避けられた事を気にした様子も見せず、冷静にジンクを観察している。
(街で騒いでた姿からは想像も出来んな……)
はっきり言ってラネナの力は、ジンクの予想を遥かに超えていた。
一枚や二枚上どころでない。
予想の数段は上である。
(マズいな。このままだと何も出来ないまま終わりかねん……)
さっきの攻撃を掠る事もなく完全に避けられたのだって、半分くらいは運だ。
あの攻撃を繰り返されるだけで、いつかは避け損ね手も足も出せずにジンクは負けてしまうだろう。
(けど、戦いが許可されてるのにそこまで圧倒的な差があるもんか?)
オルビス魔術学園は、生徒同士なら誰でも戦えるという訳ではない。
セーラとの試合の時にも触れたが、致命的な怪我を避ける為、階級が近い者同士しか戦えない事になっている。
そして新入生であるジンクの階級は当然、最低の石級。
つまりラネナの階級は同じ石級か、その一つ上である鉄級の筈だった。
(この学園の層が想像以上に厚いってんならお手上げだが、多分そうじゃない……)
おそらく致命的な弱点がある筈だ、とジンクは分析を進めていく。
「攻撃はして来ないのかしら? それなら、届け【アプローチ】!」
ジンクが思考を割きつつ、慎重に距離を詰めていた時だった。
今度はラネナは重ねた両手の平をジンクに向けて、魔弾を連射し始める。
すると、頭大の魔弾が次々にジンクに襲い掛かった。
(ちょっ! ふざけ過ぎだろ!)
先程の【一目惚れ】に比べれば速度も狙いも甘い。
一発、二発、三発と続けざまに放たれた魔弾をジンクは軽々と避けたのだが――
「何発撃てるんだよ!」
あまりに数が多過ぎた。
避けた先を追うように放たれる魔弾に少しずつ態勢を崩していき、六発目を避けた辺りで限界を迎える。
「ちぃっ、それなら――」
ジンクは避ける事を諦めると拳に魔力を集中し、放たれた魔弾の一つへと叩き付ける。
けれど攻撃を避けたばかりの不用意な態勢では踏ん張りが効かず――
魔弾を掻き消しつつも、そのまま吹き飛ばされてしまう。
「器用な事するわね。わざと吹き飛ばされて逃げるなんて」
けれど、それこそがジンクの狙いだった。
吹き飛んだジンクにも追いすがるように魔弾が数発放たれたが、当たる直前に霞か何かのように掻き消えていく。
射程外だ。
魔力というのは無限に飛んでいく訳でも、徐々に萎んで消える訳でもない。
何もなければ同じ威力と速さで進み、本人が指定していた距離を進んだ時点で消えるものなのだ。
(十二発の連射、か)
そして、ジンクは先程の攻撃を即座に分析する。
射程も速さも最初の【一目惚れ】よりも下だが、連射性能は比べるまでもない。
おまけに相殺した感じ、直撃すれば一発で戦闘不能になりかねない威力もあった。
「アンタ、今、魔術名――」
けれど、それ以上にジンクには気になった事がある。
ラネナが魔術を使う時、名前を叫んでいた事だ。
「短縮くらい知っているでしょ? それとも名前だけで見たのは初めてだったかしら?」
属に『短縮』などと呼ばれる高等技術だ。
複数の魔術工程を一括りにして名前を付ける事で、安定して発動させる技術である。
物を投げるという動きで考えれば解りやすいだろうか?
一言で物を投げると言っても、物を掴む・腕を振る・手を離す等の複数の動作の組み合わせで出来ている。
けれど、ほとんどの人間は、一々そんな事を気にせずに『物を投げる』と考えれば出来る筈だ。
それと同じように特定の魔術工程に名前を付け、名前を呼んだりする事で発動させる技術の事である。
それだけでどうして高等技術になるのかだが――
常に正しい姿勢で乱れなく『物を投げる』。
何もなければ百発百中の精度で投げた物が同じ軌道を描く。
魔術においての『短縮』とは、それ以上の精密性がなければ成立せず、少しでも狂えば暴発の恐れすらある。
と言えば、一つでも『短縮』を使う事がどれほど難しいか解るだろう。
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