第15話 戦いは読み合い探り合い
「いや、そうじゃなくてだな」
そんな事は魔術師からすれば常識だ。
故にジンクが気になったのは、そこではない。
「その魔術名は一体なんなんだ……」
戦闘用の魔術とは思えない、控えめに言っても桃色過ぎる名付け方だ。
「決まってるじゃない。魔術を作った時に頭に浮かんでしっくり来た言葉よ」
不思議な事に技名には思い入れのある言葉などを使用した方が、威力や精密性が上がったり作りやすくなる事が多い。
それ故に魔術名には、その者の人生が現れるなんて言う者も居る程だ。
「そりゃあ、恋の多い事で……」
会話を交わしつつ、密かにジンクは距離を詰め直す。
ようやく吹き飛ばされた距離を縮め、大体最初の距離まで達した瞬間――
「全部同じ相手よ!」
叫び声と共にラネナが再び【一目惚れ】を放ってきた。
「それは何かスマン……」
魔術名を言わなかったせいなのか。
最初の時より僅かに狙いが甘かった三発の魔弾を、ジンクは際どい所で躱して態勢を整える。
(そういえば、この技、どこかで見たような――)
威嚇するように放たれた三発の魔弾。
それに既視感を覚えた事を皮切りに、ジンクの頭に様々な情報の欠片が浮かび、組み上がっていく。
これだけ圧倒的な差があるのに階級が近い理由。
あの人込みに溢れた街でどうやって自分達を見付けたのか。
そして――
そこから推測出来るラネナの得意戦法と弱点。
(となると、この距離は相当マズいな)
ジンクの想像通りなら、離れたこの距離は完全にラネナの間合いだ。
どうにかして近付かない事には勝機は限りなく薄いが――
(簡単に近付かせてはくれんよな……)
まるでジンクの一挙手一投足さえ見逃さないとでも言わんばかりに、ラネナはジンクの事を見詰めている。
この状態で迂闊に飛び込もうものなら、即座に迎撃され試合終了だろう。
「アンタ、今日俺達が乗ったバスの警備してただろう?」
ジンクはあえて下手に動こうとせず、言葉だけを投げ掛ける。
「よく解ったわね。そうよ、バスの警備依頼はよく受けるからね」
無視されるかもしれない、というジンクの心配とは裏腹に。
ラネナは試合中とは思えない程、気さくに答えてくれた。
「それじゃあ、バスから降りた時。いいや、バスに乗った時には俺達の事に気付いていたんじゃないのか?」
今日の街は、あまりに人が多過ぎた。
その中でいくら制服を着ていて家紋がないという、それなりに目立つ格好のセーラが居たとはいえ、初対面のジンク達を見付けるのは偶然にしては出来過ぎている。
それならラネナが人込みの中以外で、ジンク達を見付けられる場所はどこか?
バスに乗ってきた制服姿の平民の少女、セーラを最初に発見し――
その隣に居る男をジンクだろうと考えたのだろう。
「それが何よ? その話、わざわざ今する事?」
ジンクの言葉を遠回しに肯定しつつ、ラネナが不機嫌そうに尋ね返す。
(お、乗ってきた)
苛立ちを見せたラネナに内心ほくそ笑みつつ――
けれど、ジンクは表情一つ変えずに話を続けていく。
「いや。アンタって結構大嘘吐きなんだなって思って」
「聞き捨てならないわね。嘘吐きどころか、大嘘吐きですって?」
「おいおい、俺に話し掛けてきた時の事をもう忘れたのか? さも偶然見付けたみたいに俺の名を叫んでたよな。けど、本当は服屋に入った時から見てたんだっけか?」
「……確かに言ったわ」
「でも実際はそれすら嘘で、バスを降りた時から尾け回してたんだよな」
ラネナは先程、バスに乗った時からジンク達に気付いていた事を否定しなかった。
それなら、セーラの事を心配過ぎて決闘の申し込みまでするラネナの事だ。
おそらくバスを降りた時から、自分の事を見張っていたに違いないと予想し、ジンクは言葉を投げ付ける。
「それは、その……。新入生だし街の案内くらい必要かなって思ったのよ。でも会った時にも言ったけど、その、ね。二人っきりで楽しんでいるトコ邪魔したら悪いかなって思って、声掛けようか迷ってて……」
(……本当いい人だな)
シャルティアと出会っていなければ、ラネナが街を案内してくれていたのかもしれない。
そして誤解される事もなく、お互い笑い合っている未来さえ少なくない可能性であっただろう。
「それを大嘘吐きって言わず何て言うんだ? それともアンタの中では、アレは全部、正直者の言葉に入るのか?」
チクリと胸が痛みつつも、それでも止まる事無くジンクはラネナを詰り続けた。
「こ、言葉の綾ってやつよ。さすがに降りた時から尾けてたって伝えるのは色々アレかと思ったし、ずっと見てた事には変わりないっていうか、あそこまできたら多少の誤差というか……」
言い訳でしかないのはラネナ自身が一番よく解っていた。
後ろめたさが無意識にジンクから視線を逸らさせる。
その瞬間――
(よし、崩れた!)
ジンクは密かに自分の足裏に集中させていた魔力を爆発させた。
吹き飛ばされたジンクが、異界の伝承にある弾丸を思わせる速度でラネナへと迫る。
高速移動というには随分不格好な姿ではあったものの、接近出来るなら格好なんて些細な事だ。
「この、卑怯な手を!」
今の会話が隙を作る為だけのモノだと気付いた時には、もう遅い。
ジンクはラネナの手前に着地したかと思うと――
転がる事で勢いを殺しつつ、素早く態勢を整える。
「狙い通り!」
立ち上がった先はラネナの斜め後ろ。
しかも、今にも密着しそうな程の至近距離。
(この距離が、アンタの弱点だ!)
ジンクの見立てが正しければ、ラネナは狙撃手と呼ばれる系統の魔術師だ。
遠距離戦闘に特化した魔術師の総称で、昔は最も多く存在したと言われている。
だが、今の時代は狙撃一本しか鍛えてないというのは絶滅種とさえいえる程に希少な存在だ。
例えば誰かと組んで魔獣を討伐するなら、仲間への回復か強化魔術も大抵学んでいるし――
一人で戦おうとするなら最低限の接近戦くらいは出来るだろう。
迂闊に飛び込むのは危険であった。
(けど、アンタはそうじゃない)
ジンクとセーラを何時間も尾行し続けても、一切気付かせなかった隠密能力。
バスの上なんて目立つ場所に居た筈なのに、見掛けた記憶さえない気配の消し方。
そこから推測出来るラネナの戦闘形式は――
見付かる事無く遠距離からの一方的な射撃、一対一の試合よりも警備や防衛でこそ本領を発揮するモノ。
(接近戦なんて、まともに出来やしないんだろう?)
だからこそ、これ程の腕を持ちながら最下級のジンクに近い階級なのだ。
(思った通り!)
ジンクの予想通り、死角に周り込まれたというのにラネナの反応は鈍かった。
飛び退いて距離を取ろうとする訳でもなければ、素早く迎撃態勢を整える訳でもない。
慌てて振り向こうとする様は、素人よりはマシ程度の動きだ。
(これで終わらせる!)
離れさせる事無く一息で倒す。
そんな思いと共にジンクは最大限の魔力を拳に込めると、間髪入れずに叩き込む。
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