第12話 勘違い巨乳先輩・ラネナ・セハルナ
さて。
シャルティアの店を出て暫く時間は経過し、街をブラ付いていたのだが――
(うーむ、どうしたもんか……)
ジンクは途方に暮れていた。
というのも何をしても、セーラがあまり楽しんでいる雰囲気がないのである。
服を買っても、映画を見に行っても「こういうのがジンクさんは好きなんですか?」とジンクの事を気にしてばかりなのだ。
ならばいっそ、セーラが興味を持ってそうな場所に行こうと本などを見に行けば、魔術か戦闘の本でも見るのかと思えば『男を悦ばせる一〇八の方法』なんて物を迷わず購入する。
(いや、別に本当に興味持ってるならそれもいいんだけどな……)
人の趣味はそれぞれだ。
そういう物に楽しみを見い出すなら、それはそれで構わないとジンクは思うのだが――
(けど、絶対そういうのじゃないよな……)
まるで真剣勝負に挑むかのような張り詰めた表情で見ていたのである。
これでセーラに楽しんでもらえていると思うほど、ジンクは能天気な頭はしていない。
(いっそ街の外に出て、魔獣退治でもした方がマシか?)
このままではセーラは無駄に気疲れするだけ。
魔術以外の新しい趣味だって見付かりそうにない。
それならむしろ何も考えず戦っていた方が、まだ楽しんでくれるんじゃないかとジンクが考え始めた。
その時だった。
「見付けたわよ、アナタがジンク・ガンホックね!」
突然、背後から自分の名前が叫ばれて思わず振り返る。
ジンクと同年代くらいだが胸の大きな女が睨み付けるように、いや、完全にジンクを睨み付けていた。
「誰です?」
「いや、俺も知らん」
セーラの言葉に改めて女の姿を確認するジンクだが、確認するまでもなく見覚えがない。
というのも、だ。
(デカイ……)
見た事もない大きくて丸い物が胸に鎮座しているのだ。
こんな胸の持ち主、一度見たら忘れられないだろう。
シャルティナをメリハリのある体型とするなら、彼女は一点特化とでも言うべきだろうか。
露出の少ない大人しそうな服に身を包んでいるが、それがかえって大き過ぎる胸を強調し、凄まじい迫力を醸し出していた。
とはいえ胸以外が平凡かと言えば、そんな事もない。
気が強そうながら整った顔付きは美人と呼ぶに何の疑問もないし、目の覚めるような青く長い髪だって目を奪われても不思議ではない程に綺麗だ。
貴族だという事を示す大鷲の紋章だって、金色で目立つ……筈なのだ。
だが――
(揺れた……)
それら全てを無視出来てしまう程に、揺れる胸の衝撃とか迫力が強過ぎる。
とにかく、それ程にデカいのだ。
「勝負にかこつけて恋人でもない女の子を一日好き放題連れ回す。そんな卑劣漢、オルビス魔術学園の先輩である、このラネナ・セハルナが許しておけないわ」
デカ胸女改め、ラネナはジンクを糾弾するように指指しながら高らかと告げる。
「いや、ちゃんと同意もら――」
「言い訳は結構! 服屋に入った時から見てたけど、ちっともその子楽しそうにしてないじゃない」
ジンクの反論など聞く価値もないと言いたげに言葉を紡ぐラネナだが――
「服屋に入った時から? それ何時間前の話だよ?」
勢いに流されて聞き逃すには、引っ掛かる言葉に思わずジンクは突っ込んだ。
「そりゃあアンタ達が相思相愛だったら、お邪魔虫もいいとこでしょ? 見極めの為に観察してから話し掛けるに決まってるじゃない!」
当然のように言い切るが、そもそも面識もない二人を何時間も付け回している時点で常識も何もない。
「相思相愛って。勝負したの知っているんなら、俺達が昨日会ったばかりなのも知っているんじゃないのか……」
「さすがにそこまでは知らないわよ。試合の報告が手帳に流れてきただけだし、平民同士なんだから、元々交流がある可能性もあるでしょ? ただ、いきなり戦っているんだから初対面だろうなとは思っていたけどね」
「なら観察なんてせずに――」
「ただ恋に時間は関係ないわ。一目で落ちる恋は確かにある。ええ、そりゃあもう、奪われる時は一瞬よ。最初は嫌いだった筈なのに、気付いた時には、もう夢中」
そして振られる時も一瞬。
ええ、そりゃもう一瞬だったわ、とラネナは付け加えて話を続けていく。
「けど、その子の顔は恋をしている乙女の表情じゃなかったわ! いいえ、それどころか友人の顔でもなかった。ただアンタの顔色を窺ってばかり。あんな顔をさせておいて、楽しく二人で遊んでいただけとでも言うつもりかしら?」
「む、むう……」
「ほら見なさい。反論の一つも出来ないじゃないの」
勝ち誇るようにラネナが吐き捨てる。
事実、全然楽しませる事が出来ていないと思った矢先の指摘であり、痛いところを完璧に突かれ黙り込むしかなかったのだ。
「勝負よ、ジンク・ガンホック! 私が勝ったら今後、その子に付き纏うのは止めなさい!」
「えーと、じゃあ俺が勝ったら?」
「その時はその子の代わりに、このラネナを好きにしなさい。それでも足りないなら、そうね。荷物の扱いに手間取っていたようだし、収納鞄を付けるわ」
品質によっては家を買うよりも収納鞄は高く付く。
それを試合に勝つだけでもらえるというなら、破格の取引と言えるだろう。
だが――
(やっべえ、超変なのに絡まれた……)
ジンクは全く乗り気ではなかった。
カツアゲやら生意気そうな新入生を倒しに来たというのなら、問答無用で返り討ちにして迷いなく収納鞄を頂こうという気にもなれた。
だが、少々トチ狂っていて思い込みが激しいものの、セーラの事を心配し自分の身すら犠牲にしてでも助けようとしている人間と戦うのは、ジンク的には気が引ける。
「ちょっと待って下さい」
どう返事をしようか、と迷うジンクより先に声を上げる者が居た。
「さっきから話を聞いていれば勝手な事ばかり言って。アナタがジンクさんの何を知っているって言うんですか」
渦中の人でありながら、完全に無視されていたセーラ本人である。
ジンクを押しのけ、まるでラネナから守るように立ち塞がると、不機嫌さを隠さない様子でラネナを睨み付ける。
「それもそうね。当人の話も聞いてないのに熱くなり過ぎたわ。ごめんなさい」
どうやら話を聞いてくれるくらいの分別はあるらしい。
セーラに謝罪したかと思うと、大人しく話を聞く姿勢を取る。
「いいですか。ジンクさんはとても紳士的な人です」
「ほう、紳士的ね」
「私の裸を見た時も、この貧相な身体を一切馬鹿にしないで魅力的だと言ってくれました」
「ちょっ、待っ――」
トンデモナイ事を言い出したセーラを止めようとジンクが声を上げるが、セーラは気付かず、むしろ誇らしげに続きを話していく。
「私が生意気な口を聞いてしまった時こそ少し揉めてしまいましたが、それでも私が怪我をしないように優しく組み伏せて、身体の心配だってしてくれたんです」
「は、裸を見た上に組み伏せっ――」
「朝だってそうです。いくらでも私の事を好きに出来たのに、私が寝室に行こうとするのを止めて、朝ご飯を作って待っていてくれました」
「いくらでも好きに出来た、ですってえ……」
わなわなとラネナが震える。
「ケ、ケダモノ! こんな素直で何も知らなそうな子を騙して、好き放題に弄んで、恥を知りなさい!」
かと思うと羞恥か怒り。
あるいは、その両方で顔を赤くしながらジンクに叫んだ。
「誤解しかねえ!」
「白々しい。ここまで言われて誤魔化そうだなんて! その子の表情を見れば解るわよ。嘘なんて一切吐いてないのわね!」
「いや、確かに嘘はないけども……」
入り口で着替えていたから裸は見たし、試合の時には組み伏せる形で倒した。
朝の件は説明するまでもなく、そのままだ。
(だが、どうだ? この卑猥な響きは!?)
だというのに、事実を知っているジンクでさえ卑猥な事があったようにしか聞こえなかったのだ。
ここから弁明出来る言葉が、まるで思い浮かばない。
「それでどこに誤解があると言うのよ? はっ、まさか騙したんじゃなく、乱暴に貪り尽くした後で優しくして懐柔――」
「そうじゃねえ!」
「そうです。ジンクさんはずっと紳士的でした!」
「ちょっと黙って!」
「はい、ジンクさんがそういうなら黙ります」
余計に誤解が加速しそうになる事を呟くセーラに、黙るよう命じるが後の祭り。
「既に洗脳だか調教済み……。確かに恋も友情も感じなかったけど、尊敬のような想いだけは確かにあったわ。これは由々しき事態ね……」
完全に誤解が根付いた今となっては逆効果である。
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